後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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ヒロインじゃない

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「言っておきますが、暖人はるとがお二人を好きな事も、お二人が暖人を好きな事も許します。ですが、暖人に手を出す事は許しません」
「手を出すとは、抱くという意味で良いのかな?」
「はい」
「そうか、困ったな。俺もハルトの恋人として、満足させてあげたいからね」

 今まで大人しくしていたウィリアムが、本気を出した。暖人が屋敷に留まると決まり、一安心したからだ。
 ひんやりとした笑みに、涼佑りょうすけは一瞬息を詰める。冷たく、纏わり付くような嫌な敵意だ。

「なるほど、これが赤の騎士団長ですか」

 敵意を感覚的に感じる能力を逆手に取り、この敵意を向けてきた。
 まるで薄着のまま雪道に放り出され、芯から凍えるような感覚。一思いに殺しはしない、そういう事だ。

「俺の気持ちは分かって貰えたかい?」

 ふ、と敵意が止む。
 これなら刃物を振りかざすような分かりやすい敵意を向ける青の騎士団長の方がましだ、と溜め息をついた。

「異論があるなら認めますよ。決闘で僕に勝てたら、ですけど?」
「涼佑、決闘って……」
「ヒロインを取り合うのに決闘は定番でしょ?」
「俺はヒロインじゃないよ?」
「はる、決闘は避けられないんだ。僕はラスボス的な立ち位置だと思うから」
「ラスボス……。かっこいい……」
「ありがとう。でも彼らに倒される気はないけどね」

 涼佑が挑発的に笑う。二人も受けて立ってしまった。

(どうしよう……俺にそんな、取り合うほどの価値は……)

 睨み合う三人をそっと窺う。

(価値ないって言っても、まだ愛が足りなかったかな? とか言われそう……)

 ウィリアムを筆頭に、経験済みだ。
 ラスボスとの決闘は避けられない設定だとしても、三人に争って欲しくない。傷ついて欲しくない。
 それに、きっと彼らが戦ったら大変な事になってしまう。実際に見た事がなくても分かる。一人でもとんでもない戦力なのだから。


「あのね、涼佑……」
「どうしたの?」

 涼佑の服をツンツンと引っ張り、上目遣いで見つめる。
 もう形振り構ってはいられない。暖人は覚悟を決めた。

「えっと、ね……」
「うん?」
「俺、ね、……涼佑、と」
「うん」
「涼佑、と……ベッドで、ぎゅーってしたくなっちゃった……」

 もじもじしながら頬を染め、そっと耳元へ囁いた。
 頬が赤いのは柄にもない事をして恥ずかしいから。これは誰だと顔から火が出そうになりながら、渾身の甘えっぷりを見せた。

「うん、いいよ」

 涼佑はすぐにふわりと微笑む。
 良かった、これで話は終わり。決闘は一旦なかった事に……。

「え……?」

 くるりと反転させられ、背後から抱き抱えられる体勢。そのまま服の上から、涼佑の手が体中を撫で始めた。

「はるってば、二人に見られながらしたいなんて大胆だね」
「えっ、ちがっ、違うっ」
「今すぐえっちな事したくなっちゃったんでしょ?」
「そんなこと言ってないっ」
「あんな可愛いおねだりして、はるはえっちだなぁ」
「ちがっ、ひゃっ……そこだめっ、触っちゃだめっ」

 胸を撫でられ、慌てて身を捩る。そこを触られると下まで勃ってしまう。

 ただ、一度立って場所を変えれば冷静になるかと思っただけ。添い寝すれば落ち着くかと思っただけ。
 甘えながらお願いすればきっと、と。

(そんなわけないよね……!)

 暖人も気付いた。
 ベッドに誘うのはそういう事だ。自分も甘えた顔でベッドにと言われたら期待する。分かる。同じ男だから。

(散歩に誘えば良かった!)

