後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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侍女と涼佑と

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 涼佑りょうすけは、暖人はるとの部屋の隣にいた。本来涼佑用にと用意されていた部屋だ。
 室内に入ると、L字になったソファの片側に涼佑が。もう片側にはマリアとメアリが座っていた。

 マリアとメアリは、慌てて立ち上がる。無理を言って座って貰ったと涼佑は説明をするが、この屋敷の主であるウィリアムが咎める訳もない。
 元々ウィリアム自身が、使用人たちと好んでお茶や食事をする。外見はいかにも気位の高い貴族でも、身分を気にする性格ではないのだ。

 それを知っているマリアたちが慌てたのは、涼佑と仲良く話していたら暖人が気にするだろうと思っての事。
 マリアたちの視線から、暖人の方を気にしていると気付いた涼佑は、そっと目を細めた。

「はる、おかえり」
「っ、……ただいま、涼佑」

 笑顔で迎えられ、暖人はふわりと笑う。
 涼佑が、ここにいる。夢じゃなかった。
 もう何度目にもなる事を思い、そっとソファに腰を下ろした。涼佑の向かいの、一人掛けソファに。

「ハルト様?」
「え? ……あ」

 不思議そうな視線を向けられ、慌てて涼佑の隣に座り直す。それでも少し距離を取る暖人の側へ、涼佑の方が近付きそっと肩を抱いた。

「元の世界では、人のいる場所では隣に座る事があまり出来なかったので癖になってるんです。僕たちの雰囲気で、分かる人には分かってしまうみたいで」

 隣に座れたのは、図書室くらいだ。勉強を教えているふりで側にいられた。周りも皆、本に視線を落としていたから。
 今なら、少し過敏過ぎたと思える。だがあの頃は、誰にも知られてはいけないという強迫観念に囚われていた。

 高校を卒業して、部屋を借りる為の保証人になって貰うまでは。それまでは施設を追い出されないようにと、息を潜めて生きてきた。
 ……知られたところで、追い出すような大人はあの場所にはいなかったというのに。


 再会した日に、暖人が話してくれた。
 施設の人は、暖人をそっとしておいてくれた。それから、涼佑の分まで生きなさいと励ましてくれた。だがその優しさを、受け入れる事が出来なかったと。

 二人の貯金は、お世話になりましたと書いた手紙と一緒に、施設に置いてきた。今まで育ててくれた恩返しが少しでも出来ればと。
 死を選んだ事で、最後まで迷惑を掛けてしまった。暖人はそう言って泣いた。
 きっと暖人は、自分と出逢わなければあの場所で家族のように暮らせたのだろう。下の子たちと、兄弟のように。

 ……だがそれは、起こらなかった過去だ。
 そんな人生よりも、暖人を幸せに出来る。幸せにしてみせる。
 この世界に来た事も、離れ離れになったのも、その為だ。あの世界よりも、ずっと……。

「この世界では、暖人を幸せにしてあげられる。暖人の側にいられる。……夢みたいだよ」
「俺もだよ、涼佑」

 手を繋ぎ、笑い合う。
 暖人だけを見つめ、そっと目を細めた。

 待っている間に理解した。
 暖人が誰を好きでも関係ない。誰よりも暖人を幸せに出来るのは自分だ。誰よりも愛しているのは。
 だから、大丈夫。


「マリアさんとメアリさんが、この世界に来てからの暖人の事を色々教えてくれたよ」

 この世界での好きな食べ物、好きな花、好きな場所。

 あのパジャマはウィリアムの好みが反映されたものだったが、マリアも一枚噛んでいた。涼佑は、マリアが選んだものだと思い込む事にした。
 だが、年齢を知るまで暖人が着ていたという服を見せて貰ったところ、どれも拍手を贈りたいものばかりだった。

「王子様みたいな服を選ぶなんて、分かってるなと思ったよ。マリアさんとは本当に気が合うみたい」

 涼佑の言葉に、マリアは嬉しそうに笑う。

「メアリさんははるの好きなハーブティーを淹れてくれて。さすが公爵家の侍女さんだね。はるの好みを良く分析してるなって」

 甘さも香りも後味も、湯の温度さえも暖人の好みぴったりだった。
 メアリはスカートの裾を持ち、光栄です、と言ってぺこりとお辞儀をした。


(え、俺には子供扱いなのに、涼佑にはなんか……なんか……)

 普段マリアは息子のように、メアリは弟のように接してくる。一応侍女らしく礼を尽くしてくれても、基本は子供扱いだ。
 それなのに、涼佑にはウィリアム相手のように……。

(……今の涼佑、一歳年上だけど……でも、でも……)

 つい、拗ねた顔をして黙り込む。繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。

「ハルト様、お気を悪くされましたか?」

 暖人が不在の時に、涼佑と親しくしすぎてしまった。どうしよう、と眉を下げるマリアとメアリに、涼佑はにっこりと笑ってみせた。

「大丈夫です。暖人は、自分には子供扱いなのにと拗ねてるだけなので。ね、はる?」

 ……違う、と言いたい。
 でももう、拗ねてしまった。子供のように。

「……マリアさんもメアリさんも、涼佑は俺と同い年だって知ってるのに」

 子供のように拗ねた返しをしてしまい、ますます子供だと、唇を引き結び顔を俯けた。

「っ……ハルト様、かわいっ」
「メアリ」
「あっ」
「気持ちは分かるけれど、私たちは侍女よ。言葉には気を付けないと」
「そうよね、ごめんなさい……」

 パッと背を向けてこそこそと話し、くるりと暖人の方を振り返る。

「ハルト様はご年齢より大変お心が美しく、愛くるしくていらっしゃるので」
「華奢で儚げなお姿も、お守りしたい気持ちが先走ってしまうのです」

 にっこりと輝く笑顔で言う二人に、暖人はとうとう頬を膨らませた。

「もうっ、言葉遣い変えただけですよねっ?」
「あら、聞こえてました?」
「聞こえてましたよっ」
「失礼しました。ハルト様は本当に愛らしくていらっしゃるので」
「ハルト様を純粋無垢なままお育ていただいたリョウスケ様に、先程お礼を申し上げていたところでした」

 キラキラと輝く笑顔。まるで、初めてハイハイが出来た赤ん坊を見るような。

「~~っ、涼佑は俺の親じゃありませんっ、恋人です!」
「あらっ」
「まあ」
「そうですね、リョウスケ様は恋人でいらっしゃるのでしたね」
「ハルト様ももうそんなお年頃なのですね」

 もう、二人の子供扱いが止まらない。
 涼佑の前だというのに。……いや、涼佑の前だからだ。二人が褒めれば褒めるほど、涼佑が嬉しそうに頬を緩めるからだ。

 大好きなマリアとメアリが、大好きな涼佑と仲良くなってくれたのは嬉しい。
 三人ともが、暖人を本当に可愛いと思っていじってくるのだと分かってもいる。好きでいてくれるのは嬉しい。
 恋人だと、当然のように扱ってくれる事も嬉しいのだが……。


「あまりハルトを苛めないでくれ」
「ウィルさん……」

 隣に座ったウィリアムが、そっと暖人の肩を抱く。

「涙目になっているじゃないか。可愛くて困るよ」
「っ……」
「ハルトはもう、子供ではないからね」
「……ウィルさん」
「なんだい、ハルト?」
「……いえ、何でもないです。すみません、ありがとうございます」

 謝られ、不思議そうにしている。ウィリアムはただ助け船を出してくれただけだった。
 子供ではないの意味を、えっちな方向に勘違いしてしまって申し訳ない。頭を撫でられ、後ろめたさに呻いた。

「申し訳ありません。リョウスケ様が、ハルト様とご一緒にお屋敷で暮らしてくださると聞き、嬉しさのあまりつい……」
「はしゃぎすぎてしまいました。お恥ずかしいです」

 マリアとメアリとしても、最初は涼佑に、暖人を連れて行かないで欲しいとお願いに来たのだ。
 ウィリアムからは彼もこの屋敷で暮らすと聞いてはいたが、一時的な滞在だと思っていた。だから、ずっといて欲しいと土下座をしてでも頼み込もうと。

 だが、涼佑は笑顔で二人を迎え、一緒に暖人の話をしようと言ってソファに座らせた。
 探られているのかと警戒していた二人も、涼佑はただ暖人の成長記録を聞きたいだけなのだと気付いた。不在の父が息子の成長を聞きたがるのと同じように。
 暖人の恋人であり、親友であり、兄で父。それが二人の、涼佑に対する総合評価だ。

 これから暖人と一緒にお世話になりますとも言われ、もう、嬉しくてたまらなくなってしまった。

「ハルト様が仰られていたように、お優しくて物腰の柔らかな、素敵なお方ですね」

 涼佑を褒められ、暖人は嬉しそうに笑う。
 ウィリアムとオスカーだけが、何とも言えない顔をしていた。



 陽は傾き、鮮やかな紅い光が室内を染める。
 大好きな人たちに囲まれ、心から幸せを感じていた、その時。

「ハルト君!」

 ノックもなく、勢い良く扉が開いた。

「ラスさん?」

 彼にしては珍しく、笑顔もない。
 真っ直ぐに暖人の元へと歩み寄り、突然手を取り立ち上がらせた。

「ハルト君、今すぐ王宮に来てくださいっ。陛下がっ」
「っ……、分かりました」

 ラスがこれほど焦り、暖人を呼びに来たという事は、浄化の力が必要な何かが起こったということ。 

「涼佑、ごめん。後で説明するね」
「はる……」
「……一緒に、来てくれる?」

 眉を下げる暖人に、涼佑は頷く。元より、暖人と離れるつもりはない。

「ラス。リョウスケを一緒に乗せてあげてくれ。ハルトは俺が」
「っ……すいません、団長」

 ハッとして暖人から手を離す。
 マリアは外の護衛に馬の準備をと伝え、メアリはクローゼットからローブを取り、暖人に着せた。

 足早に玄関へと向かうと、既に馬の準備は出来ていた。

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