121 / 168
あの日の続きを
しおりを挟む「僕にははるが世界ですから」
にっこりと笑う涼佑に、二人は内心で「知っている」と答えた。
笑顔を崩さないまま、涼佑は暖人を撫でる。
いくら煽る事を言っても暖人に触れ続けていても、未だにウィリアムたちは強行手段に出ない。やっと会えた“ハルトの大切な人”と引き離すような事はしない。暖人の為に。
涼佑を愛する暖人の気持ちごと愛しているのだと、見せつけるように。
「……そんな顔をしていながら」
「涼佑?」
暖人にすら聞こえない程の呟き。涼佑はすぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「はるさえ良ければ、ここを出て静かなところで一緒に暮らさない?」
「っ、でも……」
「あの世界で出来なかった、二人きりの生活を……あの日の続きを、この世界でもう一度始めたいんだ」
そっと両手で暖人の手を包み込む。眉を下げ、どこか悲しげに笑った。
涼佑のこの顔は、何度も見てきた。
あの世界で、手を繋いで街を歩く幸せそうなカップルを見た時に。図書室の奥で、少しだけ手を繋いだ時に。あの世界で、恋人でいられる僅かな時間が終わる時に……。
後少しで、二人きりで過ごせるはずだった。
誰の目も気にせずに、本当の恋人になれるはずだった。
あの日の続きを、最後の瞬間まで願い続けた。夢を見続けた。
(でも……)
そっと視線を伏せる。
ウィリアムはずっと、涼佑に会えた後も二人でこの屋敷にいて欲しいと言ってくれた。どんなに遅くなっても毎晩会いに来ておやすみを言ってくれた。
オスカーは……突然来るものだから、いつも少し驚いてしまって、でも、嬉しかった。だから今と同じように、好きな時に訪ねて来てくれるのだろう。
……だが、涼佑の言う“あの日の続き”は。
「……俺、…………涼佑と、一緒に暮らしたい」
二人きりの、誰にも邪魔されない生活。
全てを排除した二人だけの世界。
あの世界で願い続けた、夢の世界。
この世界でなら、叶う……。
叶うのに……。
「っ……でも、ウィルさんとオスカーさんとも、離れたくない……」
繋いだ手がぴくりと震える。
今、涼佑を傷付けた。
顔を見なくても分かる。伝わる。
ずっと側にいたから。涼佑の事しか見ていなかったのだから。
(でも……決めたんだ……)
唇を引き結び、しっかりと顔を上げる。
傷付いた顔をする涼佑の頬を、両手でそっと包み込んだ。
「俺は、涼佑のことが好き。涼佑がいないと、生きていけないよ」
「……うん、僕もだよ」
「でも、ごめん……。大切にしてくれたからとかじゃなく、俺が、二人と離れたくないんだ。俺はウィルさんとオスカーさんとも、一緒にいたい。二人のことが、……好きなんだ」
そう言って、暖かな笑顔を浮かべた。
「っ……ごめんね、涼佑……」
柔らかな笑顔で、涼佑の頬を撫でる。
「はる……」
暖人の気持ちは、確かにここにある。
今までと何も変わらない。大好きだと、苦しい程に伝わってくる。
でも、暖人の世界は……。
「……そんな顔、僕にしか見せた事なかったのに」
零れた声は、何の感情もないものだった。
びくりと震える暖人は、それでも暖かな笑顔を向け続ける。
暖人の想いを知っていても、こんなにも苦しい。
痛くて、息が出来なくて、心臓が血を流しているみたいに……。
二人で夢を見続けた二人だけの世界は、二度と訪れない。叶わない。
「……泣かないで、はる」
それでも、暖人を責められない。嫌いになれない。突き放せない。
暖人の頬に触れる。まるでそれが合図のように、幾つもの雫が零れ落ちた。
「大丈夫だよ。はるがそう望むなら……、ここにいよう……?」
「っ……、いい、の……?」
「はるが笑ってくれるのが、僕には一番大切なことだから」
「涼佑っ……」
ごめん、と繰り返す暖人の唇を、そっと唇で塞ぐ。そのまま押し付けて暖人の悲しい気持ちを全て飲み込んだ。
目の奥が酷く痛む。だがこの涙は、暖人にしか見せたくない。暖人だけのものだから。
二人が息を呑む気配がしたが、このくらいはさせて欲しい。
暖人が二人を好きになったのは“結果”であって、そこに力づくで導いたのは二人だ。暖人に溢れんばかりの過剰な愛情を向け続けなければ、暖人が受け入れる事もなかった。それなのに……。
「その二人の本気も、ずっと伝わってきてたから。……力づくで奪おうとされた方がマシだったよ」
これだけぶつけられては、本気だと信じるしかない。
二人に呆れた顔をしてみせた。
「それでは君は納得してくれなかっただろう?」
「まぁ、そうですね」
「黙ってる方がきつかった」
「でしょうね。あなたなら僕を怒らせてくれると思ったんですけど」
「期待に応えられなくて悪かったな。ハルトの為なら、俺はわりと何でも出来る男なんでね」
「……そうですか」
一瞬驚いた。予想外に、恥ずかしげもなく言ってくれる。
「見た目は俺様ツンデレ系のくせに」
「なんだそれは?」
「分からなくていいです」
素っ気なく返し、暖人を抱き締める。
俺様ツンデレ分かる、と暖人が小さく呟いた。
「もちろん嫉妬はするし、誰にも見られないよう閉じ込めたいとか、僕だけのはるなのにとか、はるに触れる手を折ってやりたいとか、消したいなぁとか思うけどね」
暖人を抱き締めながら、二人に向けてにっこりと笑う。それはもう、壮絶な美しさをたたえた顔で。
「……俺としたことが、少し寒気がしたよ」
「ああ……。初陣の時以来か……?」
二人はぼそりと零す。
さすがたった独りで敵地に乗り込んだ男だ。……いや、さすが、竜に乗り城を躊躇いもなく破壊した救世主。殺気が違う。
そういえば竜はどこから、と思うがそれを訊くのは今ではない事は分かっていた。
涼佑は、柔らかな顔で暖人の頬を撫でている。
物心ついた頃から暖人の側にいて、暖人の愛する、暖人の、世界。
彼が暖人に一緒に暮らそうと言った時、焦りを見せてしまった。不安が溢れてしまった。だが、すぐに彼に向かい微笑む事が出来た。暖人の想いを、覚悟を、信じていると示すように。
……おとなしくするのはここまでで良いだろうか。
ウィリアムとオスカーは同時に同じ事を思う。この話が終わればすぐにでも暖人を抱き締めたい。
その気持ちは、涼佑に伝わってしまった。
「はる。僕は二人とは仲良く出来ないけど、それは今までと一緒だよね。だから気にせず、僕に遠慮せずに好きなようにしていいんだよ」
「……いいの?」
「うん」
「でも、涼佑は……」
「はるは僕がいないと生きていけない?」
「うん」
即答して大きく頷いた。
「それなら、僕は嬉しいよ。今はそれでいい」
ぎゅうぎゅうと抱き締め、頬擦りをする。
今は、とウィリアムが反復する。やはりそう簡単にはいかないようだ。
76
お気に入りに追加
1,800
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる