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王宮へ4
しおりを挟むテオドールの寝室へ戻ると、部屋の前の少年は消えていた。オスカーが部下に軟禁を指示していた為、連れて行かれたのだろう。
だとしたら彼が犯人だという事を、ウィリアムは部下から聞かされているかもしれない。
……だからといって、これから先は自分には関係のない事だが。
ベッドの側には暖人と、ウィリアムもいた。騎士たちの指揮を執らずに……と思うが、テオドールが暖人の護衛をと命じたのだろう。
暖人は涼佑を見るなり、安堵したように笑った。突然いなくなって心配していたと言って。
「はる、帰るよ」
「え、っと……涼佑、ごめん。今日は泊まらせて貰うことになったんだ」
「泊まるって、王宮に?」
「うん。本当に解毒出来たか心配で……」
また暖人が無茶を言い出したと思いつつ、涼佑はテオドールを見る。
決闘の時より血色があり、肌も艶がある。解毒どころか身体年齢も若返って見えた。
暖人の力が救世主のものなら、きちんと解毒出来ていると思うのだが。
「……そうだね。明日の夜くらいまでは様子を見た方がいいかもしれない。元々が」
遅効性の毒だから。
そう言い掛けて口を噤む。
どうせ泊まるならテオドールには話しておこうと思ったが、暖人の顔を見るとさっさと帰って抱き締めて眠りたいと思ってしまう。
だがオスカーとメルヴィルは、共犯者を捕らえに行ってしまった。説明上手なメルヴィルだけでも連れてくれば良かった。
涼佑は唸る。
つい先ほど、これ以上は自分には関係ないと思ったばかり。だがせめて犯人と毒の性質を伝えておかなければ、何らかの不手際で犯人が自由になりあの毒を蒔いた時に、彼らは対処出来ない。
賢王が倒れればリグリッドの皇帝派の残党が目を付ける可能性もある。そうなれば、ウィリアムたちも戦争に出て、暖人が悲しむ。
一瞬で思考した涼佑は、諦めの溜め息をついた。
せめてとばかりに暖人の隣に椅子を持ってきて座り、手を繋ぐ。
「使用された毒物と犯人が分かりましたが、青の騎士団の働きでという事でお願いしてるので」
どうせオスカーは、テオドールだけには涼佑が解決したと真実を話すのだろう。それならばと前置きをして、一部始終を話し始めた。
・
・
・
一通りの説明を受け、テオドールは眉を顰める。
「あの子が、そのような……」
グッと拳を握った。
「……花を受け取った際に、緊張した顔をしておった。夕餉の際にマナーのなったあの子がナイフを取り落とし、久しぶりだから緊張しておると申しておったが……」
力なく紡ぐテオドールを、涼佑は見据える。
闘技場で見た彼は毒に侵されながらも堂々と立ち、冷静沈着で王としての威厳を見せつけてきた。その彼がこんな表情をする程に、あの少年の事を大事に思っている。
「彼は陛下に敵意がありましたが、今までそんな素振りがなかったのなら、誰かに嘘を吹き込まれた可能性が高いですね」
「……嘘、か」
「陛下を父のように慕っておられたと聞きましたが、いつからですか?」
「あの子が物心ついた頃からだ。私を恐れず、懐いてくれた。私のようになりたいと言って」
来年十六歳になり成人を迎える彼は、立派に国を治め民を愛するテオドールのようになりたいと言っていた。
年に一度か二度会える程度の彼の成長を、テオドールもいつも楽しみにしていたのだ。
「だが、私は充分な愛情を注いでやれなかったのだ。嘘を囁かれた程度で毒を盛るのならば、そうであろう?」
自嘲気味に笑うテオドールの手を、暖人はそっと握った。
「嘘……」
そして、ぽつりと呟く。
「それでも、信じてしまう、嘘……」
考え込む暖人に、涼佑はにっこりと笑った。
「はる。こういう場合の可能性は?」
「こういう、場合……。信頼してる人からの、嘘?」
「うん、そうだね」
「本当はお父さんが王になるはずだったのに、卑怯な手で奪われたとか……お母さんに対して昔酷い裏切りをしたとか……?」
「うん。僕たちの世界では、そのパターンが多かったよね」
「王様が君の家族や友達を殺したんだ、って騙されたり」
「それで憎んでいた相手が実は本当の父親だった、とかね」
「自分の手で殺しちゃった後に知るんだよね……」
「そうだね。逆に、本当の父親は王様なのに息子の君を捨てたんだって吹き込まれたり」
「うん……。優しくて正義感が強い人ほど信じちゃってたよね」
「大好きな相手だからこそ、憎しみも強くなってしまって」
俯く暖人の頭を、涼佑はそっと撫でた。
この会話の意図を、テオドールは理解した。そしてフッと笑みを浮かべる。
「あの子も心優しく、曲がった事を許せぬ性格であった」
だから嘘に騙されているのだと、騙されているだけだと、二人が励ましてくれた事を真実だと思えた。
