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ブライス
しおりを挟む「ハルカのことまだ忘れられませんけど、俺がうじうじしてたらきっと彼女も怒るから……」
そう言いながらチラチラと窺う素振りをするキースに、暖人はズイッと詰め寄った。
「あの、俺は暖人と言います」
「あっ、ブライスと言いますっ」
ブライスというのは勿論偽名だ。リグリッド南部に多い一般的な名前だった。
「ブライスさん。出来たらもう少し、お話をさせて貰えませんか?」
「えっ、いいんですかっ? こちらこそお願いしますっ」
手を差し出すと、暖人はその手を取ろうとする。だがオスカーに阻まれた。
「えっ、俺、怪しい者じゃ……もしかしてお二人は、ハルト君の恋人で……?」
「それを知ってどうする?」
「えっ」
「まさか、ハルトを狙っているのか?」
「違います違います!」
「オスカーさん、怖がらせたら駄目ですって」
睨むオスカーを制して、暖人がキースに謝る。
……チョロい。
日本の名を出しただけで、警戒心もなく受け入れた。これがあの涼佑が溺愛する相手。あまりにも頭が悪すぎないか。
キースには、暖人が涼佑に想われる価値のある人間だとは思えなかった。
「ハルト。それより、知らない人と話したら駄目だろう?」
「他の奴に気を許すなと言った筈だ」
「すみません。でも、話をしたいんです。お願いします」
何度咎められても、暖人は聞かない。
そのうちに、キースは悟った。
……分かった。ハルトちゃんは、赤ん坊だ。
馬鹿だとか天然だとかではなく、駄々をこねる姿とそれをあやす二人の姿が、あまりにも親子。
赤ん坊だと思えば怒りも収まる。
良く考えればそうだ。あの涼佑が大事にしまっておいたなら、俗世を知らない無垢な赤子にもなるだろう。
もしかしたら、暖人がそうだから涼佑が守っていたのではなく、涼佑がそうなるように育てたのでは……。あの軍師様ならやりかねない。
そう考えれば不憫に思えると同時に、もう子供が駄々を捏ねているようにしか見えなくなってしまった。
……実際の暖人はそう赤子でもないのだが、ゆるふわなところが前面に出ている今の暖人を見たキースは、そう納得したのだった。
「あのっ、無理言ってすいませんっ。今日は帰ります。また……明日とか、来てもいいですか?」
「駄目だ」
「オスカーさんっ」
ウィリアムは暖人を制し、オスカーは暖人とキースの間に立つ。あまりにも鉄壁。
「あのー……ハルカに似てても男ですし、そういうのじゃないんで……」
「ほらっ、やっぱり! 俺がそんなにモテるはずないんですからっ」
「ハルトが好かれない筈ないだろう?」
真顔で言う赤のトップに、この国の護りは大丈夫か? と他国の事情ながら心配になる。この溺愛っぷり、何気に重大な秘密では。
「ええっと、すいません、俺、ハルカ以外なら巨乳美女じゃないとちょっと……」
「なるほど。ウィル、希望に合う女を紹介してやれ」
「そうか、それならハルトに手を出す暇もなくなるな」
この二人、この国の剣と盾のそっくりさんか? キースは内心で本気で訝った。
リュエールの至宝だとか言われている人物が、この緩さ。一体どうした。
「出来たら黒に近い髪と目で、ロングヘアで肌が白くて身長ちょっと高めで、気が強くて意外と一途で真面目なのに少しえっちなスレンダーめの巨乳美女でお願いします……!」
事前に考えていた“ハルカ似の美女像”を語ると、二人は揃って、身長高めならハルトとは違うな、とそこに反応した。
(美少女ゲームの優等生キャラみたいな人が好きなのかな……)
暖人はたまに見かけた動画を思い出し、根強い人気があったもんな、と少し懐かしく思ったのだった。
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