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革命勢力

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 それから半年。
 涼佑りょうすけが連れて来られたのは、郊外の廃墟だった。
 今にも崩れそうな入り口を抜けると、外観が嘘のようにしっかりとした造りの廊下が現れる。軽く叩いてみると、レンガ造りに漆喰を塗ったような感触だった。

 その先の重々しい扉を開けると、十二畳ほどの空間が現れる。こちらも白い壁で、中央には紙の散乱した大きな机が置かれていた。
 室内には数人の男女が。


「っ、将軍っ!?」
「お戻りになられたという事はっ……」

 突然皆が席を立ち、声を上げた。

「将軍? あなたが?」
「元、な」

 涼佑の疑うような目に、エヴァンはバツが悪そうに笑った。
 確かにあの勲章の量なら、それも納得だが。

「まぁ、その見た目なら少しは」
「お? 男前だって?」
「言ってませんよ」

 冷たく返す涼佑にも、エヴァンは上機嫌だ。
 今朝、髪を切り髭を剃ったエヴァンを見た涼佑は、思わず「誰?」と零していた。
 目鼻立ちのはっきりとした端正な顔に、男らしくしっかりとした眉。濃い青の瞳は、虹彩の中心部が明るい黄緑をしている。
 その濃淡が鋭さを感じさせ、印象深くもあり、ついまじまじと見つめてしまった。

 その顔立ちと筋肉質で引き締まった体は、スパイものやアクション映画で主演を務めるハリウッド俳優みたいだ。
 ……と思ったものの、褒めるのも癪で何も言わなかった。その反応だけでエヴァンはニヤニヤしたのだが。


 親しげに話す二人に、周囲がざわめく。視線は涼佑に注がれていた。

「紹介しよう。彼は、私と互角にやりあえるリョウ君だ」
「涼佑です」

 感情のない声で答える涼佑に向けられた視線は、訝しげなものだった。
 涼佑はマントを羽織り、フードを深く被っていた。口元が辛うじて見える程度。将軍であるエヴァンが伴っているとはいえ、警戒するのは当然だった。

 それに気付きながら、エヴァンはあえて触れずに話を続ける。

「最強の切り札に……いや、リョウがいれば勝てる」

 皆に向かい、力強くそう言い切った。そして、涼佑へと向き直る。

「リョウ。俺たちと共にこの国を救って欲しい」
「お断りします」

 被せるように言い切った涼佑に、その場の空気が凍り付いた。

「んっ……、んん~っ?? リョウ君や、この国の惨状を見ただろ~?」
「期待を裏切って申し訳ありませんが、戦いを知らない僕一人が加わったところで大した戦力にもなりませんし、命を懸ける義理もありません。そもそも僕の国でもありません」

 それにまだ、暖人はるとが来ていない。
 冷たく言い放つ涼佑に、エヴァンは頭を抱えた。

「いいか、リョウ。良く聞け。この国を見捨てれば、世界すら危険に晒されるんだ」
「そうですか。お断りします。僕には暖人だけが世界なので」
「う~ん、ここまで頑固だとは思わんかったぞ~?」
「もういいですか?」
「まてまてまて。騙して連れて来た事は謝るからさ~」

 エヴァンは、飽きるだろうし環境を変えてみようと言って涼佑を連れてきたのだ。森の中の事は離れていても分かる力があるから、暖人が現れればすぐに教えるからと言って。
 涼佑はそれを信じる程にはエヴァンの事を信頼……ではなく、意外と卑怯な事はしない男だと認識していた。それも今日で終わりだが。

「待てって、待ってリョウ君、頼むから!」
「離してください。……離せ」
「こっわ! もうちょい話聞いてくれって。ハルト君の事なら来たら絶対分かるからさ~」

 涼佑の腰に縋り付くエヴァンを引きずりながら扉に向かって歩く。
 将軍の面目丸潰れだが、半数以上は驚きもしない。エヴァンがこういうお茶目な男だと知っているからだ。
 それと同時に、エヴァンを引きずるだけの力がある涼佑に目を丸くした。見た目はすらりとして華奢とも言える少年なのに。

