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ハルトの側にいて欲しい
しおりを挟む「……などと、言ってはみたが……」
「何発か殴っても良かっただろ」
「それでハルトに出て行かれたらどうする……」
「奪い返せばいい」
「それでハルトの気持ちがすっかり冷めていたら……」
「また振り向かせればいいだろ」
「リョウスケがいる今、それが出来るか……?」
ウィリアムはすっかりネガティブになっていた。
突然涼佑が現れた事もだが、目の前で暖人が自ら飛びつき、名を呼びながらぐりぐりと擦り付いていた事にもショックを受けた。
暖人は自分にはあんな風に甘えてくれない。やはり涼佑でなければ駄目なのか、と。……駄目なのかもしれない。
突然の事で驚いた。ショックも受けた。
だが、暖人が涼佑に再会出来た事を心から嬉しく思う。これでもう暖人が泣く事も苦しむ事もない。良かった。本当に……。
「本当は、あの部屋には入れたくなかったんだ……。俺たち三人だけの場所にしておきたかった……」
暖人の事を想うがゆえに、安堵と嫉妬が入り交じる。
「だが……、ハルトを大切にしている事を、彼に見せつけたかった……」
顔を覆うウィリアムに、オスカーはクッと笑った。
「良くやった」
実際涼佑は内心では驚いていた。
屋敷の主人と同じ階で、それも角のあまりにも広々とした部屋。ウィリアムが暖人をどれほど大切にしているか、それだけでも充分過ぎる程に感じたのだ。
「……俺は酷い事をしていないか? 彼が何故ここを知ったかなどと質問責めにもしてしまったが」
「そうか。良くやった」
「彼もずっとハルトに会いたかっただろう……」
「そうだろうな」
涼佑を実際に目にした時、暖人を探せずにいたのではないと確信した。
落ち着いて見せているのではなく、暖人がここにいると確信した顔だった。
知りながら、会いに来られなかった。
会いたくても会えなかった。
内戦の中にいたとすれば、その渦中にいた事も、国を見捨てずにいた事も、尊敬に値する。暖人を守る為に姿を隠した事もだ。
それが事実なら、涼佑に対しても優しく接するべきだろう。
だが暖人が不安で泣いて傷ついていた事も事実。それに関しては一、二発くらいは殴ってやりたい。
「それでもお前がした事を褒めてやる。これだけ大事にされていると知れば、アイツも無理にハルトを連れ出す事はしないだろ」
こんなところ出て行こう、とは言えないはず。第一印象は完璧だ。
やはり自分が出て行かなくて良かった。
「……それでも、ハルトが彼について行くと言ったら」
ウィリアムは項垂れたまま呟く。
仕事や戦闘では鋼のような精神力を構築しているが、本気の恋愛に関しては、経験で言えば初心者。昔の気の弱さがここ一点に集中しているらしい。
気持ちは分かるのだが、子守りか、とオスカーは小さく息を吐いた。
「お前はハルトの事を諦めるのか?」
「出来る訳がない」
「だったらその情けない面を上げろ」
「……ああ」
顔を上げると、オスカーは平然としていた。
「やはり君は強いな……」
「懸念くらいはしているさ。だが俺は、アイツの覚悟を信じている」
「……そうだな」
そっと胸元に触れる。
暖人の想いと覚悟が、ここにある。涼佑だけが自分の世界で生きる意味だと言った暖人が、ずっと側にいたいと言ってくれた。その覚悟が。
ウィリアムはそっと息を吐いた。
「二人が出て来たら、リョウスケを説得するよ」
「ああ、俺もだ。それに、ハルトもそう言っていた」
「そうか。それなら心強いな」
「アイツの頑固さは人一倍だからな」
そう言って口の端を上げる。
暖人の願いが叶って良かった。これでもう、暖人は苦しむ事も悲しむ事も独りでこっそり泣く事もない。その後に何事もなかったように笑う姿を見る事も。
これで、暖人をこの場に繋ぎ留める理由はなくなった。恋人という理由以外には。
泣きながら涼佑に縋り付く暖人を見た時、不安にならなかったとは言わない。だが自分たちは涼佑の代わりではないと、暖人の覚悟と気持ちを信じている。
「アイツの事を、俺たちが信じなくてどうする。欲しいものを手に入れられるのも、未来を変えられるのも、自分だけだろ」
独り言のように零すオスカーに、ウィリアムは静かに頷いた。
「俺は諦めないからな」
「俺もだよ。……君がいてくれて良かった」
「ああ。……」
「俺もだ、とは言わないのか」
「お前とそんな雰囲気になってもな」
「そうだな。俺も困るよ」
「なら言わせようとするな」
肩を竦めるオスカーに、ウィリアムは苦笑する。
本当に彼がいてくれて良かった。そうでなければ、不安なあまり部屋に乱入して暖人を連れ出していたかもしれない。連れ出して、地下にでも閉じ込めていた。
それこそ暖人に嫌われて憎まれてしまいそうな事を。
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