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救世主じゃありません
しおりを挟む「エヴァン。話を進める前に、皆の不安を払拭したいのですが」
「皇子。さっきから敬語になってるぞ」
「あっ」
「今は指揮官だ。堂々としていろ」
「はい、……ああ、分かった」
皇子は頷き、姿勢を正した。
一体どういう関係だ、と思うが、自分には関係ない。涼佑は無言を決め込んだ。
「……エヴァン。その者は、信用出来るのか?」
「ああ、半年共に過ごして確信した。彼は、この国を救う救世主になるだろう」
そう言い切り、涼佑へと歩み寄る。
「リョウ。ここにいるのは皇子と側近で、信用出来る奴らばかりだ。フードを取ってくれないか?」
将軍であるエヴァンが皇子と呼んだなら、彼が正義の為に戦っている反乱軍……いや、革命軍の指揮官、第三皇子と、その側近に間違いはない。
側近たちも訝しがってはいても、自分に敵意があるようには思えなかった。
姿を見せるか、否か。
だがこのまま警戒されていては、作戦に支障が出るのは明白。暖人にも悪影響が出るかもしれない。
仕方ない。今はエヴァンの言葉を信じるしかないのだろう。
「僕の外見や特徴は、この場にいない方々には一切口外しないでください。僕は救世主ではなく、ただの彼の……弟子、と。他の方にはそう説明してください」
弟子か、いいな。とエヴァンが呟いたのは無視した。
「決して口外しないと、約束していただけますか?」
「ああ。皇子の名にかけて、約束をしよう」
皇子はすぐさまそう答える。
あまりにも即答で軽く感じたが、この世界では皇子の名は重いものの筈。涼佑は細く息を吐き、フードを取った。
「っ……、君は本当に、別世界の人間なのか……?」
「はい。ここにはない、日本という国から来ました」
「この世界の者と同じ、髪と瞳と、近い肌の色をしているが……」
「皇子、間違いない。この目で彼が現れるところを目撃したんだ」
唖然とする皇子に、涼佑は不思議そうにエヴァンを見る。
「伝説に残る救世主は皆、漆黒の髪と瞳をしてるんだ。肌も太陽の色っつってな。最初はリョウは違うか~と思ったけど、光りながら空から落ちてきてふわふわ着地するとか、どう考えても別世界の人間だろ? 救世主に相応しい超人的な戦闘能力もあるしさ」
「光ってたんですか」
「気にするのそこ?」
「どうりで崖から落ちたにしては怪我一つないと思ったんですよ」
「崖から? お前、崖から落ちたのか?」
「それなら暖人が怪我する事もないか」
良かった、と笑う涼佑に、会話が成立しないとエヴァンは苦笑する。まあ今に始まった事ではないが。暖人の事になると涼佑はいつもこうだ。
「ああ、でも、暖人が来る前に戦いを終わらせないと……」
暖人に救世主なんて危険な事はさせられない。先に世界を平和にしておかないと。
……だが、早すぎたら暖人がこちらに来られないかもしれない。
国をどうにかしつつ救世主が必要な状態をどこかで維持して、暖人がこの世界に来てから、戦いを終わらせる。それしかない。
早すぎてはいけない。
そうでないと、暖人はあの世界で……。
「リョウ?」
名を呼ばれ、我に返った涼佑は皇子へと向き直った。
「失礼を承知でこの態度を取らせていただきますが」
「ああ、気にしないでくれ。本来なら救世主の方が地位は上だからな」
だが私もこの態度を崩さないぞ、と笑う。
涼佑は小さく口の端を上げた。この皇子は話が通じそうだ。
「では遠慮なく。暖人を必ず見つけて、守ってください。暖人が危険な目に遭うような事があれば、僕はこの件から手を引きます。暖人を探す人たちにもそう伝えてください」
「ああ。必ず伝えよう」
「……それと、暖人は必ず守るとしても、ご自分の命を投げ出すような事もしないで欲しい、とも」
付け加える涼佑に、エヴァンは目を丸くした。
「お前、冷たいのか優しいのか分かんないな?」
「暖人のために人が死んだら、暖人が悲しみますし。暖人はとても優しくていい子なんです」
「照れ隠し? それとも本心?」
「本心ですけど」
エヴァンに対してはとことん冷たい。だが照れ隠しだと思う事にした。
「改めて言いますが、僕はこの男の弟子で、この国の人間という事にしておいてください。救世主なんて大層な名で知れ渡れば、敵方も総攻撃を仕掛けてくるでしょう」
それに、もし暖人が別の国にいたとして、涼佑がこの国にいると知れば危険を承知で会いに来てしまう。
暖人を危険に晒す事だけは、絶対に避けなければ。
「ああ、約束しよう。皆も決して口外をしないように」
皇子の言葉に、皆神妙な顔で頷く。どうやら統率は取れているようだ。
「これももう一度言っておきますが、僕は戦争をしない国から来ました。善処はしますが、そんな僕が加わったところで戦力にならないでしょうし、この国を救えるなんて過剰な期待はしないでください」
「ん~~、ま~たお前は、そんなこと言って」
「僕は救世主じゃありませんので。指揮官は皇子ですし、僕の方に従われても困ります」
「……あ~、そういう……。要約すると、指揮官はあくまで皇子だから自分がその座に付くわけにはいかない、って事だな」
「そうなのか? リョウは謙虚だな。すまない、勘違いをしていた」
「いえ、勘違いじゃないです」
「恥ずかしがるなって~。リョウは本当はいい奴なんだよな。半年一緒に暮らした俺は知ってるぞ」
「ちょっと、勝手にいい人設定にしないでください」
そう反論しても、もうその場の皆は涼佑の事を、素直じゃないが謙虚で良い人だと認識してしまったようで。
なんだこれは。人間の善の部分を掻き集めた集団か。と頭を抱えた。
まったく、とんでもない事になってしまった。暖人以外はどうでも良いというのに。
……と思ってはいても、実際目にしてしまえばこの国の人々をどうにかしたいという気持ちは、さすがにないとは言わない。
だが国を救う救世主なんて、自分には全く向いていない。
……まあ、この廃墟を見た時から、こんな事だろうと薄々気付いてはいたが。
騙したエヴァンに苛立ちはするが、そこで帰ろうとしなかったのは自分の選択だ。
この半年、暖人を待った。それでも会えないならば、次の展開が必要だと判断したのだ。
「少年漫画の成長系転移ものかな……」
魔王とか出てきたら面倒臭いな、とそっと呟く。
……いや、暖人がこの世界へ来ないような事があれば、自分がその魔王になる可能性もあるのだが。
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