「ほら、リョウがどこに隠れてもすぐ見つけただろ? 気配消してても森の中の事なら全部分かるんだってば~」
「……それに関しては信じます。でも僕は帰ります」
「まてまて、頑固すぎるだろっ」

 エヴァンは渾身の力で涼佑を止めた。まさかここまで力が付いているとは思わなかった。


 その光景を静観していた一人の青年が、二人の側に歩み寄る。
 白い肌と華奢な体。月の光のように静かな銀糸の髪。肩に触れる長さのそれが視界の端で揺れ、涼佑は無意識にそちらへと視線を向けた。

 女性と見紛う程の中性的で整った顔。皆と同じ少し汚れた服を着ても、隠しきれない育ちの良さが漂っている。
 彼は透き通るようなエメラルドの瞳で、少しだけ低い位置から涼佑を見上げる。そして薄く綺麗な形の唇に、優雅な笑みを浮かべた。

「あなたはその彼を待って、どのくらい経ったのですか?」
「半年ですが、暖人は必ず来ます」
「根拠は?」
「あります。暖人は、僕のいない世界では生きていけないから」

 そう言い切り、そっと笑った。

 あちらでの一ヶ月が、こちらの一年かもしれない。それ以上かもしれない。異世界なら全く同じ時が流れている方が不自然に思える。
 ……いや、そもそも、同じ場所に飛ばされるものだろうか。時空が座標だとして、少しのズレもなく同じ場所に落とすとなると、それこそ不可能なのでは。

 この国に別世界の人間が現れたのは、伝説になるほど昔だと言っていた。そしてそれは救世主と呼ばれ、各国にもその伝説がある。
 救世主になる程の力があったからこそ伝説になったのであって、それ以外にも別世界の人間が現れていた可能性がある、と涼佑は考える。
 それなら暖人も必ず来る筈だ。

 元の世界の時間の流れに応じて、座標もズレていくとしたら、暖人は別の国にいる可能性が高いのでは。
 ……だが、もし、暖人がこの世界に来る事が出来なかったとしたら……。


「皇子よ。近隣の国々に内密に人をやる余裕はあるか? そこそこ情報収集が出来る者が良いのだが」

 エヴァンの声に、涼佑は顔を上げた。
 皇子は暫し思案し、頷く。

「はい。戦闘能力は多少劣りますが、諜報に長けた者でしたら数名は」
「では、各国の救世主伝説の残る場所に人をやって欲しい。漆黒の髪と瞳を持つハルトという者が現れたらすぐに連絡を」
「畏まりました」
「彼がいた森は引き続き私が監視しよう」

 話を進める二人に、涼佑は目を瞬かせた。
 皇子と将軍なら、何故エヴァンの方が偉そうなのか。
 だが、今はそれどころではない。このままでは救世主として祭り上げられてしまう。

「そんな事をされても、僕は加担しませんよ。直接暖人を探しに行きます」
「一人だと一国しか探せないんじゃないか?」
「それでも、僕が探します」
「非効率だな~」
「僕なら暖人を見つけられます」
「そっか~。でも、こんな物騒な国があったら、ハルト君が来た時に心配だな~。彼がこの国に来ないとも限らないのにな~」

 涼佑の知るエヴァンの口調になり、涼佑はぴくりと眉を跳ね上げた。

「人身売買とかな~。色素濃いと価値が高いんだよな~。皇帝が戦争仕掛けた相手国に、ハルト君がいるかもしれないよね~。リョウと同じで超強い力があるとも限らないもんな~」

 意図が丸見えの口調に、涼佑は眉間に皺を寄せる。
 確かにこの男の言う通りだ。言う通りだが、後でこの男は全力で潰しておこう。


「皇子なら、あなたが指揮官ですか? 戦況と今行っている作戦を詳しく教えてください」
「お~、変わり身が早いな」
「暖人にとって危険なものは全て僕が排除します」
「お前、そんなキャラだった?」
「キャラとか知りませんよ」

 冷たく一蹴され、エヴァンは肩を竦めた。

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