159 / 168
僕のですから
しおりを挟む翌日。
昼過ぎに目を覚ますと、ウィリアムは手紙に封をしているところだった。
それを使用人に渡し、ベッドへと戻り暖人を抱き締める。
手紙には、涼佑がリグリッドへ行った事、涼佑が暖人を抱くのを許した事、その他に暖人の前では言いにくい事などを書いてオスカーに届けさせたと言った。
「明日から二日間は、オスカーが休みだからね。先に知らせておけば、俺が説明する分もハルトと過ごせるだろう?」
そんな事を言うウィリアムに、本当に優しい人だな、とますます好きになる。言いにくい事というのは少し気になるが。
「明日からは、オスカーさんのお屋敷にお世話になったらいいですか?」
「ハルトさえ良ければね」
あまりにあっさりとしている暖人に、ウィリアムは苦笑した。
「……あの、ウィルさんと離れるのは寂しいですよ?」
「ありがとう。ハルトは優しいね」
そう言って優しく背を撫でる。
この暖かさは、甘さは、明日からは感じられない。ぎゅうっと抱きつき、頬を擦り寄せた。
(明日から、いつまでだろう?)
オスカーの休みの間だけですぐ帰るというのも白状のような気がする。次の休みまでだろうか。それなら月の半分になる。
どちらにしろ、荷物は全てマリアとメアリが準備してくれる。足りないものがあればオスカーがあちらで用意してくれるのだろう。
至れり尽くせりで申し訳ないが、それならオスカーが考えるだけ滞在出来てありがたい。
そこで、ふと思う。
(なんか、俺……)
「レンタル彼氏みたい……」
「それはなんだい?」
「あっ、声に出てました?」
「ああ、出ていたね」
ウィリアムは興味津々とばかりに暖人を見つめた。
「えっと……レンタル彼氏は、お仕事です。女性客の恋人役としてパーティーでエスコートをしたり、本当の彼氏みたいにデートしたり、お泊まりしたり、文字通り借りられる恋人で」
言いながら、居たたまれなくなる。
「お二人は正式な恋人なのでレンタルには当たらないですけど……。呼んでいただいたところに行く感じが、なんとなく、こう……」
しどろもどろになってしまう。
だがウィリアムは、納得した顔を見せた。
「確かに今の俺たちは、リョウスケからハルトを借りている状態だね」
「えっ、違いますっ」
「ハルトの気持ちがちゃんと俺たちにある事が、嬉しいよ」
ウィリアムは宥めるように暖人を撫でた。
「ただ状況としては、リョウスケがハルトを抱く事を許し、俺がそれを了承する事で、俺は正式に彼からハルトを借りている状態になっているね。つまり、今のハルトは彼のものかな」
言いながら、ウィリアムも困った顔をする。
実はあの時は涼佑の意図に気付きながらも、一時的な事だと思い了承したのだ。
「少し悔しいけれど、彼のあの言葉があったからこそ、ハルトはこうして何度も俺に抱かれてくれているのだろうね」
「っ、俺……」
「今はそれで構わないよ。いつかハルトが自ら過ごしたい相手を、いつでも罪悪感なく選べるようになれば、それでね」
ウィリアムの言う事はもっともだった。
涼佑の言葉がなければ、あんなにもすんなりと抱かれる事も了承できなかった。きっと、ウィリアムの事でいっぱいになる事もなかった。
涼佑が許したから。
涼佑がいいと言ったから。
それは免罪符のようで、ウィリアムの言う通りだと思えてしまう。
今は、誰と過ごしたいと自分で選べない。誰を選んでもきっと、涼佑にも二人にも罪悪感がある。
いつか、選べるようになるのだろうか。
「……いや、やはり、それは遠い未来でも構わないな」
ウィリアムはそう言って暖人にキスをした。
「謙虚なハルトも可愛いからね。明日も、俺の事を想いながらオスカーの元へ行ってくれたら嬉しいな」
頬に、目元にキスをする。そのまま首筋に唇が触れた。
頬を染める暖人を愛しげに見つめ、ウィリアムは内心で思う。
今は仕方なく許しているだけで、暖人は自分のものだ。……と、涼佑は今頃思っているのだろう。
