後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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突然のオスカー邸

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 暖人はるとは、昼前に目を覚ました。
 寝たのはまだ早い夜九時頃。ウィリアムに子供を寝かしつけるように撫でられ、そこからの記憶がない。
 たっぷり眠って体調は万全。ただまだ少し、腰が痛い。喉も痛い。

 その頃にはもう、ウィリアムは隣にいなかった。
 代わりに白猫がそっと寄り添い、ウサギや熊にも囲まれていた。目が覚めて暖人が寂しくないようにと、ウィリアムが置いて行ったのだ。

「おはよう」

 頬を緩め、ふわふわのぬいぐるみたちを両手で抱き締める。
 もふもふにたっぷり癒されてから、ベッドを下り、グッと背伸びをした。


 オスカーからの返信で、休みが一日先になったと聞いている。
 それを聞いたマリアとメアリが、昼食はみんなで庭園で、と用意をしてくれた。
 料理長も護衛も馬番も他の皆も一緒で、ピクニックのようでとても楽しかった。

(みんなとご飯、嬉しかったな……)

 大好きな人たちと過ごせる事が、とても嬉しかった。

 明日からはオスカーのところだ。ウィリアムと同じような事が起こるとは限らないが、体力は最大まで回復しておくに越した事はない。
 たっぷりと食べ、運動に歩き回り、そして夕方頃には遅い昼寝という、なんという天国。



 日が落ち、夕食時に暖人は目を覚ました。すると……。

「起きたか」
「え……? え、オスカーさん? お仕事お疲れ様です。おかえりなさい……?」
「ああ、……ただいま」

 オスカーは慣れない言葉を返し、ふ、と笑った。
 ベッドの縁に座り柔らかな黒髪を撫でていたオスカーは、突然暖人を抱き上げる。

「っ、あの、オスカーさんっ?」
「ウィル。貰って行くぞ」
「ああ、準備は出来ているよ」

 暖人の荷物は馬車に積ませた。白猫とウサギのぬいぐるみも一緒に。
 横抱きにされたまま玄関ホールに降りたところで、まだ寝惚けていた暖人は状況を理解した。明日からではなく、今夜からオスカーのところだと。

「あのっ、ウィルさん、行ってきます」
「ああ、ゆっくりしておいで」

 額にキスをして、笑顔で暖人を送り出す。
 別れる前に暖人の愛らしい寝顔を見られて……それも、声を掛けたらふにゃふにゃの笑顔でウィリアムの名を呼ぶ姿を見せてくれたものだから、上機嫌だ。

 暖人としても、寂しいと思う間もなく馬車に乗せられてしまった。
 そして何故かオスカーの隣に座らされ、抱き寄せられて肩に頭を乗せられる。

「寝ていろ」
「……ありがとうございます」

 疲れているだろうオスカーに気遣われては、断るのもいけない気がする。
 おとなしく目を閉じると、優しく髪を撫でられて。
 そのまま嘘のようにまた眠ってしまい、目を覚ました時にはベッドの上だった。





 それから一緒に夕食をとり、オスカーは後でまた来ると言い部屋を出て行った。
 その間に暖人も風呂に入り、迷った末に抱かれる準備はせずに上がり、ベッドの上でオスカーを待った。
 準備されていた夜着は、上下分かれた一般的なパジャマタイプ。麻のようにさらりとして、絹のように柔らかな着心地だ。

 膝を抱え、扉の方へと視線を向ける。
 オスカーの目の下にはクマが出来ていた。うっすらとだが、それでも今まで見た事がないくらいのクマだ。
 さすがに今日は、添い寝だけだろう。


(……と、思った俺が馬鹿でした)

 押し倒され、暖人は両手で顔を覆った。
 思えばウィリアムも、徹夜明けで毒明けに抱く気満々だった。もしかしたら数日徹夜の彼らの方が、元気な暖人より体力があるのでは。

 ウィリアムが元気だったのは、浄化の力を浴びたという理由もある。
 だがさすがにオスカーは疲れているだろう。

「あの、オスカーさん、疲れてますよね……?」
「俺とはしたくないか?」
「えっ、いえ、そうじゃなくて」
「俺はお前を抱くつもりでいたが」

 平然と答える。
 もしかして、馬車の中で寝かせたのも、暖人の体力を回復させるため。普段以上に口数が少なかったのも、我慢していたから。
 そう考えると腑に落ちてしまった。

