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これは何?
しおりを挟む涙が収まり、涼佑からそっと離れる。
涼佑に、言わなければならない事がある。本当は、もっと早く言わなければならなかった事が。
「涼佑……。俺、涼佑に話したいことが」
顔を上げ、真っ直ぐに涼佑の瞳を見つめた。
……だが、それ以上言葉を紡げなくなる。涼佑は、とても優しく微笑んでいた。
好きだと、愛しいと想う気持ちが痛い程に伝わってくる。それなのに、自分は……。
罪悪感で震える暖人をベッドに座らせ、涼佑はサイドボードの上から何かを取った。そして。
「ねぇ、暖人。これは何?」
チャリ、と小さな金属音と共に、暖人の目の前に翳されたもの。寝かせた時に、涼佑が外したものだった。
涼佑は笑顔のまま。だが瞳は冷たい色を浮かべていた。
「ウィリアムさんも同じようなの着けてたけど」
「っ、それはっ……」
涼佑は金属のプレートを裏返し、表情も変えずに眺めた。
言わなければ。言うと決めたのに。
口を開いても、それ以上声が出ない。伝えなければ。これ以上涼佑を裏切る訳にはいかない。
「まあいいや。その話は後でゆっくり、ね」
そう言って暖人の頭を撫でた涼佑は、元のように穏やかな笑顔を浮かべていた。
「涼佑っ……」
「あ。それと、はる。これは何?」
暖人の声を遮り、涼佑はベッドの端からとある物を持ち上げた。
「あっ、それはっ……」
「猫。可愛いね。ウサギとクマは二匹ずつ」
「あのっ」
「この世界にもいるんだね?」
猫と兎を両手に持ちにっこりと笑う涼佑に、暖人は震えていた事も忘れて頬を膨らませた。これはからかっている時の顔だ。
「いじわるしないでください」
「僕、はるの拗ねた顔好きなんだよね」
「知ってます」
「可愛いほっぺ」
「押さないでくださいっ」
「敬語になるところも可愛いなぁ」
本当に拗ねると敬語になる暖人も可愛くて、ぷいっとそっぽを向かれてもノーダメージだ。
涼佑は暖人の感情の制御も心得ている。こうして一瞬で震えを止める事も出来るのだ。
にこにこと見つめていると、涼佑の思惑通りに暖人は諦めて、ぬいぐるみたちを取った。
「ここに来たばかりの頃に、涼佑がいなくて泣いてたらウィルさんがくれたんだ」
「そっか……」
知られるくらいなら、暖人は目の腫れが収まらない程泣いていたという事。そんなにも泣かせてしまった。
「ウィルさん、俺のこと小さな子供だと勘違いしてて」
「僕も成人前に見られたから、はるは小学生くらいかな」
「そんなに離れて見えないのに」
「あの頃のはるも可愛かったなぁ」
「涼佑は俺のこと甘やかしすぎだと思う」
「今は仕方ないよ。はるに会えて嬉しいからね」
「……俺も、嬉しい」
ぬいぐるみを抱えたまま、涼佑の鎖骨にぐりぐりと額を擦り付ける。そんな暖人を抱き寄せ、髪を撫でた。
「そのぬいぐるみ、大事なんだね」
「……うん」
ぎゅっとぬいぐるみを抱き締める。
涼佑の前でも手放す事が出来ない。ウィリアムの優しさが詰まったものだから。宿泊の時にはマリアがそっと忍ばせてくれたものだから。つらい時にも嬉しい時にも、ずっと側にいてくれた子たちだから。
「……やっぱり、駄目かも」
「え?」
「無理だ」
涼佑は深く溜め息をついた。本当は、ウィリアムたちも揃ってから話そうと思っていたのだが。
ガシッと暖人の両腕を掴んだ。
「わっ、涼佑っ?」
「……ねぇ、暖人。ウィリアムさんたちが、この世界で暖人を支えてくれた人?」
静かに零れた冷たい声に、心臓が凍り付くようだった。
「う、ん……。二人とも、とても良くしてくれて……」
涼佑には、彼らとの関係が分かってしまったのだろう。
涼佑はずっと、ずっと待っていてくれたのに……。こうして探し出してくれたのに。それなのに……。
「はるは、本当に嘘がつけないね」
視線を伏せると、頬に手のひらが触れ、上向かされる。
睨むでもなく、軽蔑でもなく、ただただ、優しい顔で。
大好きな、柔らかな笑顔だった。
「っ……ごめ、なさ……っ」
ボロボロと零れ始めた涙を、涼佑の指がそっと拭う。そこへ優しいキスが落ちた。
「はる、泣かないで。分かってる。はるは、あの人たちの事が大好きなんだね」
「っ……ごめんなさいっ」
「怒ってないよ。大丈夫」
暖人を胸に抱き、宥めるように背を撫でる。
「僕のいない場所で、はるが泣き続ける事が一番耐えられなかったから。幸せに笑っていられたなら、僕はそれが嬉しいよ」
暖人の事を怒ってはいない。皆が暖人を放っておかない事は分かっていた。その中には、心から暖人を愛する人がいるだろう事も。
暖人は優しいから、真っ直ぐな愛情を向けられれば無碍には出来ない。それでも涼佑がいるからと、すぐには受け入れなかったのだろう。
暖人なら誰も好きにならないと……そう思えていたのは、この世界に来て半年程。
初めて離れ離れになり、様々な事を知った。世界が、広がってしまった。
暖人も同じなら、元の世界にいた頃のままではいられないと気付いてしまっただろう。あの世界では、ずっと目を背け続けていた事。
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