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精一杯3

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「可愛いな……」

 暖人はるとの寝顔を見つめ、指先でそっと頬を撫でる。

 想いを遂げ、その愛しい人が側で眠っている。それだけでこんなにも世界が輝いて見える。この世界に生きる全ての人々の幸せを願える程に、止め処なく溢れる多幸感。
 暖人に言えば、大袈裟だと困ったように笑うのだろう。

 まさか最初がバスルームだとは考えもしなかった。
 だが終わってみれば、暖人の言った通り、あの場所で良かったと思える。
 初めての場所でもあり、それ以上に、暖人からの必死のおねだりとお誘いだ。何があろうと一生忘れられない。

「可愛かったな……」

 もう、何もかもが。
 膝に乗って貰いたいと、オスカーと話していた。暖人にはまだ早いだろうかとも。だが、それも早々に叶ってしまった。
 暖人自ら、あの体位を選んだ。
 涼佑りょうすけが言っていたように、実は暖人の方が欲求に正直なのではないだろうか。今回は浄化の力の反動で眠ってしまったが、次はもっと……。

 ……次は、さすがにゴムを付けよう。
 付けずに挿れてしまったのは初めてだった。暖人が欲しくて、その一心で存在を忘れていた。それにあそこでゴムをと言えば、暖人は怒るか悲しい顔をしただろう。
 一生懸命に誘ってくれた気持ちが、嬉しかった。

「はぁ……、本当に、可愛かったな」

 何度でも零してしまう。
 中に出したものを掻き出している際、触れる指と、湯が中に入り感じてしまったのだろう。暖人は眠ったままで何度も愛らしい喘ぎを零し、ウィリアムに縋り付いた。
 自然と勃ってしまった暖人自身と、自分のモノを一緒にして処理をしたのは不可抗力。決して寝込みを襲った訳ではない。


 暖人をベッドに寝かせた後、ウィリアムはざっとバスルームの清掃をした。
 この部屋には他のメイドは入らせず、マリアとメアリしか入れていない。女性である彼女たちにこの後始末をさせるのはさすがに、と痕跡は全て消した。
 消したら消したで「公爵家のお方が……」とマリアにはたまに呆れたように言われるが、今後もやめるつもりはなかった。

 浮かんでいた花びらは、思い出に数枚取って押し花にした。
 幼い頃に女性のようだと笑われた趣味が、こんなところで役に立つとは。暖人といると、あの頃の自分まで救われる心地だった。
 情けない姿も、弱さも、暖人は可愛いと言って受け止めてくれる。
 そんな暖人だから、大切にしたい。愛していたい。


「ん……」
「ハルト、起きたかい?」
「……ウィル、さん……?」

 ぽやぽやとした表情がまた可愛い。ウィリアムは頬を緩め、柔らかな黒髪を撫でた。
 そこで暖人はハッとしてぱっちりと目を開ける。

「っ、すみませんっ……、俺、寝ちゃって……っ」
「力を使わせてしまったからね。まだ寝ていて大丈夫だよ」
「でもっ、……すみません。初めてだったのに、ちゃんと出来なくて……」

 しゅん、と肩を落とす暖人の頬を、ウィリアムは優しく撫でた。

「ちゃんと、出来ていたよ」
「え?」
「どこまで覚えているかな?」
「え、っと……」

 記憶を辿り、暖人は徐々に瞳を伏せていく。

「…………しっかり覚えてました」

 顔を真っ赤にして、もそ……と布団の中に沈んだ。
 必死に煽ってみせた事も、頭の中が溶けてしまいそうな程の快楽も、中に出された熱さも、全部。

「多分、ぃ……イった後に、寝ちゃったんですよね……」
「そうだね。たくさん頑張って貰ったから、疲れてしまったね」
「……次はもっと、頑張ります」

 暖人の答えに、ウィリアムは口元を押さえた。

「もっと、頑張ってくれるのかい?」
「あっ、……が、んばって、寝たり気絶したり、しないように……」

 布団を被ったままもごもごと言い、身を屈めて丸くなった。
 たっぷりの羽根を使った羽毛布団が、愛らしく揺れる。その上から、ウィリアムはそっと暖人を撫でた。

「期待しているよ。次は気を失う程、気持ち良くなって貰うつもりだからね」
「っ!」

 びくりと跳ねたのが伝わる。ぷるぷると震える振動も。

「……俺、頑張ります」
「頑張ってくれるのかい?」
「はい。今日は俺のしたいようにして貰って、わがままを聞いて貰ったので……次は、ウィルさんのしたいようにして貰いたいです」

 あれは我が儘だったのか、とウィリアムは頬を緩める。あんなに可愛い我が儘ならいつでも歓迎だ。それに、暖人がそうしたいと思ってくれた事が、叫びたい程に嬉しい。


 未だ布団の中の暖人を、褒めるように撫でる。暖人の顔は見たいが、この緩んだ顔を見られなくて良かった。

「俺、ウィルさんに……、……俺のこと、好きにして欲しいです……」

 もそ、と動き、ぎゅうっとウィリアムに抱きつく。逞しい胸元に頬を擦り寄せ、唇を押し付けた。
 チクリとした感覚が、二つ。
 それから、鎖骨へともう一つ。

「っ、ハルト」

 たまらずに布団を捲る、と……。

「ハルト?」

 暖人は目を閉じ、すやすやと寝息を立てていた。赤子のように、ウィリアムの胸元に頬を寄せて。

「……可愛いな」

 あまりに純粋な寝顔に、情欲も一気に浄化される。好きにして欲しいと煽っておいて寝てしまうとは、本当に可愛くて仕方ない。

「ん……ウィル、さん……」

 ふにゃりと笑い、甘えた声で名を呼ぶ。すりすりと小動物のように擦り寄り、くすりと笑った。

「俺の夢を見てくれているのか……」

 そんな、嬉しそうな顔をして。
 そっと髪を撫でると、安心しきった様子でまた小さく笑った。


 暖人は時々驚く程に大胆で、かと思えば子供のように純粋で、会う度に惹かれていく。
 出逢った頃は、大人びて憂いのある表情をする子供だった。儚げで、目を離すと消えてしまいそうな危うさがあった。
 だが今は、明るい太陽のような、暖かで柔らかい笑顔を見せてくれる。もう目の前から消えたりはしない。それは涼佑がもたらしたものだという事は、やはり少し嫉妬してしまうけれど。

 暖人が笑うと、こちらも幸せな気持ちになる。
 あの頃よりももっと目が離せない。

 そんな暖人でも、好きなようにしたらきっと怯えてしまうだろう。
 暖人に出逢うまで自分でも知らなかったのだが、暖人が思う程、自分は優しくも紳士的でもないのだから。

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