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決闘
しおりを挟む翌日。
決闘は、郊外の丘の上で行われる事になった。
今はもう使われていない、過去の闘技場。イタリアのコロッセオのような作りで、涼佑は「海外旅行気分が味わえるね」と穏やかに笑っていたのだが。
「……誰」
今その彼は、闘技場の中心に立ち、模擬刀を片手に薄く笑みを浮かべていた。目つきも変わり、暖人でさえあれは誰だと思ってしまう程に。
本気の殺し合いの気配。本人たちは真剣を用いての決闘を望んだが、絶対に駄目だと暖人が懇願した。
その為ウィリアムたちは、模擬刀の中でも金属で出来た、刃のない物を選んだ。彼らが本気で打ち合えば、木製の物では一撃で折れてしまうからだ。
(最初から普通にお願いすれば良かった……)
慣れない甘え方をせず、お願い……というより交渉をすれば、今のように模擬刀くらいにはしてくれたのに。
闘技場の中央。ウィリアムとオスカーは、騎士団服に、鎧ではなく軽量の胸当てだけを付けていた。
暖人としては頭も守って欲しい。腕も。脚も。いっそ中世の騎士のような全身鎧を着て欲しい。
涼佑も同じようなもので、戦う涼佑を知らない暖人は更にハラハラしてしまう。やけにゾクリとする気配を纏ってはいても、涼佑は涼佑だ。どうしても心配してしまうのだ。
「団長の無様な姿が見られると聞いて」
「え? あの……?」
(こっちも誰……)
観戦席の最前列に立つ暖人の隣に、いつの間にか一人の男性が立っていた。
夏の葉のように濃い緑の髪に、南国の海のように透明感のあるエメラルドグリーンの瞳。長い睫毛に、人形のような整った顔立ち。笑顔はなく凛とした雰囲気の男性だ。
腰まであるサラサラの髪を後ろで一つに束ね、銀フレームの眼鏡をしていた。
(知的眼鏡キャラだ……)
絵に描いたような彼を、ついまじまじと見つめてしまう。
そんな視線にも表情も変えず、彼は胸元に手を当て恭しく一礼した。
「申し遅れました。私、青の騎士団、副団長のメルヴィルと申します」
「副団長さん……? あっ、初めまして、暖人です」
「ああ、貴殿がハルト殿でしたか」
「涼佑の事で、皆様に大変なご迷惑をおかけしまして……」
「いえ、仕事ですのでお気になさらず」
スパッと言い切られ、暖人は目を瞬かせる。
見た目通りの事務的な対応。仕事の出来る男、格好良い、とついジッと見つめてしまった。それにここまできっぱりと仕事だと言われると、申し訳なさも薄れてしまう。
それでも、ありがとうございますと伝えると、今度はメルヴィルの方が暖人をジッと見つめた。
「あの……?」
「ああ、失礼しました。リョウスケ殿は、リグリッドの内戦を収めた救世主だと伺いました。お強いのですか?」
「……すみません、俺、戦う時の涼佑を見たことがなくて」
「そうでしたか。彼のあの殺気はただ者ではないようですね」
暖人の答えに特に気にもせず、涼佑を見据える。
そして突然、表情を崩し口の端を上げた。
「……ふ、あの不遜で自信過剰な団長が膝を付く様が見られるかと思うと、胸が躍りますね……!」
「えっ、あの?」
ふふ、ははっ、と突然笑い出すメルヴィルに、暖人はオロオロしてしまう。こういうキャラだったのかと思うと同時に、オスカーと仲が悪いのだろうかと心配して。
そこで、護衛として隣にいるラスが口を開いた。
「ハルト君。メルヴィルの愛情表現は少し変わってるんですよ」
「愛情、ですか?」
「ラス、貴様また性懲りもなく」
「強くて堂々としてるオスカー団長を尊敬してるんだよな」
「していない」
「好きすぎて憎い、ってやつだろ?」
「そうではないと言ってるだろっ」
キッと睨む。人形のようだと思っていた顔は、思いの外表情豊かだった。
「こんな感じで悪い奴じゃないんで、仲良くしてやってくださいね」
「はい」
暖人は安堵したように笑う。オスカーと仲が悪い訳ではなさそうだ。ツンデレかな、と妙な愛しさが込み上げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、穏やかな笑顔を向けた。
メルヴィルも一礼を返したものの、突然深く溜め息をつく。
「はあ……。貴殿のような優しげな方が、あの団長と恋仲とは……」
「すみません……」
「何故謝るのです? 団長に対して後ろめたい事でもあるのですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「ならば堂々としていなさい。謝罪は咎のある人間のする事です」
「っ……」
背筋を伸ばしなさい、と背を叩かれ、暖人はピシッと姿勢を正した。かっこいい、とキラキラした瞳で見つめながら。
「格好良いですよね?」
「はいっ」
ラスの言葉に、満面の笑顔で頷く。
そんな暖人を見つめ、ラスはそっと目を細めた。
「やっぱりハルト君は、笑ってる時が一番可愛いですね」
「またラスさんは……」
「本当の事ですよ?」
「近いです」
あまりにも近くで見つめてくるラスを、グイグイと押し返す。それでも暖人の顔を覗き込み、にこにこと見つめ続けた。
「貴様、相変わらず命知らずだな」
「俺はハルト君に手を出したりしないからセーフだよ。ですよね、ハルト君?」
「それは……、確かにそうなんですが……」
「ハルト殿。思うところがあるならはっきりと言いなさい。私が処分を下してやります」
「えっ、いえ、すみませんそうじゃなくて、その……ウィルさんに飛び火してそうな気が」
視線を向けた先で、涼佑がこちらを見つめていた。とても、とても良い笑顔で。
「あの無駄に背の高い方はどちらの仲間ですか?」
「うちの副団長だ。……すまない」
「ああ、あなたも苦労している側でしたか」
それなら仕方ない。とでも言うと思ったか。
「僕たちの国には、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという言葉がありまして」
涼佑の表情で、大体のニュアンスは伝わった。坊主が何かは知らないが、坊主がラスで、袈裟が自分だろう。ウィリアムは肩を竦めた。
お前たちのいた国は本当に平和だったのか? とオスカーは内心で呟く。もう何度目だ。
「一応訂正しておくが、彼にはハルトの護衛を頼んでいたんだ。お互いに兄弟のように思っているようだから、穏便に済ませてやってくれ」
「部下を庇うなんて、余裕があるんですね?」
「庇っている訳ではないよ。部下の躾は、俺の役目だからね」
そう言って、まだ暖人に近い距離にいるラスに視線を向ける。この機会に一度、距離感というものを分からせてやった方が良いかもしれない。
底冷えする笑みを浮かべる二人を、似た者同士だとオスカーは見つめた。ラスを懲らしめる時は、自分は高みの見物を決めようと思いながら。
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