152 / 168
お別れ
しおりを挟む森を抜けると、そこは小高い丘になっていた。
月が、とても綺麗な夜だった。
そこでエヴァンは、意味深な笑みを浮かべる。
涼佑は暖人を抱き寄せ、ウィリアムにも下がるように視線で合図をした。
そして。
「っ……」
突然強い風が吹き、暖人は目を閉じた。ゆっくりと目を開けると、そこには……。
「っ、えっ……、うそ、ドラゴン……!?」
暖人は声を上げ、縫いつけられたようにその姿を見つめた。
ドラゴン、というより竜だ。すぐ目の前に、固い鱗に覆われた数メートルもの大きさの竜がいたのだ。
青く鈍い光を帯びた体。鋭い爪。ギラリと光る、爬虫類のような瞳。どこからどう見ても、元の世界で伝説だった生き物だ。
「ここへ来た時も、これに乗ってここに下りたんだ。黒いから夜は紛れられるし、昼は雲の上を飛ぶから人にも見つからなくて便利なんだよ」
『黒じゃなくて青だけどな~?』
「城に乗り込む直前までは、竜だって知らなかったんだけどね」
『こらこら、無視するな』
「僕を騙してた事、まだ少し怒ってますから」
『え~、だって、竜なんて言ったら怖がるだろ~?』
「あなたを怖がる人なんているんですか?」
『いるいる、すっごいいるからな? 俺ってば人間の時でもすごい強い将軍だったんだからな~?』
多重音声のように響いて聞こえるが、きちんと言葉が分かる。その声はエヴァンのもので、話し方も。
「竜になってもエヴァンさんだ……」
『そうだよ~。怖くない?』
「いえ、全然。すっごくかっこいいです」
『嬉しいな~。今度はハルト君も乗せてあげるね~』
「いいんですか?」
『うんうん。可愛い子は大歓迎』
竜になった方がフレンドリー。怖がらせないようにかな、と暖人はエヴァンの気遣いにふわりと笑った。
(なんだか、ラスさんみたい)
可愛い子は大歓迎、なんて。暖人はくすりと笑う。
そんな暖人を背後から抱き締めたまま、涼佑は平然と口を開いた。
「僕のいた国では、竜に似た生き物の蒲焼きという料理があるんですけど」
『ちょっ……、乗せるくらいいいだろっ? 竜だし馬車ってことでセーフセーフ!』
(なんか、ラスさんとウィルさんみたいだな……)
がっしりと抱き締められたまま二人のやり取りを見つめた。
竜が本気で飛べば、リグリッドの帝都とリュエールの王都は五分足らずだ。人を乗せれば倍以上かかるが。
竜は鱗が固く、更に周囲を膜のようなもので覆う力がある。くっついてさえいれば、涼佑も空気抵抗を受けずに移動出来るのだ。
エヴァンがこのタイミングで現れたのは、何も偶然ではない。
暖人が風呂に入っている間に、ウィリアムがこちらへ向かっているとキースから涼佑に情報が入った。それからすぐにエヴァンに連絡を取ったのだ。
その時は、明日の朝と言った。
だがエヴァンはすぐにこちらへ来た。涼佑の声から、もうリュエールを離れる覚悟は出来ているようだったからだ。
涼佑がポケットに入れていた鱗の欠片は、通信機になっている。といっても、竜と欠片を持つ者の間でしか反応しない。
それでも声を伝える事は出来る、一般には出回るどころか存在すら知られていない、貴重で便利なものだった。
『フィオーレ卿、これを』
それを、ウィリアムにも渡した。爪で鱗を掻いたところで、人間の手に収まる程度の欠片、痛くも痒くもない。
『出来れば二、三日に一度、ハルト君が元気かどうか連絡をいただけたらと』
鱗に向かってエヴァンの名を呼べば通じると説明した。
『キースも一旦連れ帰るので、ハルト君が無事かどうか心配してリョウが絶対ソワソワするのが目に見えているので……』
「ああ、それは俺も思います」
ウィリアムは鱗を見つめ、すぐさま了承した。
「ハルトちゃ、ハルト君、また来るねー」
「キースさんっ? はい、またお話しましょうね。絶対また来てくださいね」
いつの間にか竜の背に乗っていたキースに、暖人は声を掛ける。突然のお別れは寂しかった。
キースは笑顔でひらひらと手を振り、涼佑に向かって早く来いと視線を投げる。
「……はる。行ってくるね」
「うん……。行ってらっしゃい、涼佑」
暖人をぎゅっと抱き締め、そっと体を離す。そして触れるだけのキスをして、涼佑は竜の背に乗った。
竜が飛び上がり、空の上へと消えていく。
月明かりに照らされても、その姿は宵闇に溶けてすぐに見えなくなっていった。
66
お気に入りに追加
1,800
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる