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第4章

そして大会が幕を開ける

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 7月25日土曜日。大会当日、午前7時半。

「おはよう」
「おう、おはよ」

 絶好の快晴の下、会場校まで一緒に行こうとだいからの提案を受け、俺は朝からだいの家を訪れた。
 インターホンを鳴らして現れただいは、既に準備万端。
 すぐ着替えられるようなスポーティな恰好で、髪を後ろで束ねている。
 普段の感じと違って、思わず見とれてしまった。

「何?」
「い、いや、なんでもない」

 朝から今日も可愛いななんて、言えるわけねーだろ……!

「じゃ、いこ」
「お、おう」

 だい同様俺も今はすぐ着替えられるジャージ姿に、右肩には色々入ったセカンドバック。
 いやぁ、しかし試合会場までだい彼女と一緒に行けるなんて、やっぱり嬉しい。
 これも部員たちにカミングアウトしたから堂々と出来ることなんだけど。
 そう考えると、みんなに言ってよかったのかな?



「初戦は墨田と板橋北の合同か。どんなとこか知ってるか?」

 会場校である江戸川東の最寄は新小岩駅なので、俺たちは阿佐ヶ谷駅から総武線に乗って移動中。乗り換えがないのはありがたいね。
 この前行われた抽選会の結果、今日は11時から墨田高校と板橋北高校の合同チームと、14時から神田高校と対戦することになった。
 
 今日の予選リーグは、全18チームがそれぞれ3校ずつのグループに分かれ総当たり戦を行い、グループの上位2校が明日のトーナメントへと駒を進めることができる仕組みになっている。
 つまり1試合でも勝てばほぼほぼ明日も試合があるのは決まるのだ。
 ちなみに明日のトーナメントは全12校による勝ち上がり方式で、ベスト4以上になると再来週の都大会で西東京の公立校大会ベスト4とトーナメント方式で公立校1位をかけた戦いとなる。
 
 まぁ、まずは今日を突破しなきゃいけないんだけど。

「申し訳ないけど、3回コールドで勝てると思うわ」
「あー、そんな感じか」

 コールド制は3回15点、4回10点、5回7点差で規定の7イニング終了を待たずに勝利チームを確定させる制度だ。
 実力差のあるチームがぶつかった場合、これがないと可哀想なことになるから、ある意味救済制度でもある。

 とはいえ、公立校大会は強い学校の攻撃が延々と続いてフルボッコで終わらない、ということはない。
 なぜならこの大会は、時間がシビアだからだ。
 公立校大会初日の予選リーグ全試合を1日で終わらせるため、かなりタイトに試合が組まれている。そのため試合は最長7回制ではあるが、時間制限があり、70分を越えて次のイニングには入らないという70分制のルールで行われるのだ。
 これは点の取り合いになると4回くらいで終わってしまうことが多い。
 この時間で7回までいくのは、ハイレベルな投手戦くらいだ。
 実力の大きいワンサイドゲームの時なんか、2回で終わるのも見たことがあるくらいだし。

 この前の練習試合で市原に7回を投げさせたのは、念のために経験を積ませておきたかったからだ。
 そう、あくまで念のため。

 今だいが言った感じの相手なら、むしろ今日は市原の出番じゃないかもな。

「むしろ、それくらいやってもらわないと」
「神田は?」
「そこそこ、ってイメージね。単独だし」
「ふむふむ」
「というかゼロやんももう少し他校に興味持ちなさいよ? 私よりキャリア長いでしょ?」
「あー、まぁ、仰る通りなんですが……」

 どうにもね、他校の戦力を記憶するのは苦手でして……。

 空いた電車の中で、隣に座るだいの呆れたような目線を愛想笑いで受けながら、俺は脳内で言い訳をする。

 でも、だいの口ぶり的には今日は負けらんないな。
 明日にいい形で繋げるため、部員たちの活躍を願うばかりだ。



「しかしあちーな」
「そうね、これはバテそう」
「水分補給、ちゃんとさせねーとなー」

 新小岩駅で下車し、江戸川東高校に向かう。
 同じ道を歩く姿の中には、大きな鞄に日に焼けた姿の、チームジャージ姿だったり制服だったりの女子高生が目立つ。
 俺らと同じ、初戦は11時開始組ってとこなんだろうな。
 ちなみに俺たちの集合時間は現地に9時。墨田&板橋北VS神田の試合開始が9時半からだから、まずは少し、次に戦うチームの様子を見ようって寸法だ。

 でも、今こうして歩いてる子たちの中にも、もしかしたら今日で引退かもしれない子がいると思うと、なんとも言えない気持ちになってくるな……。
 でもこれは勝負の世界だから。
 戦えば、勝者と敗者のいずれかは必ず出る。

 そう思うと、気が引き締まってきた。

「1試合目は柴田さんに先発してもらってもいい?」
「ああ。俺も考えてた。これだけ暑いし、それもありだな」
「うん、明日もあるって考えると、なるべく今日は消耗しないで勝ちたいわね」
「同意」

 明日はせっかくみんなが見に来てくれるんだし、カッコ悪いところは見せたくない。
 ってまぁ、この前リダも言ってたけど、俺らが試合するわけじゃないんだけど。

「2試合目も、いけそうなら柴田さんで」
「そっちは継投でいくか」
「うん、それがいいと思う」
「本番は明日、だもんな」
「ええ。理想は1位通過で、明日は1個勝てばいい山に入れることね」

 予選リーグを突破できるのは12校。明日のトーナメントでは、予選2位通過の学校はベスト4になるためには2勝しなければいけない山へ、1位通過の学校のうち4校は1勝すればベスト4になれる山に当てられる。
 だいが言う通り、1位通過で明日1勝でいい山に入れることは、全チームが望む絶対的な理想なのだ。

「ま、信じて見守ろうぜ」
「うん」

 そんな会話をしながら、俺とだいは江戸川東高校へと到着したのだった。



「よし、全員揃ったな」
「いやー、しかし今日はあちーなー」
「そうね、ちょっとバテそう」
「なるべく日陰にいるようにしてね」
「はーい」

 午前8時58分、星見台も月見ヶ丘も全選手が集合した。
 萩原も眠そうではないし、さすがに昨日は早寝を意識してくれたみたいだな。

 「あちーなー」と漏らす赤城も、「バテそう」と言う黒澤も、言葉の割にその表情はやる気に満ちている。後輩たちをリラックスさせるためにそう言ったんだろうけど、やっぱ最後の大会だもんな。気合入るよなー。

 ちなみに今日ばかりは市原も俺のとこじゃなく、赤城たちのそばに行っている。その辺は空気読めるやつでよかった。

「まずはみんな着替えましょ」

 日陰になってるピロティに荷物を置いてから、校門で係りの生徒から受け取った更衣室までの経路図を見て、だいが部員たちを引き連れていく。
 ちなみに男性で着替えが必要なのは各校の顧問くらいしかいないため、俺ら男性陣はトイレで各自着替えてね方式だ。

 みんなが移動したのに合わせて俺もぱぱっと着替えてきたけど、うん、予想通り戻ってきたのは俺が一番だった。

「よっ!」

 着替え終えた俺が荷物を置いた日陰でこの前の練習試合のスコアブックを見ながらみんな待っていると、不意に誰かに声をかけられた。
 聞き馴染みのある、でかい声。

「おはよ。もう来たのか」
「いやー、倫の彼女早く見たくてさ」
「こっちは遊びじゃねーんだぞ?」
「まぁまぁ、細かいこと気にすんなって。ほら、これ差し入れ」
「あ、さんきゅ」

 俺に声をかけてきたのは、にかっと笑った顔が今日の快晴とよく似合う大和だった。
 差し入れと言って渡されたのは、2Lのスポーツドリンク3本と紙コップ。

 なんだこいつ、気が利くな。
 来た理由は不純だけど。

「今日、勝てそうなのか?」
「まー、普通にやれば」
「じゃあ、明日も応援に来れそうだな!」
「明日も来てくれんのか」
「まぁな。赤城も黒澤も、3年間頑張ってきたやつらだし、応援してやりたいじゃん?」
「あいつらに直接言ってやれよ。喜ぶぞ」
「そうだな。お、噂をすれば戻ってきたみた……え、待て……!? あの先頭の大人っぽい人、月見ヶ丘の顧問!?」

 校舎の方へ視線を動かした大和の顔に、驚愕の色が浮かぶ。
 まだそれなりに距離はあったけど、目のいいこいつはだいの美人さに気づいたようだ。
 ユニフォーム姿の部員たちを引き連れた、同じくユニフォーム姿のだい。

「いかにも」

 渾身のどや顔で俺は答える。
 大和の反応に、鼻高々気分。

「うわ、なにあの美人……しかも胸でか……」

 おい、人の彼女の何見てんだてめぇ。
 なんて言葉は飲み込む。
 だって事実だし。
 俺も今でもそこに視線いくこと多いし。

「倫、ずるいぞ」
「うっせーな、俺だってびっくりしたってこの前話したろ?」
「くそ……羨ましい……」

 大和の目は本気だった。ちょっと怖い。

「あっれ! 大和じゃーん! 来てくれたのか!」

 そして俺の隣にいる大和に気づいた赤城が駆け出してきた。
 いや、ほんと元気だなこいつ。
 
 黒澤は……うん、歩いたまんまだね。

「おう! 鈴奈と明香里の応援にきてやったぜ!」
「なんだよ、いい奴だな!」

 近づいてきた赤城と笑顔でハイタッチする大和。あ、こいつはいつもこんな感じの奴だから、別に驚くことはないよ。
 生徒ウケのいい明るさで、大和は人気の先生だからな。
 日本史しか教えてないから、3年にしか知名度ないけど。

「北条先生の同僚の方ですか? 初めまして。月見ヶ丘の里見です」
「あ、初めまして! 星見台の田村です。いやぁ……倫からは色々聞いてますよ」

 赤城と大和が楽しく話してるうちに、他のメンバーもやってきた。
 赤城、黒澤以外はうちのやつらだって大和は話したことがない先生だろうし、「誰?」みたいな空気になってるね。
 だがだいは大人だし、雰囲気から俺の同僚ってのを察したんだろう。
 丁寧にあいさつして、カウンターを喰らう。

「え? ちょっと!?」

 そう言って顔を赤くして俺を睨むだい。

「いや、俺話したって言ったじゃん」
「そ、そうだけど……」
「ははっ! 話に聞く通りだなぁ。今日の試合、頼みますよ!」

 そんなだいの様子を見てかは知らんが、大和はにかっとした笑顔でさりげなくだいと握手してた。
 さりげなく触りにいきやがったなこいつ。

「は、はい。ありがとうございます」
「あ、飲み物差し入れたんで飲んでください。第1試合終わったらまた買ってくるんで」
「大和ありがとー」
「さんきゅ!」

 大和の言葉に黒澤と赤城が笑顔を見せる。
 それを見た満足そうな顔の大和の視線が、俺へ動く。

「後で倫にレシート渡すから大丈夫だ!」
「おい!? いや、別にいいけどさ……」
「ははっ! 冗談だって! じゃ、俺離れたとこで見てっから。またあとでな」
「おう」

 そう言って大和は第1試合が始まりそうなグラウンドの方へ近づいて行った。
 
 もう少ししたら保護者の方々も来るだろう。
 応援してもらえるってのは、ありがたいな。

「よし、先にオーダー発表すんぞー」

 勝つ。勝って明日も、こいつらと試合をする。

 そう決意して、俺は円になって集まった部員たちの視線を受けながら、だいと考えたオーダーを読み上げた。
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