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王宮へ3

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「リョウスケ殿は、そのようなお力もあられるのですか」
「いえ、これは違います。犯人と凶器とその性質が先に分かってる推理小説なら、誰でも解けますよ」

 そう言って肩を竦めた。
 この毒物の存在さえ分かっていれば、オスカーが同じ推理をして部下に指示を出していただろう。

 涼佑りょうすけが希少なこの毒物だと特定したのはその性質と、テオドールの首筋にうっすらと浮かんだ赤黒い線状の痣だ。頸動脈を壊死させる為に、毒が集まり始めている証拠だった。

 鬱血は既存の毒物にもある症状だが、この毒は頸動脈や大動脈にのみ蓄積され、死の直前に一気に壊死させる特徴がある。
 テオドールもおそらく、後一時間保たなかっただろう。


「状況と、陛下の症状と、毒の性質、その希少な毒を裏で手に入れられる財力。そこから推理しました。……とでも言って、あなたたちの手柄にしておいてください。副団長さんは毒に興味があるようですし」

 メルヴィルへと視線を向けると、恭しく一礼した。

「僭越ながら。化学は赤の領分ではありますが、毒物に関しては少々知識がございます。今回の毒物に関してはお恥ずかしながら存在すら存じ上げませんでしたが……」
「最新でとても希少ですし、王侯貴族くらいしか手に入れられないでしょうからね。……まだリグリッドでしか使用されてないと思いますよ」

 最後はメルヴィルへとそっと囁く。するとハッとして涼佑を見つめた。
 涼佑の話の中で、これが戦争に使用されれば大変な事になると考えていた。それが実際に使用されたとなると……。

「これからは、捕虜を取るのも考えなければなりませんね」
「はい。ただ今回に関しては狙いは陛下のようですし、後はご子息が協力者に消されないように気を付けるだけでしょうか」
「それに関しては、既にラスが対処している」

 側で護衛をしていた二人は、赤の騎士だ。オスカーの言葉に、それなら安心だと涼佑は頷いた。


「手柄を横取りするのは気分が良くありませんが、今回ばかりは仕方ありませんね」
「僕はただ解決を少し早めただけですよ。あなた方なら、子息の証言の方から解決に導けたでしょう」
「お褒めに預かり光栄です」

 メルヴィルは胸元に手を当て礼をする。こうする事で騎士たちにオスカーと同等の権力のある者だと思わせ、表舞台に出てはいけない者、つまり王直属の諜報員か何かだと思わせた。

 救世主相手には心象を良くしておこうという打算的な考えは涼佑には筒抜けだったが、メルヴィルとしても知られた方が話が早い人物だと思わせられて都合が良かった。

「手柄を渡すのに、何故ウィルでなく俺を連れ出した?」
「あなたがドアの近くにいたからですよ。暖人に気付かれずに外に出られるなら、ウィリアムさんでもどちらでも良かったんです」
「そうか。安心した」
「一つ貸しにはしますけどね」
「そうか」

 オスカーは口の端を上げる。ただの厚意でオスカーを選び、手柄を青の騎士団にと言っているならどうしようかと思った。やはり自分たちは、こういう関係の方がお互いに居心地が良いようだ。

「今回はお前のに助けられたな」

 オスカーの言葉に、騎士たちは涼佑の事をやはり王直属の諜報員なのだと確信した顔をして、感心したように涼佑へ視線を注いだ。
 涼佑としても、その誤解は嬉しい。

 テオドールの寝室にいた時、部屋の外からでも分かる痛い程の敵意を感じた。
 自分以外に向けられていても気付ける程の、濃い敵意だった。殺気とは違う。この敵意には誰も気付けない。
 それに涼佑だけが気付いたとなれば、この能力の説明が必要になる。静かに暮らしたい身としては、困るのだ。


「まさか、お前から進んで協力をしてくれるとは」
「僕が先に解決しておかないと、暖人はるとが首を突っ込みたがるからです」
「ああ……そうだな。確実にそうなっていたな」

 眉間に皺を寄せるオスカーに、暖人は相当無茶を言ってきたのだろうと察した。
 いや、言うだけなら良い。どんな無茶をしてきたのか、後で暖人を問い詰めよう。
 ……それに、消えたという過去を見る能力が蘇っても困る。これからは、暖人は危険な事に触れずに安全な場所で暮らすのだから。


 涼佑はオスカーへと、小声で囁く。

「陛下の回復については、遅れて解毒剤が効いたとか、神の祈りが届いたとか、適当に誤魔化してください」
「ああ、当然だ。アイツに危険が及ばないようにする」
「後はあなたたちの仕事です。暖人は返して貰いますよ」
「ハルトを頼む」
「あなたに言われなくても、暖人は僕のですから」

 肩を竦める涼佑に、オスカーは苦笑するに留めた。

「リョウスケ。後一つ訊きたい」
「なんですか?」
「お前たちの世界は、本当に平和だったのか?」
「平和でしたよ。人の死も見た事がないほどにね」
「……そうか」
「同情されても困ります。僕は気にしてもいませんし。あの国に落ちたのが僕で良かったと安堵してるくらいなので」

 暖人ならきっと、堪えられなかった。あの国の惨状も、仲間の死も、敵相手にさえ酷く心を痛めただろう。
 だから、自分で良かった。敵は敵としてしか認識出来ず、敵が倒れる姿にも何も感じなかった。まるで映画の中で悪役が倒されるのを当然の事として受け止めるような感覚。
 国の惨状を見た時もどうにかしたいとは思っても、心を痛めて涙するような事もなかった。

 元から、暖人以外に興味がない。暖人以外に感情が動く事はなかった。
 皇子やエヴァンの事は想定外だったが、それも暖人の優しさに触れてきたから生まれた感情だと思っている。

 暖人がリュエールで、自分がリグリッドで良かった。それに関しては、いるかも分からないこの世界の神に感謝したかった。

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