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王宮へ2
しおりを挟む「陛下が倒れたのはここだ」
案内されたのは、テオドールの執務室だった。ラスが仕事の報告をしている際に突然苦しみ出し、意識を失ったのだという。
涼佑とオスカーが部屋に入ると、副団長のメルヴィルと、数名の騎士が捜査をしていた。
メルヴィルは闘技場でオスカーに暴言を吐いたとは思えない程、凛とした態度でオスカーに向かって敬礼をする。涼佑にも恭しく一礼した。
「副団長、あの方は?」
「信頼出来る者です。彼をここで見た事は、決して口外しないように」
メルヴィルの言葉に、騎士たちは姿勢を正し涼佑に向かって敬礼をする。涼佑も一礼し、話の分かるメルヴィルに口の端を上げた。
「執務室他、この数日間に陛下が使用された場所からは物的証拠は発見されませんでした。赤の騎士からの報告では、銀食器の変色も認められず。ですが念のため、厨房と配膳、毒味役を捕縛しているとの事です」
端的に状況を説明され、涼佑は一度室内を見渡す。
騎士たちに敵意はない。この部屋の近くに敵意を持つ者もいない。
確認を終え、涼佑は口を開いた。
「捕縛の必要はありません。犯人は、彼らではありませんので」
「リョウスケ殿には、心当たりがあられるのですか」
「はい。犯人は、王弟陛下のご子息です」
「っ……まさか、あのお方が?」
メルヴィルが目を見開く。騎士たちも動きを止め、驚愕の表情で涼佑を見据えた。
「そんなに驚かなくても。その可能性を、あなた方なら考えていたのでは?」
赤と青の騎士たちが物証が何もないと言うのなら、簡単には調べられない人物が関与している可能性を一番に考えるはず。
それが、テオドールの寝室の外にいた少年。ここへ来るまでにオスカーに訊ねると、王国の東側を治める王弟陛下の三番目の子息だと言った。
テオドールを父のように慕っており、心配で離れないのだろうと。
「仲の良い王弟陛下のご子息からの贈り物なら、誰もチェックせずに渡せますよね?」
「では、贈り物の宝石が?」
「いえ、それはカモフラージュです。もしそれに毒が仕込まれていたなら、犯人と協力者によって既に回収されているはずですから」
騎士たちが確認に行った、執務机の上の豪華な箱がそれだろう。
よっぽどの馬鹿でなければ、こうして証拠を置いたままにする筈がない。
「毒を盛られた現場も、ここではありません」
「ここでないなら何処だ?」
「先に毒の話をしますね」
オスカーを軽くあしらい、何やら毒に興味津々の様子を見せるメルヴィルへと視線を向ける。
「陛下のあの症状で既存の解毒剤が効かないなら、おそらく最近開発された希少価値の高い毒物でしょう。証拠が見つからないのは、揮発性だからです。ある種の毒は少量なら空気中に霧散し、時間と共に無毒化されます」
無毒化される。それが希少価値の理由だ。
「対象が吸い込む程度に仕込み渡してすぐに離れれば、渡した本人に影響はない。刺激臭もなく、百合に良く似た香りのする、厄介な代物ですよ」
この部屋に飾られているのは薔薇の花。つまり、現場はここではない。
「贈り物の百合なら、品質を保つために直前まで魔法石で冷やしておいても不自然ではないですよね?」
一定の温度下でしか揮発しないその毒物を仕込み、直前に取り出して渡すだけ。
箱は協力者が一度持ち帰り、無毒化した頃にやはり持ち帰るには邪魔になるとでも言ってゴミに出してしまえば良い。早ければ今頃は焼却炉の中だ。
良い香りのする百合だと仲の良い甥に言われれば、テオドールは顔を近付け香りを嗅いだだろう。
「ちなみに、遅効性です。今あの症状が出たなら、吸い込んだのは昨日の夕方ですね」
「夕方……。ご子息と謁見されていた時間です」
メルヴィルが苦々しく零した。
涼佑は小さく息を吐く。遅効性とはいえ、今朝も目眩や吐き気程度の症状は出ていたはず。
さすが大国の王とでも言おうか。その状態で決闘を見に来ていたとは、大した精神力だ。
「お前は、何故その毒を知っている?」
「何故? あなたなら分かるでしょ」
「……そうだな。すまない」
オスカーは失言だったとばかりに眉を寄せた。
内戦の中なら……相手が皇帝なら、希少な毒も手に入れる事が出来る。
戦いの終盤に、毒を仕込んだ敵が送られて来た事があった。もし気付かず捕虜にしていたら、こちらの戦力は大打撃を受けていただろう。
いくら涼佑の能力でも、毒が仕込まれている事までは分からない。気付いたのは、毒の仕込まれた懐の箱への打撃で魔法石が割れたからだった。
大量の毒が揮発し、広がる不自然な百合の香りと、血を吐き意識を失った敵。すぐに味方を退却させ、こちらの被害はなかった。
涼佑も毒を吸い込んだものの、戦闘能力に対応する為に身体強化も同時にされていたらしい。軽い目眩と吐き気だけで、数時間もすれば収まった。
側で少量の毒を吸い込んだ兵を捕虜にしたところ、それから丸一日後に息を引き取った。それが、今のテオドールと同じ症状だったのだ。
少量なら、遅効性。大量なら即死。
希少な毒だからこそ、扱う人間も限られている。決して尻尾を掴ませない一流の武器商人だ。
武器商人に国境はない。リグリッドの毒がこのリュエールにあってもおかしくはない。同じ冷気の魔法石を使ったのは、武器商人が顧客にそう説明しているからだろう。
そこまでが涼佑の推理だった。
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