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皇子とのあれ
しおりを挟む「……でも、ハルトちゃんだけ責められんのも違うんだよな」
キースはぽつりと呟いた。
「リョウ。お前も話しておくことあんだろ?」
「何を?」
「皇子との、あれだ」
「あれ? あれ…………あー……、あれか……?」
「そうそれ」
「あれは違う」
「でも全く何もなかった訳じゃねぇじゃん?」
皇子とは恋仲ではないが、全くもって一切綺麗に何もなかった訳ではない。
「あれは、それに皇子が」
「この人らに言ったところで皇子は気にしねぇだろうよ」
「そうかな……」
「そうだって。俺はやっぱリョウ側だからな。後々誤解されて責められんのは嫌なわけよ」
「突然どうした?」
「ま、たまにはな。リョウがどんだけ苦しんでたかずっと見てきた身としては、やっぱ幸せになって欲しいんだよ」
「…………そうか。ありがとう」
「うっわ……え、どうした?」
「たまにはね」
そっと目を細め、ほんの少し柔らかな笑みを見せる。
そんな涼佑の顔を見るのは初めてで、何となく居心地が悪くてキースは頬を掻き視線を反らした。
しかし、皇子。
確かにこの場の皆は口外しそうにないし、あの皇子なら逆に話のネタにしそうだ。だがそれを他人の口から話すのも如何なものか。
涼佑は唸るが、結局心の中で皇子に謝罪して口を開いた。
「皇子の名誉と威厳のために、本当にここだけの話にしていただきたいのですが」
皆、神妙な顔で頷いた。
「皇子には好きな人がいまして、寝起きの皇子にその人と間違われて……。あ、仮眠するから時間になったら起こしてくれと言われたんです。それで起こしに行ったら、完全に夢だと思ってて」
そこで一度小さく息を吐く。そして。
「寝ぼけた皇子に押し倒されて、襲われかけました」
「襲……あの第三皇子が、か?」
「はい。投げ飛ばすわけにもいかないですし、彼も護身術を習ってて意外と身動き取れなくて」
ウィリアムたちも知るように、身長も体格も涼佑より華奢だが、関節技を決められてなかなか起き上がれなかった。
弱く見えるからこそ護身術は念入りに教え込まれたのだろう。
「とはいえ、詳しくは知らなかったようで、キスされたり体を触られたり擦り付けてくるくらいでしたけど」
「あの皇子が……」
「はい。ただ、……皇子は処理が必要な状態になってしまったんですが、自己処理の仕方も知らないと言うので教えただけです。他に皇子にそんな事教えられる人いませんでしたし」
「それが実践で、擦り合いだったんだよな」
「……徹夜明けで思考が回らなかったし、僕も溜まってたんだよ。でもお互いに好きな相手の名前を呼びながらっていう、虚しい慰め合いだったから」
苦々しく吐き出した。
「……それと、皇帝派と応戦した後で気が昂ってたのか、その時にも」
「ああ、それは俺も経験があるよ。殺意と性欲は似たところがあるね。同じ生存本能だからだろうか?」
さも日常会話のように突っ込んできたが、ウィリアムはなかなか物騒な事を言った。
オスカーとキースはつい、性欲が殺意に擦り変わらないようにと祈ってしまう。
「生存本能って言われてすごく納得したけど、でもはる以外に触った事は本当だから。……はる、ごめん」
仕方がなかったとはいえ、嫌々ではなく、何とかしてあげたくて自分から触った。
恋愛感情はなくとも、肌に触れる事に抵抗も嫌悪感も抱かなかった。
今思えば、キースの言うように全く何もなかったわけではない。
「涼佑、ごめんなさいっ」
「はる?」
「ごめんなさい、俺……」
「どうしてはるが謝るの?」
「俺……あの……ウィルさんたちに、口でしちゃって……」
涼佑は触り合いだったのに、と俯く。
気にするところはそこじゃない、とその場の皆が思う。ただ涼佑だけは困ったように眉を下げた。
「はる。何でも口に入れたら駄目だって言ったでしょ?」
赤ん坊かな? また暖人と涼佑以外の皆が思う。
「だって、俺も男だからつらいのは分かるし……」
「そうだけど、そうじゃなくてね……」
手でも良かったんじゃないかな、とその当時の当事者たちと同じ事を思った。
「ごめん……俺が言えることじゃないのは分かってるけど、嫉妬したし、俺の涼佑なのにって思ったよ。でも……涼佑にそんな人が出来たのが嬉しい気持ちもあるし……」
もごもごと言いながら、涼佑の手をぎゅっと握る。
誰かを親しく想う気持ちを知ったから、涼佑が同じ暖かさに触れた事を嬉しいと思う。涼佑が大切に想われている事が、嬉しい。
嬉しい、けれど……。
うーうー唸る暖人に、涼佑はふっと表情を緩めた。
「皇子とは戦友で、兄弟がいたらこんな感じかなと思う時もあるよ。キースとは見ての通りの悪友で、僕を鍛えてくれた将軍は、悪ノリが酷いけど信じられる人だよ」
他にも側近数人は、やたらと親しく接してくる。その時は暖人の事ばかり考えていて、面倒だと思う事も多かった。
だが今こうして暖人に会えた事で、冷静に考える事が出来た。
「……そうだね。彼らは僕の、捨てられないものだよ」
皇子とエヴァンには、面と向かっては言えないけれど。
暖人を抱き締め、背を撫でる。
「素直に嫉妬してくれていいよ。僕も同じ気持ちなんだから」
「うん……」
涼佑の大切な人。
暖人の大切な人。
お互いにまだ完全には受け入れきれない。これから先も出来ないかもしれない。
それは、お互いに同じで。同じ気持ちを抱いている事が、嬉しかった。
「丸く収まった……か?」
「ブライス、いや、キースか。お前、ただのいい奴だったんだな」
「まさか青の団長さんに褒められるとは思いませんでした」
「オスカーもいい奴だからね」
「お前程じゃないがな」
褒め合ってから、急に恥ずかしくなり互いに視線を反らす。
「あれ? もしかして、お二人もそういう関係で」
「「違う」」
真顔で否定する二人に、そうですか、と笑いながらそっと後ろに下がった。一瞬逆鱗に触れたかと思った。
涼佑を見ると、どこかすっきりした顔をしている。
柄にもないお節介をしてしまったが、やはり話して良かったのだと、キースはそっと目を細めた。
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