126 / 168
決闘
しおりを挟む翌日。
決闘は、郊外の丘の上で行われる事になった。
今はもう使われていない、過去の闘技場。イタリアのコロッセオのような作りで、涼佑は「海外旅行気分が味わえるね」と穏やかに笑っていたのだが。
「……誰」
今その彼は、闘技場の中心に立ち、模擬刀を片手に薄く笑みを浮かべていた。目つきも変わり、暖人でさえあれは誰だと思ってしまう程に。
本気の殺し合いの気配。本人たちは真剣を用いての決闘を望んだが、絶対に駄目だと暖人が懇願した。
その為ウィリアムたちは、模擬刀の中でも金属で出来た、刃のない物を選んだ。彼らが本気で打ち合えば、木製の物では一撃で折れてしまうからだ。
(最初から普通にお願いすれば良かった……)
慣れない甘え方をせず、お願い……というより交渉をすれば、今のように模擬刀くらいにはしてくれたのに。
闘技場の中央。ウィリアムとオスカーは、騎士団服に、鎧ではなく軽量の胸当てだけを付けていた。
暖人としては頭も守って欲しい。腕も。脚も。いっそ中世の騎士のような全身鎧を着て欲しい。
涼佑も同じようなもので、戦う涼佑を知らない暖人は更にハラハラしてしまう。やけにゾクリとする気配を纏ってはいても、涼佑は涼佑だ。どうしても心配してしまうのだ。
「団長の無様な姿が見られると聞いて」
「え? あの……?」
(こっちも誰……)
観戦席の最前列に立つ暖人の隣に、いつの間にか一人の男性が立っていた。
夏の葉のように濃い緑の髪に、南国の海のように透明感のあるエメラルドグリーンの瞳。長い睫毛に、人形のような整った顔立ち。笑顔はなく凛とした雰囲気の男性だ。
腰まであるサラサラの髪を後ろで一つに束ね、銀フレームの眼鏡をしていた。
(知的眼鏡キャラだ……)
絵に描いたような彼を、ついまじまじと見つめてしまう。
そんな視線にも表情も変えず、彼は胸元に手を当て恭しく一礼した。
「申し遅れました。私、青の騎士団、副団長のメルヴィルと申します」
「副団長さん……? あっ、初めまして、暖人です」
「ああ、貴殿がハルト殿でしたか」
「涼佑の事で、皆様に大変なご迷惑をおかけしまして……」
「いえ、仕事ですのでお気になさらず」
スパッと言い切られ、暖人は目を瞬かせる。
見た目通りの事務的な対応。仕事の出来る男、格好良い、とついジッと見つめてしまった。それにここまできっぱりと仕事だと言われると、申し訳なさも薄れてしまう。
それでも、ありがとうございますと伝えると、今度はメルヴィルの方が暖人をジッと見つめた。
「あの……?」
「ああ、失礼しました。リョウスケ殿は、リグリッドの内戦を収めた救世主だと伺いました。お強いのですか?」
「……すみません、俺、戦う時の涼佑を見たことがなくて」
「そうでしたか。彼のあの殺気はただ者ではないようですね」
暖人の答えに特に気にもせず、涼佑を見据える。
そして突然、表情を崩し口の端を上げた。
「……ふ、あの不遜で自信過剰な団長が膝を付く様が見られるかと思うと、胸が躍りますね……!」
「えっ、あの?」
ふふ、ははっ、と突然笑い出すメルヴィルに、暖人はオロオロしてしまう。こういうキャラだったのかと思うと同時に、オスカーと仲が悪いのだろうかと心配して。
そこで、護衛として隣にいるラスが口を開いた。
「ハルト君。メルヴィルの愛情表現は少し変わってるんですよ」
「愛情、ですか?」
「ラス、貴様また性懲りもなく」
「強くて堂々としてるオスカー団長を尊敬してるんだよな」
「していない」
「好きすぎて憎い、ってやつだろ?」
「そうではないと言ってるだろっ」
キッと睨む。人形のようだと思っていた顔は、思いの外表情豊かだった。
「こんな感じで悪い奴じゃないんで、仲良くしてやってくださいね」
「はい」
暖人は安堵したように笑う。オスカーと仲が悪い訳ではなさそうだ。ツンデレかな、と妙な愛しさが込み上げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、穏やかな笑顔を向けた。
メルヴィルも一礼を返したものの、突然深く溜め息をつく。
「はあ……。貴殿のような優しげな方が、あの団長と恋仲とは……」
「すみません……」
「何故謝るのです? 団長に対して後ろめたい事でもあるのですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「ならば堂々としていなさい。謝罪は咎のある人間のする事です」
「っ……」
背筋を伸ばしなさい、と背を叩かれ、暖人はピシッと姿勢を正した。かっこいい、とキラキラした瞳で見つめながら。
「格好良いですよね?」
「はいっ」
ラスの言葉に、満面の笑顔で頷く。
そんな暖人を見つめ、ラスはそっと目を細めた。
「やっぱりハルト君は、笑ってる時が一番可愛いですね」
「またラスさんは……」
「本当の事ですよ?」
「近いです」
あまりにも近くで見つめてくるラスを、グイグイと押し返す。それでも暖人の顔を覗き込み、にこにこと見つめ続けた。
「貴様、相変わらず命知らずだな」
「俺はハルト君に手を出したりしないからセーフだよ。ですよね、ハルト君?」
「それは……、確かにそうなんですが……」
「ハルト殿。思うところがあるならはっきりと言いなさい。私が処分を下してやります」
「えっ、いえ、すみませんそうじゃなくて、その……ウィルさんに飛び火してそうな気が」
視線を向けた先で、涼佑がこちらを見つめていた。とても、とても良い笑顔で。
「あの無駄に背の高い方はどちらの仲間ですか?」
「うちの副団長だ。……すまない」
「ああ、あなたも苦労している側でしたか」
それなら仕方ない。とでも言うと思ったか。
「僕たちの国には、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという言葉がありまして」
涼佑の表情で、大体のニュアンスは伝わった。坊主が何かは知らないが、坊主がラスで、袈裟が自分だろう。ウィリアムは肩を竦めた。
お前たちのいた国は本当に平和だったのか? とオスカーは内心で呟く。もう何度目だ。
「一応訂正しておくが、彼にはハルトの護衛を頼んでいたんだ。お互いに兄弟のように思っているようだから、穏便に済ませてやってくれ」
「部下を庇うなんて、余裕があるんですね?」
「庇っている訳ではないよ。部下の躾は、俺の役目だからね」
そう言って、まだ暖人に近い距離にいるラスに視線を向ける。この機会に一度、距離感というものを分からせてやった方が良いかもしれない。
底冷えする笑みを浮かべる二人を、似た者同士だとオスカーは見つめた。ラスを懲らしめる時は、自分は高みの見物を決めようと思いながら。
77
お気に入りに追加
1,800
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる