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あの日の続きを

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「僕にははるが世界ですから」

 にっこりと笑う涼佑りょうすけに、二人は内心で「知っている」と答えた。

 笑顔を崩さないまま、涼佑は暖人はるとを撫でる。
 いくら煽る事を言っても暖人に触れ続けていても、未だにウィリアムたちは強行手段に出ない。やっと会えた“ハルトの大切な人”と引き離すような事はしない。暖人の為に。
 涼佑を愛する暖人の気持ちごと愛しているのだと、見せつけるように。

「……そんな顔をしていながら」
「涼佑?」

 暖人にすら聞こえない程の呟き。涼佑はすぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「はるさえ良ければ、ここを出て静かなところで一緒に暮らさない?」
「っ、でも……」
「あの世界で出来なかった、二人きりの生活を……あの日の続きを、この世界でもう一度始めたいんだ」

 そっと両手で暖人の手を包み込む。眉を下げ、どこか悲しげに笑った。

 涼佑のこの顔は、何度も見てきた。
 あの世界で、手を繋いで街を歩く幸せそうなカップルを見た時に。図書室の奥で、少しだけ手を繋いだ時に。あの世界で、恋人でいられる僅かな時間が終わる時に……。

 後少しで、二人きりで過ごせるはずだった。
 誰の目も気にせずに、本当の恋人になれるはずだった。
 あの日の続きを、最後の瞬間まで願い続けた。夢を見続けた。

(でも……)

 そっと視線を伏せる。
 ウィリアムはずっと、涼佑に会えた後も二人でこの屋敷にいて欲しいと言ってくれた。どんなに遅くなっても毎晩会いに来ておやすみを言ってくれた。
 オスカーは……突然来るものだから、いつも少し驚いてしまって、でも、嬉しかった。だから今と同じように、好きな時に訪ねて来てくれるのだろう。


 ……だが、涼佑の言う“あの日の続き”は。

「……俺、…………涼佑と、一緒に暮らしたい」

 二人きりの、誰にも邪魔されない生活。
 全てを排除した二人だけの世界。
 あの世界で願い続けた、夢の世界。
 この世界でなら、叶う……。
 叶うのに……。

「っ……でも、ウィルさんとオスカーさんとも、離れたくない……」

 繋いだ手がぴくりと震える。
 今、涼佑を傷付けた。
 顔を見なくても分かる。伝わる。
 ずっと側にいたから。涼佑の事しか見ていなかったのだから。

(でも……決めたんだ……)

 唇を引き結び、しっかりと顔を上げる。
 傷付いた顔をする涼佑の頬を、両手でそっと包み込んだ。

「俺は、涼佑のことが好き。涼佑がいないと、生きていけないよ」
「……うん、僕もだよ」
「でも、ごめん……。大切にしてくれたからとかじゃなく、俺が、二人と離れたくないんだ。俺はウィルさんとオスカーさんとも、一緒にいたい。二人のことが、……好きなんだ」

 そう言って、暖かな笑顔を浮かべた。

「っ……ごめんね、涼佑……」

 柔らかな笑顔で、涼佑の頬を撫でる。

「はる……」

 暖人の気持ちは、確かにここにある。
 今までと何も変わらない。大好きだと、苦しい程に伝わってくる。
 でも、暖人の世界は……。


「……そんな顔、僕にしか見せた事なかったのに」

 零れた声は、何の感情もないものだった。
 びくりと震える暖人は、それでも暖かな笑顔を向け続ける。

 暖人の想いを知っていても、こんなにも苦しい。
 痛くて、息が出来なくて、心臓が血を流しているみたいに……。
 二人で夢を見続けた二人だけの世界は、二度と訪れない。叶わない。

「……泣かないで、はる」

 それでも、暖人を責められない。嫌いになれない。突き放せない。
 暖人の頬に触れる。まるでそれが合図のように、幾つもの雫が零れ落ちた。

「大丈夫だよ。はるがそう望むなら……、ここにいよう……?」
「っ……、いい、の……?」
「はるが笑ってくれるのが、僕には一番大切なことだから」
「涼佑っ……」

 ごめん、と繰り返す暖人の唇を、そっと唇で塞ぐ。そのまま押し付けて暖人の悲しい気持ちを全て飲み込んだ。
 目の奥が酷く痛む。だがこの涙は、暖人にしか見せたくない。暖人だけのものだから。

 二人が息を呑む気配がしたが、このくらいはさせて欲しい。
 暖人が二人を好きになったのは“結果”であって、そこに力づくで導いたのは二人だ。暖人に溢れんばかりの過剰な愛情を向け続けなければ、暖人が受け入れる事もなかった。それなのに……。


「その二人の本気も、ずっと伝わってきてたから。……力づくで奪おうとされた方がマシだったよ」

 これだけぶつけられては、本気だと信じるしかない。
 二人に呆れた顔をしてみせた。

「それでは君は納得してくれなかっただろう?」
「まぁ、そうですね」
「黙ってる方がきつかった」
「でしょうね。あなたなら僕を怒らせてくれると思ったんですけど」
「期待に応えられなくて悪かったな。ハルトの為なら、俺はわりと何でも出来る男なんでね」
「……そうですか」

 一瞬驚いた。予想外に、恥ずかしげもなく言ってくれる。

「見た目は俺様ツンデレ系のくせに」
「なんだそれは?」
「分からなくていいです」

 素っ気なく返し、暖人を抱き締める。
 俺様ツンデレ分かる、と暖人が小さく呟いた。

「もちろん嫉妬はするし、誰にも見られないよう閉じ込めたいとか、僕だけのはるなのにとか、はるに触れる手を折ってやりたいとか、消したいなぁとか思うけどね」

 暖人を抱き締めながら、二人に向けてにっこりと笑う。それはもう、壮絶な美しさをたたえた顔で。

「……俺としたことが、少し寒気がしたよ」
「ああ……。初陣の時以来か……?」

 二人はぼそりと零す。
 さすがたった独りで敵地に乗り込んだ男だ。……いや、さすが、竜に乗り城を躊躇いもなく破壊した救世主。殺気が違う。
 そういえば竜はどこから、と思うがそれを訊くのは今ではない事は分かっていた。


 涼佑は、柔らかな顔で暖人の頬を撫でている。
 物心ついた頃から暖人の側にいて、暖人の愛する、暖人の、世界。
 彼が暖人に一緒に暮らそうと言った時、焦りを見せてしまった。不安が溢れてしまった。だが、すぐに彼に向かい微笑む事が出来た。暖人の想いを、覚悟を、信じていると示すように。

 ……おとなしくするのはここまでで良いだろうか。
 ウィリアムとオスカーは同時に同じ事を思う。この話が終わればすぐにでも暖人を抱き締めたい。
 その気持ちは、涼佑に伝わってしまった。

「はる。僕は二人とは仲良く出来ないけど、それは今までと一緒だよね。だから気にせず、僕に遠慮せずに好きなようにしていいんだよ」
「……いいの?」
「うん」
「でも、涼佑は……」
「はるは僕がいないと生きていけない?」
「うん」

 即答して大きく頷いた。

「それなら、僕は嬉しいよ。今はそれでいい」

 ぎゅうぎゅうと抱き締め、頬擦りをする。
 今は、とウィリアムが反復する。やはりそう簡単にはいかないようだ。

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