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ブライスとキース
しおりを挟む涼佑は深く息を吐き、気持ちを落ち着ける。
「ですが、お二人が暖人を守ってくださったこと、心から感謝しています。僕を見つけるまでは暖人を抱かないと言ってくださったことも。……完全には信じてませんでしたが」
俯いたまま紡いだその言葉に、ウィリアムは訝しげに目を細めた。
「君を見つけるまでという話を、何故君が知っているんだ?」
「っ、それは……」
しまった、と唇を噛む。こんな事をバラしてしまうなんて、感情的になり過ぎてしまった。
そこで突然、音を立て扉が開いた。
「あのー……、すいません、それ俺です」
「ブライス?」
「皇子とリョウの命令で、ハルト君の護衛とリョウへの報告をしてました。俺ってば、国宝級に超絶優秀な諜報員なんですよー」
今も下の階から、とある道具を使って話を聞いていた。
真下の部屋には、執事のノーマンに事情を話して説得に説得を重ねて入れて貰った。侍女二人と護衛も一緒に。
使用人たちが何かしらの会議をしているように人数と気配を増やして誤魔化した。そうでもしないとこの騎士団長二人には気付かれてしまうからだ。
窓の外や天井裏にいたならきっと一瞬だった。見えるだけでなく超人的な聴力もあればと悔やまれるところだ。
キースの言葉に、暖人は呆然と声を零す。
「亡くなった彼女さんのことは……」
「あー……あれは嘘だよ。騙してごめん。彼女なんていないし、別世界の人間はハルト君とリョウしか会った事ないよ」
「……そう、なんですね。……良かった。悲しい思いをしてなくて」
ふわりと笑う暖人に、キースは胸を押さえた。
「うっ……、罪悪感っ……」
赤ん坊だと思っていたが、心までピュア。騙した事が心苦しいなんて初めてだった。
キースはズイッと暖人に詰め寄る。
「ハルト君、ほんとにリョウでいいの? アリスちゃんってめちゃくちゃ口と性格悪いじゃん?」
「アリスと呼ぶな」
「ギャッ! そーいうとこだよ!」
目にも止まらぬ速さで脛を蹴られ、ギャーギャーと喚く。キョトンとしている暖人には見えないように。何なら笑顔も崩さないままで。
にこやかな笑顔で、涼佑は柔らかな声を出した。
「大体、そのキャラは何? 鳥肌が立っちゃったよ、キース」
「潜入先で使い分けてんだよっ。ほんっと性格悪ぃな!」
本来の口調で文句を言うと、暖人は驚いたようにぴくりと反応した。
「あっ、ハルトちゃ……ハルト君、驚かせてごめんっ」
「……キース、さん……?」
「あー……やっちまった。リョウのせいだわ」
今更演技をしたところで無駄らしい。キースは諦めてガシガシと頭を掻いた。
「ブライスって名前は、今回の任務用の偽名なんだ。性格も全部偽物。騙して悪かったな」
暖人は傷つくだろうか。柄にもなくそんな心配をしていると、暖人は一度視線を伏せてから、すぐに顔を上げた。
「すっかり騙されました。キースさんって、優秀な諜報員さんなんですね」
「ん? お、おお」
「考えたら、オスカーさんたちを怖がっててあんなに強く当たられてるのに、彼女さんと同じ髪色ってだけで俺に何度も会いに来たりしないですよね。ウィルさんに女性を紹介して貰うって言ってたのに、その話はあれ以来してなかったみたいですし」
うっ、とキースが言葉に詰まる。
「そういえば、俺の国の話もそこまで詳しくは訊いてきませんでしたよね。その時は全然気付きませんでした」
悪気もなく話す暖人に、キースはダメージを受ける。暖人はゆるふわで無邪気な赤子だと思っていただけに。
確かに、暖人がちゃんとまだ涼佑を好きなのだと確認した日以降、ウィリアムとオスカーには涼佑の存在を感じさせられればと、時々狙って行動してはいた。涼佑は生きていると知らせる為に。
だが、今頃とはいえ暖人にまで気付かれるとは。
危険がないどころか安全過ぎる任務だからと、無意識に油断していたのかもしれない。なんたる失態。
「へぇ? キースは優秀な諜報員だね?」
「うっさいっ。ハルト君、ほんとにアリスちゃんでいいのっ?」
暖人に対しては口調が柔らかくなる。やはりブライスの時と同じで優しい人なのだと、暖人は嬉しさも相俟ってふわりと暖かな笑みを見せた。
「涼佑がいいんです。涼佑が涼佑だから、好きなんです」
「はる。僕もはるが大好きだよ」
すかさず割り込む涼佑に、キースは「うっわ……」と呟く。
あの涼佑のこんなデレデレした顔は見たくなかった。鳥肌が立ってしまう。
その光景を見ながら、やはり涼佑の仲間だったかとウィリアムとオスカーは視線で頷き合った。
推測は殆ど合っていた。まだこの国の赤と青の騎士団長を名乗っていられる、とばかりに。
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