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涼佑のおねだり
しおりを挟む「はる」
「うん」
「その力の事を問い詰めようと思ってたのに、あっさり話してくれたから」
「うん?」
「一緒にお風呂入ろう?」
「う、んんっ?」
「お風呂というか、シャワーかな。ここ、シャワーブースが別になってるからいいよね」
「ガラスで仕切られるし床ベシャベシャにならなくていいよね。……じゃなくてっ」
「シャワー浴びながら、僕が準備してあげる」
「なんのっ?」
「ちゃんとベッドまで我慢するから安心して?」
がっちりと捕獲したまま額同士を合わせ、おねがい、と甘えた声を出す。
(りょ、涼佑の……おねだり……)
激レアなそれに、暖人は弱い。もはや弱いどころではない。
元の世界でも旅行中の部屋で、このおねだりに負けてしまい何度とんでもない目に遭ったことか。
それでも涼佑が喜ぶならと何でもしたのだが……、今回はそうもいかない。
「準備はっ、駄目っ」
「どうして?」
「……心に傷を負うから」
深刻な顔をする暖人に、涼佑は困ったように笑った。
「分かったよ。はるに負担ばかりかけて、ごめんね」
「負担じゃないよ。恥ずかしいけど、涼佑としたいのは、俺も同じだから」
もごもごと言って、涼佑の腕の中で身じろぎする。
すぐに解放された暖人は、勢い良く立ち上がり背を向けたままで。
「ちょっと時間かかるかもだけど、待ってて」
そう言うと、駆け足で部屋を出て行った。
「待ってるよ」
閉じた扉に向かい、涼佑はクスリと笑う。
きっと暖人は、林檎のように真っ赤な顔をしていた。本当に、愛しくてたまらない。
ウィリアムには、暖人と同じ部屋に住んで良いなら残ると条件を出したが、本来用意されていたこの部屋も借りる事にした。
……暖人の部屋は、彼ら三人の思い出が詰まり過ぎているから。
ウィリアムもオスカーも、いつかあの部屋で涼佑が暖人を抱くと考えている。本当は三人だけの場所にしたかったはずなのに、暖人と涼佑の為に、何も言わずに。
だが実際に抱いたと知ったら、特にウィリアムは悲しみを超えて酷く胸を傷めるだろう。
涼佑にとっても、彼らの想いを感じさせる場所で暖人を抱くのは居心地が悪い。
何もないまっさらなこの場所が、お互いにとって都合が良いのだ。
「今日は鍵を閉めておかないと」
普段は開けっ放しにしている扉に鍵が掛かっていれば、皆察してくれる。
どうせウィリアムたちは数日帰れないのだ。同じ屋根の下にいるうちに好きな相手を抱かれるより、不在の今が良いに決まっている。
何故暖人を抱くのに他人に配慮しないといけないのかとムッとしたものの、ベッド脇の引き出しの中身を思い出し、仕方ないかと溜め息をついた。
ウィリアムは涼佑に配慮して、各種サイズの避妊具とその他諸々を揃えてくれている。それがこの世界の重婚文化の感覚であり、大人の余裕。大人の男の格好良さだ。
シャワーを浴びながら、そっと目を閉じる。
すっかりこの世界に馴染んでいる暖人のようには、まだなれそうにない。それでも暖人が望むなら……。
……純粋なまま育てたものだから、順応力も子供並み。
湯を止め、溜め息をついた。
元の世界のように萎縮して怯えていた暖人はもういない。それは、良い事だ。暖人に悲しい顔をさせる世界には、もう戻りたくもない。
この世界で、暖人はやっと本来の性格が出せるようになった。
純粋で天真爛漫で好奇心が強く、誰かを助けたい気持ちで無茶をするような、自己犠牲……いや、元気盛りの子供……いや、子犬のような性格を、我慢する事なく出せた。それも良い事だ。
だが。
「リード付けたいな……」
ぼそりと呟き、深く溜め息をついた。
蝶を見つけて目を輝かせながら突っ走って河原から落ちるような子犬には、リードが必要だろう。
暖人の事をペットと思っている訳ではない。ただ、浄化の力の使いすぎで死にかけた事や、その他諸々を考えると……。
「……いっそ閉じ込めたい」
ウィリアムやオスカーと同じ事を言い、頭を抱えた。
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