後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

あの世界と、この世界

「元の世界では、僕だけがはるの全てだったよね」
「うん……」
「僕も、はるが全てだった。僕の世界ははるだけだった」

　それだけで世界は完結していた。
　暖人はるとの頬をそっと撫で、零れそうな雫を指先で拭う。

「僕たちは、お互いがとても大切で、一番大切なものが側にあるから、周りが見えなくなっていたね。世界で一番大切で、一番幸せにしたくて、他には何もいらなかった。……でも、本当は、はるも気付いていたんだよね」


　柔らかな声に、暖人はそっと頷いた。

　一番幸せにしたくて、一緒に幸せになりたかった。ずっと側にいたかった。幸せに笑っている姿を、ずっと側で見ていたかった。
　他には何もいらない。
　ずっとずっと、ふたりだけでいられれば。

　……それでも、どうしても世界は広がっていく。
　どうしても、二人だけではいられない。
　他の全てを切り落としていく事が、許されなくなる。
　それがあの世界の仕組みだから。

「この世界に来ていなかったら、僕たちはいつか、お互いを壊してしまっていたね」
「うん……」

　大切で、幸せにしたくて。
　二人だけが世界で。

　一番側にいるのに、他の人に笑顔を見せる事が、時間を共有する事が、互いの知らない時間が存在する事が、不安でたまらなくなって。
　きっと、許せなかった。

　許せなくて、許せない自分が許せなくて、いつか自分自身を壊して。
　独り残されては、世界を失っては、生きてはいけなくて。

　……互いしか知らず、見えていなかったあの世界では、一緒に幸せにはなれなかった。


　離れる時間が必要だったのだと、今なら思える。
　側にいられなかったから、周りが見えるようになった。周りの優しさを受け入れる覚悟を持つ事が出来た。
　互い以上にはなれなくとも、誰かを親しく想う気持ちを知る事が出来た。
　それを知った今なら、壊す事なくずっと傍にいられる。きっと……。


「あの人たちは、はるを大切にしてくれる？」
「うん……。過保護なくらいに、大事にしてくれるよ」
「過保護になるのは分かるなぁ。はるは自分が可愛いっていう自覚がなくて危なっかしいから」
「この世界でも同じこと言うんだから」
「僕にははるが、どの世界でも大切だからね」
「俺も、涼佑りょうすけが大切だよ。……二人は、それでもいいって。涼佑を大切に想う気持ちごと、俺を受け入れてくれたんだ」
「そっか。……いい人たちに出会えて、本当に良かった」

　頬を撫で、そっと目を細める。
　暖人が好きになる程の相手だ。きっと溢れる程の愛情と優しさを与え続けたのだろう。
　救世主として王宮に預けられるより、この屋敷で保護された方が暖人にとっては良かったのだ。きっと……。


「だからといって、あの二人を認めた訳じゃないけど」
「えっ」
「はるが好きになるくらいならすごくいい人なんだろうけど、僕にとっては知らない人だし。重婚出来るって知ってるけど、はるを任せられる人かどうか知らない」
「そう、だけど……」
「暖人は、本当に彼らの事が好きなの？　恋愛感情で？」
「……うん。いっぱい考えて、たくさん待たせてしまって、覚悟を決めたんだ」
「そっか。はるがそう言うなら、本当なんだろうね」
「ごめんなさい……」
「はるには怒ってないよ」

　よしよし、と頭を撫でる。

「オスカーさん？　だっけ。その人も呼んで貰おうかな。話がしたい」
「え、っと……」
「大丈夫。少し話をするだけだから」

　そう言ってにっこりと笑う。
　この顔はまずい。本気で苛立っている時の顔だ。
　そして……それに逆らってはいけないと、知っている。

　素直に頷くと、涼佑は暖人の頭を撫で「じゃあご飯にしようか」と明るい笑顔を見せた。


　食事を終えて『ウィルさんとオスカーさんにお話したいことがあります。いつでも大丈夫なのでお願いします』と書いた紙をワゴンに乗せ、それを涼佑が廊下に出した。
　扉を閉め、振り返った涼佑が「楽しみだね」と笑う。

　ぶるっと震えながらも、それでもやっぱり涼佑が好きで……。
　側に戻ってきた涼佑に抱きつき頬を擦り寄せながら、どうやって三人を説得しようかと悶々と悩むのだった。