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夢じゃないよ
しおりを挟む「はる、おはよう」
「っ……」
何度か目を瞬かせた暖人は、天井を見て、また涼佑を見て、手を伸ばして涼佑の頬に触れた。
「……?」
「夢じゃないよ?」
「…………?」
「夢じゃないよ、はる。僕はここにいる」
「りょう、すけ……? っ、涼佑っ……」
ペタペタと頬に触れ、そのうちにぼろぼろと泣き出す。
「はるは泣き虫だね」
「だって……」
「うん、分かってるよ。ごめん、僕も泣いてる」
「えっ? わっ」
「かっこわるいから見ちゃ駄目」
暖人を胸元に抱き寄せ、ぎゅうぎゅうと抱き締める。ずるい、見たい、ともぞもぞする暖人の髪が触れ「くすぐったいよ」と笑った。
涼佑が泣いたのは、本当に幼い頃だけだった。
それ以降はずっと泣く事はなかった。そもそも暖人の事以外で涙を流す理由などなかったからだ。
物心ついてから、初めて暖人と離れた。
ずっと心配で、不安で、恋しくて、会いたくて、それでも泣く事が出来なかった。
だが今はそれが許される。再会した喜びで涙が止まらない。
「涼佑、好きだよ」
「うん。僕も暖人が好きだよ」
「ごめん、俺も泣くね」
「宣言してからなんて、新しいね」
くすくすと笑い、髪を撫でる。
「涼佑、……すき」
「僕も」
「好きだよ」
「うん、はる、大好き」
「俺の方が大好き」
「はるが素直に返してくれるの、初めてかも」
いつも恥ずかしがって顔を俯けてしまっていたから。
暖人の髪をツンツンと引っ張ると、条件反射で顔を上げる。
「はる……」
涙で濡れた頬に手を添え、そっと唇を重ねた。
軽く触れるだけ。それを暖人も真似して唇をくっつけた。ただ触れ合うだけの、じゃれ合うようなキス。
この世界では咎められる事も嫌悪される事もない。こうして触れ合う事が出来るなんて……。互いの瞳から、また涙が零れた。
どちらともなく唇を離すと、また抱き合って互いの体温に頬を擦り寄せる。
暖人を抱き締めたまま、涼佑はぽつりと言葉を零した。
「ウィリアムさん、いい人だね」
まだ暖人が眠っている間にノックされてドアを開けたら、料理の乗ったワゴンだけが置かれていた。
銀色のディッシュカバーを取ると、どれも冷めても美味しく食べられるようなものばかりだった。
部屋もわざわざ好きに使って良いと言ったのは、ベッドを汚すような事も構わないということ。
暖人の事を好きだと言いながら、そんな気遣い。暖人を心から想っているのだと見せつけられたようだった。
「はるが望むだけ部屋に籠もってていいって。どうする?」
「……起きる」
「起きるの?」
「うん。起きて、また寝る」
「また寝るの?」
「寝ないけど寝るの。涼佑も一緒に」
子供のような口調になる暖人に、涼佑はくすりと笑った。
「起きるのは、ウィリアムさんの為?」
「……うん。ウィルさんとオスカーさん、涼佑のことずっと探してくれてて……。いっぱい迷惑かけて、お世話になったんだ。ちゃんと涼佑のこと紹介して、お礼を言いたい」
そこで暖人は目を瞬かせ、首を傾げる。
「……今日は仕事で夜にしか帰って来ないんだった」
「寝起きが悪いのも変わってないね」
ぽやぽやしてるの可愛いなぁ、と頬擦りした。
「じゃあ、帰って来たら話したいってメモ書いて、廊下に出しておこうか」
そこに置いて、とワゴンを指さす。
「ご飯置いてくれてたんだ。持ってくるね」
そう言って暖人の頭を撫で、ベッドから下りる。その後ろ姿に、暖人は目を瞬かせた。
体を起こして、もう一度目を瞬かせて首を傾げる。
「……涼佑、だよね?」
「そうだよ?」
「…………背、伸びたね……?」
ベッドの側までワゴンを運んできた涼佑の隣に立ち、見上げた。
元々涼佑の方が五cmほど高かった。だが今は、十cm以上高く見える。
「はるはここへ来てどのくらい?」
「えっと、四ヶ月くらい。その前に一ヶ月あっちで涼佑を待ったけど……でも、こんな……」
「四ヶ月……。だからいくら探しても見つからなかったのか……」
涼佑は呟き、納得した顔を見せる。
「僕は、一年半だよ」
「っ……」
「はるよりお兄ちゃんになっちゃった」
記憶の中と変わらない暖人の姿に、そっと目を細めた。
暖人の成長を見られなかったのは五ヶ月分。まだあの頃と何も変わらない。
その事に安堵したなど、暖人には言えなかった。暖人も涼佑を一番近くで見ていたかった筈だから。
「っ……、ごめんっ……一年もひとりにさせたっ」
「はるのせいじゃないよ。思った通り、時空が歪んでたんだ。異世界らしいよね」
抱き締め、暖人の背をぽんぽんと撫でる。
「何年だって待ってたよ。はるは絶対来てくれるって、知ってたからね。はるにまた会えるって、ずっと信じてた」
「うんっ、俺、涼佑がいないと生きていけないからっ……涼佑が、俺の世界だからっ……」
「うん、僕にははるが世界だよ」
先に落ちたのが暖人だったとしても、同じ事をした。
互いのいない世界では生きていけないのだから。
「でも、はるは二度と会えないかもって不安になって泣いちゃうから、早く会いに行かなきゃって思ってた」
「うんっ……」
「僕がいないと、はるはすぐ悪い方に考えちゃうからね」
「うんっ、おれ、涼佑がいないとだめなんだっ……」
「はる。これからも、ずっと一緒にいようね」
暖人はコクコクと頷き、涼佑に縋るように頬を擦り寄せた。
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