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有栖川 涼佑

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 暖人はるとがモッル食材の店から戻ったのは、それからすぐの事だった。

「ハルト様!」

 屋敷へ入るなり、マリアが血相を変えて駆け寄ってくる。

「マリアさんっ? そんなに慌ててどうしたんですかっ?」
「ハルト様っ……」

 メアリもいつもの笑顔を消し、泣きそうな顔をしていた。

「何があった?」
「ウィリアム様っ……、……リョウスケ様がっ……リョウスケ様が、こちらにっ……」
「第一応接室でお待ちいただいておりますが……」

 二人の震える声に、暖人は弾かれたように駆け出していた。



 玄関ホールを右に曲がって、すぐの部屋。
 ノックも忘れて、勢いのままに扉を開いた。

「っ……」

 暖人は扉の前で息を呑む。
 ソファに座った人物は、少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
 そして……。

「暖人」

 立ち上がった彼は、そっと目を細め暖人を見つめる。
 穏やかな笑顔。
 淡い黄色を帯びたエメラルドの瞳。
 目元に軽く掛かる、ブラウンベージュの髪。

「りょう、すけ……?」
「うん、涼佑りょうすけだよ。暖人」
「涼佑……なの……?」
「そうだよ、はる」

 穏やかな笑みをたたえたまま、暖人に向かって両手を広げる。

「この世界では、飛びついても平気だよ。……おいで、はる」

 小さく首を傾げる仕草。いつもみたいに、優しく笑って。

「っ……」

 弾かれたように駆け寄り、その腕の中に飛び込んだ。

「涼佑っ……、涼佑っ、会いたかったっ……ずっと、ずっと会いたかっ……」

 ぼろ、と涙が零れる。

「僕もだよ。ずっと、暖人に会いたかった。会いたかったよ、はる」

 腕いっぱいに抱き締め、髪に顔を埋める。
 この柔らかさも、甘いにおいも、体温も、何も変わっていない。
 こうなる為に生まれてきたように、ぴったりと馴染む感覚。まるで、失った半身が戻ってきたように。

「またはるに会えるって、信じてたよ」

 泣きじゃくる暖人を抱き、静かに涙を流した。





 長い時間が経ち、ふっと涼佑の腕に重みが増す。

「泣き疲れて寝ちゃうところ、変わってないな」

 暖人をソファに座らせ、自分に凭れさせてそっと目元にキスをした。
 髪を撫で、愛しげに見つめる。
 眠っていても暖人の手は、涼佑の服の裾をしっかりと掴んでいた。

 その様子を、ウィリアムは表情なく見つめる。そして、涼佑へと声を掛けた。

「宿泊先は決まっているのかい?」
「いえ、暖人の事を聞いて真っ先にこちらに伺ったのでまだ」
「それなら、ハルトの部屋に滞在出来るよう準備をさせよう。ハルトも、君と離れたくないだろうからね」

 ついておいで、と言ってウィリアムは部屋のドアを開ける。
 涼佑は、良いのかと問う事はしなかった。ただ礼を述べて暖人を抱き上げ、ウィリアムの後に続いた。



 暖人をベッドへと下ろし、額にかかる髪をそっと払う。その姿を、ウィリアムはただ表情なく見つめた。

「君、少しいいかい?」
「はい」

 ウィリアムに促され、涼佑は廊下へと出る。

「ご挨拶が遅くなりました。有栖川 涼佑と申します。今まで暖人を守っていただき、心から感謝致します」
「ウィリアムだ。ハルトを守っていたのは、俺の意思だよ」

 ウィリアムに笑顔はない。ただ静かに涼佑を責めている事は伝わってきた。

「ウィリアムさんは、暖人の事が」
「ああ、好きだよ。だが、君と引き離すつもりはない。それをハルトは望んでいないからね」

 暖人の為だと言い切る。
 その真っ直ぐな視線に、涼佑は一瞬息を呑んだ。

「君は、何故俺がハルトを守っていたと知っているんだ?」
「お屋敷の皆さんが、僕を見て戸惑った顔をしていたからです。それなのに手厚くもてなしてくださるのは、暖人が僕の事を話したからですよね。皆さんで、暖人の事を大切に守ってくださっていたんでしょう?」

 動揺もせずそう話すのは、真実か否か。

「何処で暖人の事を聞いた?」
「街の人からです。この街についてすぐに暖人の行きそうな店の人に訊ねたら、色素の濃い少年がウィリアムさんと一緒にいるところを見たと聞きました。それで、もしかしたらと思って」

 淀みなく答える涼佑を、ウィリアムは見据えた。
 嘘をついているようには見えない。そう、見せているのか。


「続きはまた明日話そう。今は、ハルトの側にいて欲しい」

 ウィリアムはそう言って僅かに視線を伏せた。
 だがすぐに涼佑を見据え、皆に見せる穏やかな笑みを浮かべる。

「部屋は好きに使ってくれていいよ。ハルトが望むだけ籠もっていていい。部屋には誰も入れないようにするよ。食事と君の分の服は、部屋の前に用意させる」
「……ありがとうございます」

 涼佑が礼を述べると、ウィリアムは笑顔のままで踵を返し、階下へと下りて行った。


「……あれが赤の騎士団長か」

 涼佑はぼそりと呟く。
 リグリッドで聞いていた通り、物腰が柔らかく聡明な雰囲気がある。だが、静かに責めるところは少し自分に似たものを感じて複雑な気分になった。

 部屋へと戻り、赤くなった暖人の目元にそっと触れる。

「はる……」

 使用人たちの反応で分かった。暖人はこの屋敷で大事にされて、皆に愛されている。
 門番も護衛も、侍女もメイドも、こっそりと様子を見に来たコック服の者も、皆平静を装いながらも不安げな顔をしていた。中には僅かな敵意を感じる者もいた。

 それはつまり、暖人を連れ帰るかもしれない涼佑に対する不安と敵意。暖人が、愛されているという証拠。
 それでも皆が追い出すでもなく丁重に接したのは、暖人が涼佑の事を大切な人だと話していたからだろう。

 こんな立派な部屋を与えられ、大切に守られていた。


「だから誰とも話させたくなかったのにな」

 暖人は無邪気で優しくて聡明で、人を惹き付ける力がある。だから元の世界では誰も近付けさせなかった。自分だけのものでいて欲しかったから。
 それなのに……。

 ウィリアムの顔を思い出し、眉間に皺を寄せる。
 彼の言動に、大人の余裕と、暖人への深い愛情を思い知らされた。

 追い出すなり責めるなりしてくれれば暖人を連れて出て行けたというのに、それを見越してこの部屋に通した。
 ……何だか、負けた気分だった。

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