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二人きりで話を:オスカー

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「居たたまれない……」
「アイツが進んで持ち帰ったならいいだろ」
「良くないです……王子様みたいなウィルさんに汚れた下着を持たせるという罪悪感……」
「俺ならいいのか?」
「……罪悪感はないですけど嫌です」
「どういう事だ」
「あ、いえ、普通に申し訳ないので」

 そう言ってオスカーを見る。改めて見ればやはり、一般的には強面だろう端正な顔の貫禄イケメンだ。

「オスカーさんが他人の汚れた下着を持ってる姿は想像出来ないです」
「替えの下着は持ってきたけどな」
「そうでした。ありがとうございました。外でというのがあれでしたが、助かりました」

 ぺこりと頭を下げる暖人はるとに、突然素直になるんだよな、とくすりと笑い暖人の頭を撫でる。

「でももう一枚の方は持って帰ります」
「出来るものならな?」
「ちょっ……」

 座ったまま背後から抱き締められ、体格の良いオスカーにすっぽりと包まれる形になる。長く逞しい腕は、片手でも軽々と暖人の動きを封じてしまった。

「オスカーさんっ、離してくださ、っ……う? ……そっち、れふふぁ……」

 何をされるかと思えば、頬を撫でた手は、むにむにと頬を揉む動きに変わった。口元まで揉まれて語尾がおかしくなる。

「期待を裏切って悪いが、さすがに外で襲うような真似はしないぞ」
「してないれふ、……」

 口を開いたところを見計らって、口元を揉まれている。鳥のくちばしのようにパクパクしてしまった。

(オスカーさん、これ好きなんだな)

 暖人の予想通り、上手く喋れないところが可愛い、とオスカーは思っている。それが自分の手で、と思うとますます楽しくて、片手で口元を揉みながらもう片手は頬をつついたり軽く摘んだりし始めた。


 ふと口元から手が離れ、両手で頬をもちもちと揉み始めたタイミングで暖人は口を開く。

「オスカーさん、揉みすぎれしゅ、……ぅ」

 またこのタイミングで口を揉む。
 今のは赤ん坊みたいで恥ずかしかった。暖人は顔を赤くしてオスカーの腕を掴んだ。

「時間がないからな。出来るだけ触れておきたい」

 それで触るのがそこかと言いたい。時間がなくてもこれだけ揉まれ続けたら、頬の形が変わってしまいそうだ。

 だが、これがオスカーのしたい事ならと諦めて、背後に全体重を預ける。ウィリアムの時とは随分違う時間の使い方だが、オスカーが満足ならそれが一番だ。
 暖人としてもオスカーに触れられるのは好きなのだから、頬の形くらいは譲歩しよう。


「リョウスケは、お前が火傷をしなかったか心配していた。時間に関しては露骨に嫌な顔はされたが、特に急かされはしなかったな」

 揉んでいた手が撫でる動きに変わり、もう片手は腰に回りぬいぐるみのように抱き締められる。

「お前の侍女たちと楽しげに話し込んでいたが、気を遣ってくれていたのかもしれない」

 涼佑りょうすけ用にと用意された部屋で、共に焼き菓子と紅茶を飲みながら話をしていた。ウィリアムの屋敷の者は皆、オスカーにも好意的だ。きっと時間いっぱい二人で過ごせるよう配慮してくれたのだろう。
 それに、暖人がずっと想い続けてきた涼佑がどのような人物か知る為と、独りになった彼が寂しい思いをしないようにという気遣い。

 それを聞いた暖人は嬉しそうに頬を緩めた。マリアとメアリの優しさに。涼佑と二人が仲良くなってくれた事に。
 以前なら、涼佑と誰かが話をしただけでも嫉妬していただろう。だが今は、大好きな二人が、大好きな涼佑と親しくしている事が嬉しいと思う。

 背後からでも嬉しそうな様子が伝わり、オスカーはそっと目を細めた。
 だがそこで突然、暖人が振り返る。


「なんだか、オスカーさん、普通ですね」
「普通?」
「普段通りの会話というか……、時間が決まってるので、違う感じかと思っていたのですが」
「……そうだな。今まで二人きりになるという事が少なかったからな。時間が足りないとは思っても、普段よりは多いだろ」
「そういえば二人きりってそんなに、……」

 そこで暖人は気付いた。
 この屋敷にオスカーが訪ねてきた時は大体ウィリアムが一緒にいて、オスカーの屋敷に最初に泊まった時はまだ恋人関係ではなかった。旅を終えてから泊まった時は、独りで部屋に籠もらせて貰って。

(……もしかして俺、オスカーさんに恋人らしいこと全然出来てないんじゃ……)

 意外と話が合うせいか、恋人というより友人のような気軽さがある。抱き合っても普通の男友達のように話をしてしまう事が多い気がした。
 もっと恋人らしく、甘えたりした方が喜んでくれるかもしれない。もっと甘えた方が……。

「ん? どうした?」
「……恋人らしく、甘えてます」

 オスカーの腕にすりすりと頬を擦り寄せ、胸元にも後頭部をぐりぐりと押し付ける。
 その動きに、オスカーはつい小さく声を立て笑った。

「そうか、甘えてるのか」
「どうして笑うんですかっ」
「いや、可愛いなお前は」
「かわっ……急にデレないでくださいっ」

 恥ずかしくなりオスカーから離れようとするが、がっちりと抱き込まれ身動きが取れない。立てた両膝でもホールドされ、完全に動きを封じられてしまった。

 暖人のあれはまるで、動物が自分の匂いを付け縄張りを主張するような動きだった。

「俺はお前のものだという主張か?」
「そんなことっ、……ないとは、言わないですけど……。オスカーさんは、俺の恋人ですし……」
「……そうか。恋人、だな」

 もごもごと紡ぎ頬を赤くする暖人を、ぎゅうっと抱き締めた。


「ハルト。お前は俺が好きか?」
「はい。す……好き、です」
「そうか。俺もお前が好きだ」

 突然様子が変わったオスカーに、暖人はそちらを振り返ろうとする。だがぴったりと密着して、少しも身動きが取れなかった。

「……無様な姿を見せてしまったな。あまりに弱くて幻滅しただろ」
「え? ……あ、決闘の。そんなことないです。オスカーさんが強いことは、死者たちの時で知ってますよ」
「そう思ってくれるか?」
「もちろんです。俺を抱えながら応戦なんて頼もしくてたまらなかったですし、大勢の死者たちを一人でなんて、本当に……」

 ぶるっと震え、オスカーの腕をぎゅっと握る。

「思い出させたな。すまない」
「いえ、すみません、オスカーさんのせいじゃないです。今ならオスカーさんの強さなら大丈夫だったと分かりますし、ただ……」
「ただ?」
「俺が、情けないだけで……。死者は……ホラーだけは、本当に駄目で……。……もう少しぎゅっとしてください」

 オスカーの片手を掴み撫でるように頭に乗せ、腕の中に隠れるようにもぞもぞと動く。
 ぷるぷると震える暖人に、オスカーはたまらずに髪にキスを落とし、これでもかと頭を撫でた。今の甘え方はあまりに可愛かった。

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