彼の不在時に申し訳ない気持ちはあるが、この機会を逃すつもりもない。
暖人の就寝時間まで、まだ数時間ある。それまでたっぷりと愛し尽くし、存在を刻み付けるつもりだ。……もう、彼相手だけでは満足出来なくなるように。
・
・
・
「暖人がそうしたがっていたので許しましたけど、暖人は今までもこれからもずっと、僕のですから」
不機嫌な顔で、リグリッドにいる涼佑は実際にそう語っていた。
「許したってのもびっくりだな。リョウの世界の文化……ってかリョウなら、他の男に抱かれるのは絶対嫌だ~ってなったんじゃないか?」
「なりましたよ。でも暖人があの二人に抱かれたそうだったから、一応許しました。僕だけ許して貰うなんて出来ませんし」
「リョウだけ?」
エヴァンはますます首を傾げた。
キースも、皇子も。
「リョウは、ハルト君以外に恋人はいないだろ?」
「そうですけど、あなたたちとこうして呑気に晩酌なんてしてるので同じです」
「んん? 同じじゃないだろ?」
「同じですよ。僕と暖人にとっては」
内戦時代とはあまりも違う上質な酒を喉に流し込み、そっと息を吐いた。
「二人だけの世界を望めなくなった。僕たちにとっては、その時点で裏切りです」
暖人がこの世界に来たのが四ヶ月前なら、自分の方が先に裏切っている。
「暖人を先に裏切ったのは、僕です。本当は、許すなんて言える立場じゃないんですよ」
そう、苦々しく吐き捨てた。
「……僕が知らない暖人の時間は五ヶ月です。でも、時空の歪みのせいで、暖人は僕の一年半を知らない。暖人と同じ歳ですらいられなくなった。僕が、暖人をあちらに置いて来たせいで……」
同じ時を生きていきたかった。ずっと。それなのに……。
「……あの時、無理矢理連れ去って閉じ込めて、二人きりでいられないなら死ぬと本気で言えば、暖人は僕だけを選んでくれたはずです。でも僕は、そうしなかった」
本気でやろうと思えば、再会した日にそれが出来た。だが、しない選択をしたのは自分だ。
「その方が暖人の笑顔を見られるから、暖人の気持ちを尊重したいから、そんな理由も勿論ありました。でも今思うと、あの二人の事を綺麗な思い出にしたくなかったんです」
エヴァンが注ぎ足した酒を、一気に呷る。
「あの二人に溢れる程に愛されて、幸せで、愛していたのに、一緒にいたかったのに……。そんな綺麗な思い出と罪悪感って、側にいる相手を想う気持ちより強くなるんですよね」
これは想像だが、実体験でもある。
暖人から無理矢理引き離され、この世界に連れて来られた。暖人の事ばかりを考え、愛しさのあまり狂いそうで、元の世界にいた頃よりも想いが強くなった。
側にいるエヴァンや皇子たちの事を、一度は捨てて行こうとした程に。
「理由って、後からでも色々出てくるものですね」
「それは当然だろうな。笑顔を見たいという理由だけなら、リョウは今頃ハルトを連れて誰にも見つからない地で暮らしているだろう」
皇子は静かに零した。
「リョウなら、その二人と引き離されたハルトの事も笑顔に出来るのだろう?」
「出来ますよ」
「それだけの自信がありながら引き離さなかったなら、理由は両手でも足りないくらいだ」
気持ちを代弁するような皇子に、涼佑は小さく笑った。
やはり、同じだ。
胸の内をさらけ出し、それを理解してくれる人がいる。それを居心地良く感じるなら、暖人があの二人を想うのと同じ。
諦めにも似た気持ちと、何故か胸が少しだけ軽くなった気がした。
涼佑はグラスに口を付け、くすりと笑う。
「実際に側にいれば、あの二人が暖人の事を怒らせて勝手に自滅してくれるかもしれませんよね」
「リョウにしては他力本願だな?」
「僕のいた国には、言霊というものがありまして」
愉しげに話す涼佑に、三人は安堵したように目元を緩めた。
66
お気に入りに追加
1,812
あなたにおすすめの小説
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる