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皇子を好きだと言ったら
しおりを挟むそこで、今まで息を潜め気配を消していたキースが、ウィリアムとオスカーの後ろから囁く。
「団長さんたち。リョウはずっと手を貸すのを断ってたのに、ハルト君がこの国に来て危険な目に遭うかもって言った途端に加わってくれたんですよ。国と世界を平和にしておくって。まさにハルト君はリョウの全てで」
「国を救ったのも、ハルトの為だと?」
さすがに唖然とした。
「はい、きっかけは。それなのにリョウがお二人を容認するとか、俺にとっては天地がひっくり返るほど驚きましたよ。大事にしまっておいた命より大事な宝物に触れる事を許したんですよ? つまり、リョウは相当お二人を信用しているということです」
「キース。余計な事を言ってるね?」
「まさか。ハルトちゃんの為になる事しか言ってねぇ」
「……今、暖人の事を、なんて呼んだ?」
「ほらっ、ハルト君の事になるとこうですからねっ?」
殺気を向けられ、キースは二人の後ろにしゃがみ込んだ。こんなに頼り甲斐のある壁は初めてだ。
最強の壁は、怯みもせずに納得した様子を見せる。
「確かに、重婚の許されない世界から来たという点でも、俺たちを容認してくれたのは相当の事だろうね」
それもずっと二人だけの世界で生きてきたのだから。
暖人が想いを受け入れてくれた事も奇跡のようだったが、涼佑がこんなにも早く容認するなど思ってもいなかった。
「俺は君の事を嫌ってはいないし、戦場での覚悟は尊敬もしているよ。出来れば友人くらいにはなりたいけれど」
「……考えておきます」
「俺は仲良く出来そうにないな。本能的に」
「それはどうも。僕もですよ」
睨み合う二人に、暖人は戸惑ったように眉を下げた。
「……俺のために争わないで、って言った方がいいのかな……」
「はるは本当に可愛いね」
パッと笑顔になり、暖人を抱き締める。それはもう、デレデレの笑顔で。
「みんなにも見せてやりてぇっ……」
キースは笑いを堪えきれずにバンバンと床を叩いた。
エヴァンは同じく大笑いするだろうし、皇子も慈愛に満ちた笑顔で揶揄るだろう。他に良く話すメンバーは笑いを堪える事に必死になるに違いない。
「あー、笑った。すっげー久々だわ。皇子にも二人きりの時くらいはそんだけ優しくしてやったら良かったのに」
キースの言葉に、暖人は顔色を変えた。
「皇子様……?」
「あっ、しまった……」
キースのその反応に、暖人は睫を震わせ俯く。
だがすぐに顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。
「涼佑は、皇子様のことが好きなんだね。ごめん……、俺のことがあったから言い出せなかったんだよね」
「いや、ハルト君、リョウは」
「キース」
冷たく睨まれ、キースは口を噤む。ウィリアムとオスカーの視線も受け、スッとソファの下に身を潜めた。
無理に浮かべた、泣きそうな笑顔。無理に笑わないでと言っても、暖人は笑顔を崩さないだろう。
「この二人みたいに、地の果てまで追ってくるような熱意があれば少しは違ったかもしれないけど」
「え……?」
「僕と皇子は、そんな仲じゃないよ」
「……でも、涼佑は皇子様のこと」
「どうも思ってないよ。暖人がそんなに気にするなら、皇子の話はしなきゃ良かったな」
「っ、ごめんっ」
でも、と言い募りたくなる。
だって、と。
涼佑にも好きな人がいるなら、皇子が涼佑の事を好きなら、受け入れなければ。
「僕が皇子を好きだって言ったら、はるは安心する? それとも嫌だって思ってくれる?」
「っ、……ごめんっ」
「謝らないで。でも、嫌だって思ってくれたなら嬉しいな」
「っ……」
頷く事も否定する事も出来ず、暖人は震える。
嫌だなんて言えない。自分に言う資格はない。
小さく震えながら、涼佑に抱きつく。言葉に出来ない気持ちは、しっかりと伝わった。暖人の事なら、言葉がなくとも分かるのだから。
「嘘だよ」
「……?」
暖人の頬を撫で、視線を合わせる。
「追ってくる熱意がどうこう以前に、皇子は僕に好きとか言った事ないよ」
「…………!?」
「僕も皇子にそんな気持ちはないし」
「っ……」
「はるに嫉妬して貰うためにキースを止めたんだけどね」
「!」
「はるは可愛いね。好きだよ」
嫉妬をして貰う為というのも、嘘だけど。涼佑は心の中で呟いた。
だってこうでも言わなければ暖人は信じてくれなかった。
物心ついた頃から一心に愛してきたというのに、暖人はいつまでも自分に自信を持ってくれない。暖人しか見ていなかった頃でもそうだったのだ。
それが今、初めて涼佑が他人に興味を示した。キースや皇子という親しい人が出来た事で、不安が溢れてしまったのだろう。
暖人がいない世界では生きていけないと知っているくせに。
……そんなところも可愛いけれど。
見つめる先で、暖人はぷるぷると震え、口をぱくぱくさせている。
騙すなんてと怒りたいのに、安心して、そんな自分が嫌で、でも。
「っ……いじわるしないでっ」
暖人が涙目の拗ねた顔でそう言った時、ウィリアムたちは悟った。この言葉を聞きたくていつも暖人に意地悪をしているのだ、と。
全くその通りで、信じて貰う事と同時に、この顔を見たかったし言葉も聞きたかった。涼佑は満足そうに笑った。
「歪んでるな」
「随分印象が変わってくるね」
暖人の話してくれた“とても優しくてとても大切にしてくれる涼佑”とやらは誰の事だ。
「ほんと性格悪ぃ……」
キースはぼそりと呟く。
キースとしては、二人だけで話してる時にも皇子相手に冷めた対応しやがって、という意味の「優しくしてやれ」だった。
余計な事を話してリョウに怒られる、という意味の「しまった」だった。
すっかり利用されてしまった。いくら涼佑相手とはいえ諜報員として情けない。
ただ、滅多にない涼佑からの「良くやった」という視線を受け、まあいいかと思う。
思うのだが、本当に暖人は相手が涼佑で良いのだろうか。本当に大丈夫だろうか。柄にもなくそんな心配してしまうのだった。
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