 気付いても後の祭りだ。

「涼佑っ、話をっ……ッ」

 ぎゅっと胸の尖りを強く摘まれビクリと跳ねたところで、オスカーの手が涼佑の腕を掴んだ。

「こいつに当たるな」
「……当たってませんけど」
「泣かせるな。他でもない、お前が」

 怒りではなく、静かに咎めるような声だった。

「あのっ、オスカーさん、涼佑はっ」
「はる。……ごめん、はる」
「涼佑……」

 暖人の言葉を遮り、背後からぎゅうっと抱き締める。
 他でもない、自分が、暖人を泣かせてしまった。こんなに大切で、守りたいと思うのに。
 いや、大切だからこそ……。

「ごめん、やっぱり駄目みたい。まだ怒ってる」
「っ……」
「この二人にね。どうしようもないクズなら良かったのに」

 それなら殴り飛ばして、消してしまえた。暖人はまた自分だけのものだった。
 それなのに、暖人を心から愛して大切にする男たちだから、暖人が好きになった人たちだから、それが出来ない。

「はるは決闘やめて欲しかっただけなのに、ごめんね」
「涼佑……」
「ごめん。この二人、徹底的に叩きのめさないと気がすまない」
「涼佑っ?」

 慌てた声を出しても、背後にいる涼佑の顔は見えない。声は、怒っている。とても。

「怒ってないよ? 嫉妬してるだけ」
「えっ、でも……」
「そうだな。俺もお前を徹底的に負かさないと気が済まない」
「気は進まないけれど、俺もだよ」

 どの口が、とオスカーの視線が刺さる。赤の扱い、とウィリアムは肩を竦めた。


(オスカーさんが心配してくれたのは嬉しかったけど……)

 言えない雰囲気に口を噤んだまま、視線を伏せる。
 実は、あのくらいの意地悪は、旅行先で二人きりで部屋にいる時にはいつもの事だった。
 涙を浮かべてしまったのは、恥ずかしい時や気持ちよくなると勝手に出てしまうだけ。

 涼佑はいつも優しくて、いつも守ってくれて、宝物のように大切にしてくれた。ただ、旅行先の部屋では少し意地悪だっただけだ。

(そのぶん甘やかし方がすごくて、いじわるされたって気付いてなかったんだけど……)

 涼佑がしてくれる事は全部嬉しかったから。……それこそ涼佑が言うように、無意識にそれを望んでいたのかもしれない。こんな涼佑を見られるのは自分だけだという優越感で。


 元のように隣同士に座らされる。ウィリアムたちを挑戦的に見つめる涼佑の横顔に、そっと口元を緩めた。

(それに、俺には分かるよ……。涼佑、本当は、すごくはしゃいでる……)

 二人の前であんな事をしたのも、すぐ二人きりになりたいと言わずにウィリアムたちとこうして話しているのも、嬉しくて気分が昂揚しているからだ。

 今まで人前で手を繋ぐ事も出来なかった。
 好きな気持ちもいけない事だった。誰にも知られてはいけなかった。

 それが、この世界では、当然のように許される。
 恋人同士なのだと、暖人は自分のものだと、誰かに自慢出来る事が夢のようで……。

「涼佑」
「うん、どうしたの?」
「俺も嬉しいけど、やっぱり人前はまだ恥ずかしいよ」
「……そうだね。ごめん、まだ僕らには早かったね」

 全てを言葉にしなくても、涼佑には分かる。髪を撫でると、今はここまで、と暖人はくすりと笑った。
 その姿をただ見つめるウィリアムたちに、涼佑は視線を向ける。

「誤解させてすみませんでした。あなたたちの前ではるをいじめてしまったのは、嫉妬もありますけど、本当は嬉しかったからです」
「嬉しかった?」
「はい。元の世界では、こうして人前で寄り添う事も、手を繋ぐ事も許されませんでしたから。……この世界は夢のようで、浮かれてるんです」

 暖人を見つめ、そっと頬を撫でる。
 もう少し暖人がこの世界に慣れたら、街の中心で暖人が好きだと大声で叫びたい。プロポーズもしてみたい。そんな事をしても、この世界では暖人に悲しい思いをさせる事はないのだ。


「なのでこれからも、あなた方の前で暖人は僕の恋人だと遠慮なく自慢させて貰いますし、決闘も本気でいかせて貰います」
「えっ、涼佑っ」
「ごめんね、はる。避けられない戦いなんだ」

 涼佑は、本気で望めばなんだってきいてくれた。何でもしてくれた。
 その涼佑が、いくら頼んでも決闘をやめると言ってくれない。涼佑がやりたい事を我慢しないでくれるのは、とても嬉しい事だが……。

 これは、止めようとしてももう無理だ。
 ウィリアムとオスカーを見れば、悲しげな表情を一変させて騎士の顔つきになっている。


 こうして、三者一致で決闘する事が決まってしまったのだった。

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