122 / 168
皇子を好きだと言ったら
しおりを挟むそこで、今まで息を潜め気配を消していたキースが、ウィリアムとオスカーの後ろから囁く。
「団長さんたち。リョウはずっと手を貸すのを断ってたのに、ハルト君がこの国に来て危険な目に遭うかもって言った途端に加わってくれたんですよ。国と世界を平和にしておくって。まさにハルト君はリョウの全てで」
「国を救ったのも、ハルトの為だと?」
さすがに唖然とした。
「はい、きっかけは。それなのにリョウがお二人を容認するとか、俺にとっては天地がひっくり返るほど驚きましたよ。大事にしまっておいた命より大事な宝物に触れる事を許したんですよ? つまり、リョウは相当お二人を信用しているということです」
「キース。余計な事を言ってるね?」
「まさか。ハルトちゃんの為になる事しか言ってねぇ」
「……今、暖人の事を、なんて呼んだ?」
「ほらっ、ハルト君の事になるとこうですからねっ?」
殺気を向けられ、キースは二人の後ろにしゃがみ込んだ。こんなに頼り甲斐のある壁は初めてだ。
最強の壁は、怯みもせずに納得した様子を見せる。
「確かに、重婚の許されない世界から来たという点でも、俺たちを容認してくれたのは相当の事だろうね」
それもずっと二人だけの世界で生きてきたのだから。
暖人が想いを受け入れてくれた事も奇跡のようだったが、涼佑がこんなにも早く容認するなど思ってもいなかった。
「俺は君の事を嫌ってはいないし、戦場での覚悟は尊敬もしているよ。出来れば友人くらいにはなりたいけれど」
「……考えておきます」
「俺は仲良く出来そうにないな。本能的に」
「それはどうも。僕もですよ」
睨み合う二人に、暖人は戸惑ったように眉を下げた。
「……俺のために争わないで、って言った方がいいのかな……」
「はるは本当に可愛いね」
パッと笑顔になり、暖人を抱き締める。それはもう、デレデレの笑顔で。
「みんなにも見せてやりてぇっ……」
キースは笑いを堪えきれずにバンバンと床を叩いた。
エヴァンは同じく大笑いするだろうし、皇子も慈愛に満ちた笑顔で揶揄るだろう。他に良く話すメンバーは笑いを堪える事に必死になるに違いない。
「あー、笑った。すっげー久々だわ。皇子にも二人きりの時くらいはそんだけ優しくしてやったら良かったのに」
キースの言葉に、暖人は顔色を変えた。
「皇子様……?」
「あっ、しまった……」
キースのその反応に、暖人は睫を震わせ俯く。
だがすぐに顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。
「涼佑は、皇子様のことが好きなんだね。ごめん……、俺のことがあったから言い出せなかったんだよね」
「いや、ハルト君、リョウは」
「キース」
冷たく睨まれ、キースは口を噤む。ウィリアムとオスカーの視線も受け、スッとソファの下に身を潜めた。
無理に浮かべた、泣きそうな笑顔。無理に笑わないでと言っても、暖人は笑顔を崩さないだろう。
「この二人みたいに、地の果てまで追ってくるような熱意があれば少しは違ったかもしれないけど」
「え……?」
「僕と皇子は、そんな仲じゃないよ」
「……でも、涼佑は皇子様のこと」
「どうも思ってないよ。暖人がそんなに気にするなら、皇子の話はしなきゃ良かったな」
「っ、ごめんっ」
でも、と言い募りたくなる。
だって、と。
涼佑にも好きな人がいるなら、皇子が涼佑の事を好きなら、受け入れなければ。
「僕が皇子を好きだって言ったら、はるは安心する? それとも嫌だって思ってくれる?」
「っ、……ごめんっ」
「謝らないで。でも、嫌だって思ってくれたなら嬉しいな」
「っ……」
頷く事も否定する事も出来ず、暖人は震える。
嫌だなんて言えない。自分に言う資格はない。
小さく震えながら、涼佑に抱きつく。言葉に出来ない気持ちは、しっかりと伝わった。暖人の事なら、言葉がなくとも分かるのだから。
「嘘だよ」
「……?」
暖人の頬を撫で、視線を合わせる。
「追ってくる熱意がどうこう以前に、皇子は僕に好きとか言った事ないよ」
「…………!?」
「僕も皇子にそんな気持ちはないし」
「っ……」
「はるに嫉妬して貰うためにキースを止めたんだけどね」
「!」
「はるは可愛いね。好きだよ」
嫉妬をして貰う為というのも、嘘だけど。涼佑は心の中で呟いた。
だってこうでも言わなければ暖人は信じてくれなかった。
物心ついた頃から一心に愛してきたというのに、暖人はいつまでも自分に自信を持ってくれない。暖人しか見ていなかった頃でもそうだったのだ。
それが今、初めて涼佑が他人に興味を示した。キースや皇子という親しい人が出来た事で、不安が溢れてしまったのだろう。
暖人がいない世界では生きていけないと知っているくせに。
……そんなところも可愛いけれど。
見つめる先で、暖人はぷるぷると震え、口をぱくぱくさせている。
騙すなんてと怒りたいのに、安心して、そんな自分が嫌で、でも。
「っ……いじわるしないでっ」
暖人が涙目の拗ねた顔でそう言った時、ウィリアムたちは悟った。この言葉を聞きたくていつも暖人に意地悪をしているのだ、と。
全くその通りで、信じて貰う事と同時に、この顔を見たかったし言葉も聞きたかった。涼佑は満足そうに笑った。
「歪んでるな」
「随分印象が変わってくるね」
暖人の話してくれた“とても優しくてとても大切にしてくれる涼佑”とやらは誰の事だ。
「ほんと性格悪ぃ……」
キースはぼそりと呟く。
キースとしては、二人だけで話してる時にも皇子相手に冷めた対応しやがって、という意味の「優しくしてやれ」だった。
余計な事を話してリョウに怒られる、という意味の「しまった」だった。
すっかり利用されてしまった。いくら涼佑相手とはいえ諜報員として情けない。
ただ、滅多にない涼佑からの「良くやった」という視線を受け、まあいいかと思う。
思うのだが、本当に暖人は相手が涼佑で良いのだろうか。本当に大丈夫だろうか。柄にもなくそんな心配してしまうのだった。
78
お気に入りに追加
1,813
あなたにおすすめの小説
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑)
本編完結しました!
『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル
『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びに来る、舞踏会編はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
舞踏会編からお読みいただけるよう、本編のあらすじをご用意しました!
おまけのお話の下、舞踏会編のうえに、登場人物一覧と一緒にあります。
ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話を連載中です。もしよかったらどうぞです!
第12回BL大賞10位で奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。
心から、ありがとうございます!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる