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頑張ってしまった
しおりを挟む「話を戻します。この状況だと、情に訴えた方が皆も決起するかと」
「情?」
「この絶望的な状況で必要なのは、希望です。夢みたいなものではなく、現実的な要素のある」
「現実的な希望、とは」
「暑苦しい精神論になりますが、心をひとつにして同じ目標へと向かうには、憎しみより愛情の方が有効です。憎しみだと進む速さにばらつきが出るので、そのうち勝手に敵側に突撃して死ぬ人が出てきます」
皇子とエヴァンはなるほどと頷いた。
「第二皇子の思い出を語り、彼の目指した平和な国を語り、その意志を継いで自分が国を救うと訴え、そのためには皆の力が必要だ、共に国を取り戻そう、……という流れで今いる兵に希望を与えつつ心を纏めてください」
第二皇子がどんな国を目指していたかは知らないが、第三皇子なら何か知っているだろう。
涼佑が顔を上げると、その場にいる皆が目を見開いていた。
「リョウ、君は、本物の救世主なのだな……」
「え……いえ、このくらいは基本だと思いますが……」
わりとどの小説や漫画にもある大義名分だ。
「私たちは怒りで目が曇っていたようだ」
「ああ。皇帝への憎しみに囚われていたな」
側近たちも希望を取り戻したように瞳に光が戻る。
これ以上救世主だと思われ期待されても困るのだが、乗りかかった船だ。仕方がない。
「こちらの武器は、統率力です。それから、後は物理的なところで、兵の数ですよね。敵側に取り残されて渋々皇帝に従ってる兵を、こちら側に引っ張って来られればいいんですけど」
そう言った途端、側近の一人が分厚い本を涼佑に差し出した。
そこには、あちら側の騎士たちの一覧と、爵位、家族構成、所有する一般兵の数等、詳細が書かれていた。
今こちら側についている騎士と、その部下の一般兵の詳細は別の本に纏められている。
元は敵側の騎士の特徴を知り、対策を練る為に纏めた本らしい。
「ありがとうございます。これがあれば早めに作戦を立てられそうです」
パラパラと捲った涼佑は、そう言って口の端を上げた。
それからすぐに、超人的な戦闘能力とは別の能力が開花した。
相手が敵意を持つかどうか、はっきりと分かる能力だった。
敵意を持つ者や涼佑が敵と認めた者が近付くと、距離や人数まで把握出来る。目で見えるのではなく、感覚として認識出来るのだ。
最初に認識したのは、たまたま街外れを皇帝側の騎士が通った時だった。
ただの通り道。だがあの時の感覚を忘れる事は出来ない。
ぞわりと鳥肌が立つような……、恐怖ではない、血が沸き立つような感覚だった。
試しに側近全員と顔を合わせてみたところ、誰一人敵意を持つ者はいなかった。
数人、皇子と話している時にチクチクした感覚を向けてきたが、それは能力を介するまでもない。いつもの事だった。
長期戦になりそうな作戦を決行する前に、魔獣を狩れるだけ狩ってきた。
それから、試しに豆もやしの栽培を始めた。裏に豆の木が大量に実を付けていたのだ。似ても焼いても固くて食べられないと言うので水耕栽培してみたら、思いの外すぐに芽を出した。
すぐ裏には川が流れ、水質は飲用にも出来る程。いくらでも水を換えられる。地下では豆もやし、日当たりの良い屋根裏ではスプラウトを育てた。
栄養価を重視して、ニンニクに似た植物も植えてみた。この辺りは思ったよりも土壌も良く、発育が良かった。
週に一度は収穫出来る程に採れたのだが、この状況下でも匂いに堪えられないという。確かに涼佑の知るものより強烈で、試しに一週間程水を換えながら漬けてみたところ、匂いはすっかり抜けほくほくした食感の美味しい食材に変化していた。
これでここにいる全員分の食料は確保出来た。
生気のなかった顔も見違える程に血色が戻り、これならしっかりと戦えるだろうと涼佑は頷いた。
……思わぬところで頑張ってしまった。
暖人が好奇心旺盛な性格で、これも一緒に調べているうちにすっかり覚えてしまったのだ。基本的に一度得た知識は忘れない。応用も出来る。
「ありがとう、はる……」
ある夏の日。いつもの図書室で突然野菜作りの本を両手に抱えてきたあの時は、さすがに一生使わないかもと思っていたが。
まさか、その知識がこんなに役に立つ日がくるとは。暖人に感謝だ。
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