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第2章

僕の知らない世界で君は笑い、君の知らない世界で僕は笑っていた

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 ドギマギした感情が、俺の中に渦巻いている。
 だいの机の上に飾られた写真と、暗証番号。
 ベッドで横になるだいを見つめながら、もしそうだったらいいなという俺の想像が、溢れて止まらない。
 俺がそんな風にロマンティック妄想全開モードでいると。

「……ねぇ」
「うおっ!?!?!?」
「……今すごく眠いから、1度しか言わない」
「お、起きてたのか?」
「私ね……」

 俺の質問を無視して、ベッドで横になるだいが言葉を紡ぐ。
 それは今にも消え入りそうな、小さな声だった。
 聞き洩らさないように、俺はだいの言葉に耳を傾ける。

「私ね、ずっと……好きな人がいるの」
「え?」

 まさかのカミングアウト恋してる宣言
 ……え、ずっと?
 
 たった3文字の言葉が、俺の心に刺さる。
 俺がだいとLAで出会ったのは7年前だが、リアルで出会ったのは、先月が初めて。

「もう何年も片想い」
「そ、そうなんだ……」
「好きになったのは、たぶん6年くらい前だと思う」

 6年前……?

 あぁ……。これあれか。

「その人はずっと優しくて、私にとって道標みちしるべだった」

 なんだ、なんだよ……。
 
 ああもう、舞い上がって、俺ばっか馬鹿みたいじゃんか。

「ゼロやん、この前私になんで千葉じゃなく東京の先生って聞いたけど……それはその人が東京で働くって聞いたから」
「うん……」
「私も、近くにいきたかったから」

 ああもう、相槌打つ声すらちゃんとだせねーな。

「その人は優しくて、頼もしくて」

 淡々と紡がれるだいの言葉が、俺の心を締め上げていく。

「でも、その人が魅力的だからなのかな……その人の周りには魅力的な女の人がいっぱいいるの」

 だいだって、十分すぎるくらい魅力的なのに。
 ああこれ、口に出して言いたかったな。

「だから私には無理だって、どうしても思ってしまう」
「……そんなこと、ないんじゃないか?」
「私は面白みもないし、可愛げもないし、気遣いもできないし、素直じゃないし……面倒くさいし」
「そんな……ない……」

 あー、まずいな。
 自分の声の出し方すら、わかんなくなってきた。

「でもやっぱり、私はその人が好き」

 もはや、そうなんだすら言えねぇや。

 だいがこっち向いてなくてよかった。

 今の顔は、ちょっと見せらんない。

 すぐそばにあるはずの背中が、あまりに遠く見える。
 
 俺はこの場から逃げたくて、彼女から視線を逸らしたくて、玄関の方へと向き直る。

「ごめんね、いきなりこんな話して」
「ん……大丈夫」
「今日は迷惑かけてごめんなさい」
「気にすんなよ」
「みんなにも、ごめんって伝えてくれる?」
「ああ……ゆっくり休めよ」
「うん……おやすみなさい」
「うん、おやすみ、だい」
「またね……」

 またね、って……ああ!

 背中越しの言葉で別れおやすみを告げ、俺はだいのそばを離れる。
 そうして振り返ることなく、俺はだいの家を後にする。

 外に出ると不用心にも鍵を玄関に挿しっぱなしにしてしまっていた。
 閉める方向に回して、キーケースごとポストに押し込む。
 さっきは気づかなかったが、キーケースのファスナー部分には可愛らしい丸まった猫のストラップがついていた。

 重い足取りで、通路を進み、階段を降り、入口の自動ドア俺とだいの境界線を越える。

 やはりここは、越えるべきではなかった、そんな気にすらなってくる。
 ああもう、今日は天気わりーな!


 数分ほど歩いたところで、ついに俺は力なく道路の端に座り込む。

 天国と地獄。

 ずっと、好きな人がいるか。
 6年前とか、俺はまだだいのことLAの中オンラインでしか知らねぇじゃん。
 なんだよ6年前って……だいの学生の頃とか、分かるはずねーだろ……!
 俺はそこに、いないじゃんかよ……。

 だいが言っていた「ずっと」という言葉が、俺の心をえぐり続ける。

 その言葉が示す時期に、俺はだいにとっては1と0の世界オンラインの知り合いでしかない。
 お互い様だが、〈Zero〉〈Daikon〉だいがどんなに長い知り合いでも、北条倫里見菜月だいが知り合ったのはつい最近だ。
 お互いの知らない世界が、ありすぎる。
 
 ジェットコースターよろしく舞い上がっていた自分の心が、すっと冷めていくのは、自分でもわかった。

 7年来のフレンドに、どこか俺たちは特別なんだと思ってた。
 みんなにも言われるほどの奇跡奇跡の連続で、本当にそう思い込んでいた。

 だがそれは、俺にとって都合のいい妄想でしかなかった。

 でも、でもだよ。

「やだなぁ……」

 夜風が吹いたせいで、やけに頬が冷たい。ほんとに今日は天気が悪い。

 俺の知らない男の隣で笑うだいを想像すると、なんでこんなにも胸が痛いのか。

 ああ、そうか。
 俺の中で、答え出てたんじゃん……。

 初対面では本気で怒られた。
 横浜で会った時は本気でびっくりした。
 初めて送ってった時の笑顔に胸が高鳴った。
 外食の日を誘ってくれた日は本当に嬉しかった。
 亜衣菜と並んだ揃った姿に、すげードキドキした。
 休暇出して動物園誘われて、ものすごいテンション上がった。
 猫カフェで見せてくれた「にゃあ」と言うのはすげー可愛かった。
 3年前の会話覚えてて、俺の好きなコスプレチャイナとか幸せだった。

 ただ近くにいれることが、こんなにも幸せを感じさせてくれていたのに。
 ここ最近の充実した日々の全てに、彼女だいがいた。
 いっつもツンツンしてるけど、食欲旺盛なとこが可愛くて、それでいて天然なところも可愛くて、動物に優しいところも可愛くて、時折見せる笑顔が、幸せなほど可愛くて。

 ああ、もう!
 俺もう今年で28の、アラサーのおっさんなんだけどな!
 なんでこんなんなるまで、気づけなかったかな……。

 俺、だいのこと好きじゃん。
 いや、違う。

 俺、だいのことが好きなんだ。

 他の男に渡したくない。
 俺がそばにいたいんだ。

 でも、だいには6年間も想い続けて人がいるという。
 なかなか簡単ではなさそうな恋だから、フラれて俺のところにこないかなとか、最低なことまで考えてしまう。

 好きな女の幸せも願えないとか、ほんとクズだな……。
 それでも、だいの言葉またねが俺の心を突き放してくれない。

 座ったまま天を仰げば、少しずつ空が白み始める。
 だが、俺の心に夜明けがこない。

 今の今だ、少しくらい暗いままでも許してほしい。今日は天気も悪いしな。

 それでも明けない夜はない。
 
 早く帰ろうと思っていたはずなのに、俺は乾いた道路に座り込んだまま立ち上がれず、明けていく空を、ぼんやりと眺めるしかできなかった。
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