後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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その頃王宮では

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 その頃、王宮では――。

「朝か……。……ハルトは今頃、彼と同じ部屋で目を覚ましているのだろうか」

 事件の処理を一通り終え、後は王弟陛下からの返答を待つのみになったウィリアムとオスカーは、赤と青の騎士団専用の食堂で朝食をとりながら溜め息をついた。

「だろうな。それに、ハルトがここを気にしないようにする為に……あれだろ」
「あれ、だろうか」
「あれだな」

 二人してまた溜め息をつく。

「……先に彼がハルトを抱いてくれた方が、俺も罪悪感がなくなってやりやすいな」
「無理に笑うな。余計に怖い」
「そうか?」
「殺気を抑えてる顔だろ」
「嫌だな、殺気はないよ。嫉妬しているだけで」

 にっこりと笑うその顔がまた怖い。

 一度暖人はるとの顔を見に帰りたいが、そうもいかない。不測の事態に備え、二人共待機せざるを得ない状況だった。


 王弟陛下の子息は客室に軟禁している。何も話そうとはしないが、食事もとり、おとなしくしているようだ。
 協力者も街を出た先の街道で捕らえた。彼は王弟陛下に仕える宰相で、王への忠誠を示す為に共に訪れたと、こちらの宰相から聞いている。

 今は、国王暗殺と逃亡、証拠隠滅、その他諸々の容疑で地下牢に入れている。
 捕らえる際にあの毒を使い自害を謀った為、暖人から渡された万能薬を二つ使ってしまった。
 咥内に隠していた毒入りのガラスを噛み割った際、捕らえていたウィリアムも少量吸ってしまったのだ。

 他の者はすぐに退避させた為、今も目眩や吐き気などの症状は起きていないようだ。

「それだけ元気なら、もう大丈夫そうだな」
「ああ。予兆もないどころか、本当に徹夜かと疑うくらい目が冴えているよ」

 吸った瞬間は吐き気と目眩を覚えた。丸一日経つにはまだ五時間程あるが、この様子ならしっかり薬が効いているのだろう。
 暖人から薬を預かっていて良かった。あの場に暖人を連れて行く訳にはいかなかったのだから。

「ハルトから預かったものをあの男に使ったのは、今思い出しても気分が良くないけれどね」
「同感だな」

 例え宰相といえど、敵に対しては二人は辛辣だ。情を持っていては任務に支障を来す。
 子息に関してだけは、テオドールとの関係もありこちらで処分を下す事は出来ないが。


 昨日、暖人と涼佑りょうすけが滞在している間に、青の騎士団は子息の警護と、事件に使用された箱と魔法石の燃え残りを焼却炉から発見した。
 赤の騎士団の化学班がその燃え残りと百合の花から、毒物が触れ変質した痕跡を僅かだが検出。これで贈り物の百合に毒物が仕込まれていた物的証拠が出来た。

 ウィリアムは、王宮内と城下に協力者がいないという情報を得てから、護衛騎士にテオドールの護衛を任せ城外に捜索に出た。
 昼前に街道で宰相を確保した際、赤の騎士団長からは逃れられないと悟り自害未遂を起こしたのだ。


 その後諸々の処理や手続きを終え、今は、朝の六時。
 赤と青の騎士たちが、徹夜で任務をこなしたとは思えない量の朝食をもりもりと食べている。
 その中には、ウィリアムと共に宰相を捕らえに行った者もいた。あの様子なら毒は吸っていなかったようだ。ウィリアムは安堵の表情を見せた。

「高価な物なら、残りは微量だったのかな」
「だろうな」

 涼佑の予想では、まだリグリッドの皇帝しか使用していないという。量は今回の二倍はあったが、一度きりだったと。
 国民から税を搾り取った皇帝でもそれなら、宰相の給料と子息の小遣い程度で買えるのはそれが限度だろう。

「部下と君のところの副団長が、成分の分析をして解毒剤を作ると息巻いているよ」
「アイツ、そっちにいたのか」

 昨夜から見ないと思ったら。

「毒物の基本成分の特徴と組み合わせ時の効能まで全て頭に入っていて、辞書のようで助かるとうちの部下が言っていたよ」
「そうか。それならそっちで好きなだけ使ってやってくれ」

 肩を竦めるオスカーに、ウィリアムは小さく笑った。
 メルヴィルが毒物に詳しいのは、なにもオスカーを毒殺しようとしているからではない。騎士としては毒殺ではなく、正面から堂々と剣で倒したい。剣で勝ってこそ勝利だと思っている。
 毒物に詳しいのは、ただの趣味だ。暗い過去がある訳でもなかった。

 つまり今は趣味の時間。メルヴィルが楽しく、赤の騎士たちの役にも立っているなら止める理由はない。


 ウィリアムは食後の濃いコーヒーを飲みながら、ふと思い出す。

「興味本位で俺もを調べてみたのだが、成分的にはただの風邪薬だったよ」
「風邪薬? あれがか?」
「高熱が出るような風邪に用いられる、栄養補給も兼ねた少し価格の高い風邪薬だった」
「……あれが?」

 オスカーは怪訝な顔をした。
 確かに定期的に秋則に届けているのは、抵抗力を上げたり滋養強壮に効く木の根や、熱を下げる実、傷に効く葉など一般的な材料ばかり。秋則は高くてあまり買えないからと言って喜んでいたが、特に珍しいものはない。
 ……ひとつだけ珍しいと卸の店主が言っていたのは、引き抜く時に悲鳴を上げる植物だろうか。安易に引き抜くと鼓膜が破れるらしい。

「そこに彼の力が加わって、あの薬になるのだろう。まさに奇跡だね」

 ウィリアムはそっと笑った。
 あの薬が成分的にはただの風邪薬で安堵している。万が一押収されて調べられたとしても、何も出ないのだから。

「だとすると、ハルトのあの成分も発光石みたいなものか」
「……可愛いな。暗闇で希望を灯す妖精じゃないか」

 ぽつりと呟くウィリアムに、同意はしないが内心では確かにと思った。
 そして、早めにウィリアムを帰さないとますますおかしくなると心配をした。

 早馬で返答が来るまで、後数日。
 その間にテオドールが子息と話をしたがるだろう。
 それまでは帰れない。溜め息をつく二人を、たまたまそのタイミングで食堂にきたラスが見つけ、可哀想……と呟いた。
 気持ちは良く分かる。暖人に会えないのは、自分でさえつらいのだから。

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