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花びらと

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「すっかり冷えてしまったね」

 空を見つめ続ける暖人はるとの肩を、そっと抱き寄せる。
 今は七月だが、この国の夏はそこまで暑くはない。夜は気温が下がり、シャツ一枚では肌寒いくらいだった。

 暖人はもう一度空を見上げた。
 涼佑りょうすけは、これからはずっと一緒だと言ってくれた。離れていても、ずっと一緒だ。
 必ず帰って来てくれる。だからもう、不安はない。





 暖人を部屋まで送ったウィリアムは、夜風で冷えた暖人の肩をそっと撫でる。
 そして、窺うようにバスルームへと視線を向けた。

「ハルト。……一緒に、入らないか?」
「……ウィルさん、いきなり」
「すまない、リョウスケが出掛けたばかりでどうかと俺も思うのだが……。離れている間も、……ハルトを好きになってからずっと、君が欲しくてたまらなかった」

 決闘の後に涼佑から許しが出て、その日のうちに事件が起こりまた会えなくなってしまった。愛しさが募りに募って、もう限界だ。

「だが、ハルトが嫌なら無理強いは」
「……します、か?」
「え……」
「するなら、先に準備をしたくて……」

 もごもごと言い、視線を伏せる。
 小さく震える睫毛と、ほんのりと染まった頬。ウィリアムは思わず口元を押さえ、視線を逸らした。

「……部屋でシャワーを浴びてから、また来るよ」
「……かなり遅めでお願いします」

 二人は視線を合わせないまま、一旦別れた。



 自室に戻ったウィリアムは、熱いシャワーを浴びながら深く息を吐いた。

「……初めての時より緊張するな」

 当然か、とそっと笑う。
 これが初恋で、初めて自分から抱きたいと願った人。緊張しない訳がない。
 先程は、望みを受け入れてくれた礼も、暖人に負担を掛けてしまう事の謝罪も忘れていた。余裕がなくて格好が悪い。

 その分も、あの部屋に戻ってからは暖人の事を大切にしよう。
 我慢をした経験は初めてでも、理性は決して手放さないように。愛しい暖人を傷つけないように。


 一方の暖人はというと。

「異世界すごい」

 また体感一瞬で準備が終わり、わしゃわしゃと髪を拭いていた。
 どうせまた風呂に入るのなら、乾かすのはざっとで良いだろう。わりと男らしいところのある暖人は、バスローブ姿で頭にタオルを乗せたまま、ぺたぺたとバスタブへと向かった。

 ウィリアムが部屋を出てから暖人がバスルームに入ると、大量の花びらの入った籠がそっと置かれていた。
 帰宅したウィリアムの様子を見たマリアが念の為にと準備をして、涼佑を送りに出ている間に置いて行ったのだ。

「花びら、ありがたい」

 湯を張ったバスタブに、ピンクや白の花びらを浮かべ、呟く。
 水面を埋めてもまだある花びら。これなら体が見えなくて恥ずかしくない。

 施設では必然的に数名で風呂に入っていた。涼佑は他の男に暖人の裸を見せるのを嫌がっていたが、それを言えば疑われると知っていた。
 その時は、裸になる事など恥ずかしくもなかった。服もポイポイと脱ぎ捨てていたくらいで。

(でも、俺を抱きたいって人の前では恥ずかしくて当然だと思う……)

 そっと花びらを追加した。

 涼佑が、これがこの世界の普通だと、いない時は二人の事だけ考えていっぱい愛されても怒ったりしないと言ったのは、ウィリアムが限界だと分かっていたからだ。
 そして、暖人の気持ちを尊重してくれたから。
 涼佑の言葉があったから、暖人も今のこの状況を受け入れる事が出来た。

(……初見の裸がお風呂とベッド、どっちが冷静でいられるだろ)

 ウィリアムの裸の全体像を見る事になるなら、どちらが。暖人は唸る。
 ちゃぷちゃぷと音を立てながら花びらをつついているうちに、部屋の扉が開く音がした。



 慌ててバスルームの扉を開け、そっと顔を覗かせる。

「あの、ウィルさん。先に浸かるので、三十秒経ったら来てください」

 そう言い残してスッと消える暖人に、ウィリアムは口元を押さえた。
 一体暖人は、どれだけ可愛い仕草を隠しているのだろうか。これ以上可愛くなられては、困ってしまう。

 緩んだ口元を引き締めながらきちんと三十数え、ウィリアムはバスルームの扉を開けた。


「ハルト、いいかい?」
「はい……」

 そこでウィリアムは動きを止めた。
 口元まで湯に浸かり、恥ずかしそうにこちらを見つめている暖人。

「……花の妖精のようだね」
「そんな、真顔で……」
「本気だよ。つい見惚れてしまった」

 甘い笑みを浮かべ、暖人を見つめた。
 花びらに埋もれてとても綺麗だ。だがいつまでも見つめていては、暖人が逆上せてしまう。
 ウィリアムは躊躇いもせずバスローブの紐を解き、脱ぎ捨てた。

 暖人は慌てて視線を逸らす。
 一瞬だが、見えてしまった。ウィリアムの、……アレが。
 一度は口にも入れたもの。立派な事は知っている。だがこうして隠すものもなく全身を見ると、顔が熱くなってしまう。

 ちゃぷ、と音がして、ウィリアムが湯に浸かる。暖人の、向かいに。
 そして。

「ハルト、おいで」
「っ……」

 手を伸ばし引き寄せると、広いバスタブで暖人の体を反転させ、背後からぎゅうっと抱き締めた。
 しっとりとした黒髪に唇を寄せ、そっと押し当てる。

「ああ……、幸せだ……。夢のようだよ……」

 ずっとこうして直に触れたかった。この暖かさを感じたかった。
 この滑らかな肌も、柔らかな肉の下に触れる薄い筋肉も、細い腰も、骨格も、暖人という存在を形作る全てが愛しい。

「この素晴らしさを賛美する言葉が、この世には足りないな……」

 ぼそりと呟き、暖人の体をするすると撫でる。
 水面が花びらで覆われ見えないのは残念だが、だからこそこの手触りをしっかりと感じられる。

(賛美って……どうしよう、ウィルさんすごくお疲れだ……)

 今まで散々我慢させたせいだけではない。疲れたウィリアムは、普段以上に甘さが過多で暴走もしやすくなる。
 だからといって、また我慢させるのも申し訳ない。

「っ……、んっ、ぅ……」

(くすぐったいけど、我慢……)

 腹や脇腹ばかりを撫でられ、感じるよりくすぐったい。その手がするりと滑り、太股を撫で始める。

「ふ、っ……っ、ぅ……」

 両手で揉まれ、撫で回されて、今度は感じてしまった。
 脚の付け根や膝裏、腿の内側、裏側も。感じる場所が多すぎないかと自分でも思いながら、上がりそうになる声を必死で堪える。

 肌触りを堪能しているウィリアムの邪魔はしたくない。こんな柔らかくもない男の体で嬉しそうにしてくれるのだ。それが、嬉しい。

「ハルト……」

 耳元で熱い吐息を零し、愛しげに名を呼ぶ。
 脚を撫でていた手が腰を撫で、指先が脚の付け根を撫でて。

「ぁ……、っ……も、だめっ……」

 カタカタと震え、ウィリアムの手を押さえた。


「ごめんさないっ、くすぐったいですっ……」

 感じました、とは言えない。ウィリアムはただ、撫でていただけなのだから。

「すまない、ハルトの肌があまりに気持ちがよくて、触り過ぎてしまった」

 暖人を抱き締め、髪に頬を擦り寄せる。
 ウィリアムには、暖人が感じている事は分かっていた。だが、感じさせるつもりはなかった。本当にただ触れたかっただけだ。
 それでもこの手で感じてくれた事は嬉しかった。今すぐ襲ってしまいたいくらいに。

 それをグッと抑え、今度は肌を擦らないように腰を掴む。

「ハルト、きちんと食べているかい? 細すぎないか?」
「前も言いましたけど、人種の違いですし、食べ過ぎなくらいです。まだまだ成長途中なのでこれからもっと筋肉がつく予定です」

 拗ねたように言い返す暖人に、愛しげに目を細めた。

「成長途中か。可愛いな……」
「もう。まだ子供扱いするんですか?」
「子供扱いではないよ」
「可愛いって、子供扱いじゃないですか」
「困ったな。そんなつもりはないのだが……」

 困ったような声を出しているが、背後の見えない暖人には分からない。ウィリアムが、楽しげに微笑んでいる事を。

「っ、ウィルさんっ?」

 項にチクリとした小さな痛みがあり、その下にもう一度。
 覚えのある痛みに、暖人は身を固くした。

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