 暖人も、抱かれると知りながらこの屋敷に来た。ウィリアムが良くてオスカーは駄目だと言うつもりはない。

「……したい、ですか?」
「ああ」
「え、っと……、……分かりました」

 と言った瞬間、オスカーの手が服の中に滑り込んでくる。

「わっ! まって、待ってくださいっ」
「どうした?」

 きちんと待ってくれるオスカーに、胸がぎゅっとなる。強引だけど、優しい。彼のそんなところが好きだ。
 オスカーが疲れていないなら、拒むつもりはない。だが。


「あの……、準備を……」
「準備? 心の準備とでも言うんじゃないだろうな」

 ここまできて。

「えっ、いえ、そうじゃなく、……体の方の」

 もごもごと言葉にした。
 もしかしたらオスカーには、男性同士の知識がないのかもしれない。暖人はふと思う。

「男同士ですし、その……中の準備、いるので……」
「ああ、慣らすなら俺がする」
「えっ、いえ、そうじゃなくて、その前準備というかっ」

 暖人は慌てた。そんな暖人に、オスカーは納得した様子を見せる。

「そうか、知らないのか」
「え?」

 知らないと思っていたオスカーの方が、そんな事を言う。
 目を瞬かせる暖人を抱き起こし、向かい合わせに座った。


「お前の世界でどんな準備がいるかは知らないが、この世界では男同士だろうと何の準備もいらない。しようと思えばすぐに出来る」

 すぐに? と暖人は首を傾げた。

「でも、元々は腸ですし……」

 ああ、とオスカーは暖人が言う“準備”を理解した。

「前立腺に触れれば滑りを良くする体液が出るだろ。その前に、脳が抱かれると認識した時点で腸内に別の体液が出て、勝手に綺麗になるんだ」
「勝手に?」
「浄化の力と似たものがあるな。行為に使う周辺は、全て綺麗に体液に変わる」
「た……、え……?」
「ウィルからは、お前も体の作りはこの世界の人間と同じだと聞いたが」

 あの手紙にはそんな事も書かれていたのか。確かに暖人の前では言いづらい事だ。

「……多分、この世界にきてから変わったんです。元の世界では、そもそも体液なんて出ませんでしたし」

 涼佑が言ったように、変わってしまった。それならきっと、オスカーの言うように勝手に中も綺麗になるのだろう。
 ウィリアムは、暖人の言う“準備”を、シャワーを浴びる時間と心の準備だと思ったのだ。

 準備が一瞬で終わったのは、前立腺に触れて体液が出たからではない。脳が抱かれると認識して、先に綺麗になっていたから。
 涼佑がそこまで知らなかったのは、内戦の中では本などなかったからだ。
 今度会ったら、涼佑にも教えよう。暖人はそっと笑った。

(……でも、俺の体、変わっちゃったんだ)

 無意識に腹に触れる。
 外側は同じでも、内側が変わってしまった。見えない部分が、元の世界のものとは変化している。
 改めて思うと、何だか怖くなった。


「ハルト」
「はい。……オスカーさん?」

 抱き締められ、髪を撫でられる。とても、優しい手つきで。
 そのまま何も言わず、ただ撫でられるだけ。大丈夫だと、怖くないと言うように。

 ……そうだ。この体は、好きな人を受け入れられるようになっただけ。
 変わったから、ずっと長く繋がっていられるようになった。想いの分、愛して、愛されて、それが出来るなら……何も怖い事はない。

「すみません。変わってしまったことが、ちょっとだけ怖かったんです。でももう大丈夫です」
「そうか」

 ありがとうございます、と笑う暖人を、褒めるように撫でる。オスカーのこの手のひらの暖かさが好きだった。

「この世界では、体液が出るのは俺だけじゃないですよね」
「ああ、男は皆同じ作りだ。お前がウィルを抱こうとすれば、ウィルがそうなる」

 自分ではなく、ウィリアムを例に出してきた。絶対抱く側は譲らないという強い意志を感じた。

「俺、抱く側は向いてないと思うんです」
「だろうな」
「あ、ひどい」
「そんな抱いてくださいって顔して、何を」
「え、うそっ」

 パッと頬に手を当てる。当てたところで自分の顔は見えないのだが。

「……してます?」
「してるな」
「どんな顔です……?」

 上目遣いに見上げる潤んだ瞳に、オスカーはそっと口の端を上げた。

「そうだな。お前の望む事は全部してやりたくなる顔、だな」

 暖人が照れ隠しの拗ねた言葉を零す前に、顎を掴み、噛み付くようなキスをした。

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