「王として甘いと謗られようとも、私が信じてやらねばな」
そう言って、しっかりと顔を上げた。
「しかし、そなたたちの世界は、そのように恐ろしい裏切りが横行しておったのか?」
「あっ、いえ、物語によくある展開の話です」
「物語? 幼子の頃からそのような……」
(ウィルさんとオスカーさんの時と同じパターンだ……)
ふと見ると、ウィリアムも悲しげな顔をしていた。
訂正しようとする暖人を、涼佑が手を引いて止める。
今はリアリティある方が、騙されてるだけだと信じられるから。
でも、テオ様に嘘をつくのは。
これは優しい嘘だよ。
優しくても嘘は嘘だよ。……でも、テオ様が元気になるなら。
そうそう。本当の事は、いつかね。
視線だけで会話をする二人。ウィリアムとテオドールは、元の世界のつらい記憶を思い出させてしまったのかと勘違いをして悲しげな顔をした。
「狙いが私ならば、食事を用意させても危険はないだろうか」
「念の為と厨房の者を外へ出さないようにしておりましたので、精神的に疲弊していなければ」
「そうであったか。ならば、謝罪と共に見舞金を出さねばな。紙とペンを」
テオドールの言葉に、ウィリアムは台と紙とペンを用意する。テオドールはサラサラと文字を書き、最後に王印を捺した。
そこには、事件解決への協力を感謝する言葉と、謝罪、一人当たりに与えられる金額が記されていた。
(……これは、怒ってても許しちゃうやつ)
王様からの直々の手紙という事も勿論、記された金額が暖人の知る一般的な給料の約一年分だったからだ。
あまり多すぎても疚しい事があっての口止め料だと誤解される為、これが相場だと以前教えられたらしい。
テオドールは二枚目の紙に、暖人が好きだと言っていた料理名を記す。出来ればこれを作って欲しいと書き添えて。
それは暖人には見せず、厨房に届けるようにとウィリアムに渡した。涼佑の強さをその目で見たテオドールは、護衛は彼がいれば大丈夫だと判断したのだ。
ウィリアムも同感で、すんなりと部屋を出た。
厨房の者に後日謝罪に行こうと思っていたウィリアムは、迷いもなく彼らに向かって頭を下げた。威厳がなくなると宰相にチクリと言われた事はあるが、迷惑を掛けたならば謝罪は当然だとウィリアムは考えている。
そんな実直な赤の騎士団長直々に謝罪をされ、王からの手紙を受け取った厨房は、大騒ぎになった。
書かれた料理を情熱を込めて作り上げ、熱々の状態で寝室へと届けたのだ。
「ねぇ、はる。貴族とか王様は、使用人を疑っても謝罪とかしないと思ってたよ」
「うん、俺も前はそう思ってた」
「それでは、王宮で働く者としての誇りを持って働けぬであろう?」
「……賢王とお聞きしてましたが、労働環境まで整えておられるとは」
「当然の事をしておるだけだ。それに主人の為にという心がなければ、質も落ち、毒を盛られる可能性も上がるというもの」
「突然自虐ネタ入れて来られても反応に困ります」
「良い返しだ。さすがは救世主」
「救世主は関係ないと思いますけど」
呆れた顔をする涼佑に、テオドールは楽しげに笑った。
甥に会っても良いという知らせが来るまでは、外へは出られない。独りでいたら、いくら王といえど塞ぎ込んでいただろう。暖人と涼佑を見つめ、テオドールはそっと頬を緩めた。
その後。
好きなものばかりが並んだテーブルに、暖人は震えた。
王様直々の命令で王宮の調理人が、自分の為に作ってくれたようなもの。そんなの、恐れ多くて震えてしまう。
だがテオドールは、自分が喜ぶと思って用意してくれた。その気持ちを無碍にしたくはない。
暖人は子供のようにパッと顔を輝かせ、「俺の好きなものばかりです」「美味しそう」とはしゃいでみせた。
食べたら食べたであまりに美味しくて、今度は本気でキラキラとした笑顔で料理と料理人のみなさんに感謝を述べた。
実は、浄化の力を使ってとてもお腹が空いていたのだ。おかわりもあるという言葉に甘え、もりもりと食べた。涼佑が「あまり食べすぎるとお腹痛くなるよ」と心配するほどに。
食べた後はすぐウトウトして眠ってしまい、目が覚めた時にはベッドの上だった。……隣には、テオドールと涼佑が。
後からウィリアムに聞いたところ、暖人が別室で目覚めれば、もし急変していたら別室では気付けなかったと己を責める。だからと言って、ソファで寝かせる訳にもいかない。涼佑も一緒で良いから暖人をベッドに。
そんな流れで丸め込んだらしい。
涼佑を説得したテオドールの話術に感心しつつも、王様のベッドで眠ってしまった畏れ多さに、暖人は朝からぷるぷると震えたのだった。
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