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数日後

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 皆さん、お気付きだろうか。

 俺、新名暖人にいな はるとは、あの街での浄化以来、何の活躍もしていないのである……。


「完全にニートでヒモなのである……」

 ぼそりと呟き、読んでいた本を閉じる。

 食材が届いた日に、白米と味噌汁と煮物は作った。
 独特な香りに最初は戸惑いながらも、ウィリアムもオスカーも美味しいと言っておかわりまでしてくれた。
 二人の分を作った後に、屋敷の皆の分も作った。
 料理長に米の炊き方や出汁の取り方も教えた。

(それ以来、何もしていないのである……)

 両手で顔を覆い天を仰ぐ。

 朝は遅めに起きて美味しい朝食をとり、その後は図書室に籠もって本を読み漁り、時にはティアやマリアやメアリと中庭で優雅に昼食、散歩、そしてまた図書室へ。
 夕食後は借りてきた本を読み、ウィリアムが帰宅後、抱き枕になり就寝。

「ペットかな……」

 顔を覆ったまま唸る。

 夕食だけは毎日和食を一品作らせて貰っている。
 最初は怪我や火傷をするのではとウィリアムがハラハラしていたが、料理長からのお墨付きを貰い、毎日厨房に立つ事を許された。
 それに野宿の時とは違い、今は秋則あきのりから貰った万能薬がある事も安心材料になっているらしい。暖人としてはそんな事で使うつもりはないが。

 後はゴロゴロダラダラしている。
 平和なのは良い事だが。


「このままじゃ駄目になる」

 暖人は立ち上がった。
 外で働く事は許されなくとも、この屋敷で働くくらいは許されるかもしれない。
 いや、せっかく浄化の力があるのだから、病院や教会で働かせて貰えるようお願いを……。

「浄化したら染め粉落ちるんだった……」

 黒髪丸出しで救世主だとバレてしまう。ガクリと項垂れた。
 せめて以前のように過去を見る力があれば、何か役に立てたかもしれないのに。
 やはり屋敷で働かせて貰えるようウィリアムにお願いしてみよう。



 ……と、決めたその晩。

「駄目だよ」

 即答だった。

「料理だけでも心配なのに」
「もう子供じゃないので、掃除や雑用で怪我をするようなことは」
「それでも、もしハルトが怪我をしたらと思うと仕事にも身が入らないよ」

 うっ、と呻く。仕事の邪魔になるのは避けたい。

「でも、仕事もせずにダラダラしてるのが申し訳なくて……」
「ハルトはここにいてくれるだけで充分仕事をしてくれているよ」
「それってペッ……いえ、じゃあせめて、ウィルさんが欲求不満にならないように」
「嬉しいけれど、それは恋人の仕事ではないかな」
「そうですか?」
「義務でするものではないだろう?」
「そうですけど……」

 シュンと肩を落とす。
 大切にしてくれるのは嬉しい。だがやはり、何もしていないのは不安にもなるのだ。

 あまりにもしょんぼりとする暖人に、ウィリアムは胸を押さえた。
 暖人の悲しむ顔を見ると胸が痛む。自分のいないところで怪我をしたらと思うと心配で仕方がないのだが……。

「分かったよ。ノーマンに安全な仕事を選んで貰うから、皆の言う事を良く聞いて、無茶はしないこと。守れるかい?」
「っ、はい!」

 パッと笑顔になる暖人に、また胸を押さえた。今度はあまりに可愛くて。

「ウィルさん、ありがとうございます」

 無邪気に喜ぶ顔が子供のようで愛くるしい、というのに、額に落ちるはずだったキスはつい唇へと落としてしまった。





「という事があってね」
「アイツは本当に働き者なんだな」
「ああ。元の世界では学業の後に仕事をしていたと嬉しそうに話していたし、……本当に偉い子だよ」

 うっと顔を覆って呻く。
 ウィリアムの気持ちも分かるが、何もしないと不安になる暖人の気持ちも分かる。
 ウィリアムの甘やかしは人を駄目にしてしまう。それに甘えて流されず己を決起出来る暖人は偉いな、と思ったオスカーも大概甘やかしていた。


「故郷の料理を食べた時のハルトを見たか? やはり元の世界が恋しいのだろうな」

 料理を口にした時、暖人は涙を零した。懐かしい、と言って。

「元の世界もだが、リョウスケが……だろうな」

 オスカーは苦々しく言った。
 西の情勢は逐一届けられている。今後の国の出方を決められる程の確実なもので、やはり赤の諜報は優秀だとオスカーは感心する。
 だが何故、涼佑りょうすけに関しては情報が錯綜しているのか。

 皇子側の本拠地と思われる場所に、茶色の髪に緑の瞳の者は何人も出入りしているという。
 だが暖人の言うような色味とはどれも違うと報告が来た。髪は染めているにしても、瞳の色が違うのだと。

「一時期はこの世界にいない可能性も考えたが、何故だろうな、今はアイツは西にいると信じている」
「俺もだよ。作戦に関わるところで動いている可能性があるな」
「ああ。それほどの力がありながら、ハルトに何の連絡も寄越さないとはどういう事だ? ……いや、気持ちは分かるが」
「今のハルトは私財もある……」
「目を離させるなよ」
「皆に良く言ってあるよ。ノーマンにも」
「それならまあ、安心か」

 二人は深い溜め息をつく。
 涼佑がいると聞けば、暖人はその瞬間に飛び出して行くだろう。
 早く会わせてやりたいが、それは安全なところでの話。今のリグリッドは暖人の想像も及ばない程に荒廃しているのだから。

「今日はお前のとこに泊まる」
「急だな。前と同じ部屋でいいなら」
「いや、ハルトのところでいい」
「それを俺が許すとでも?」
「アイツは俺のでもあるだろ」
「それは……」
「選ばれたからには今後は遠慮しないからな」
「君の本気はハルトにはまだ早い」
「お前が言うな」

 こんな言い合いをしながらも、二人は険悪になる事もなく暖人の取り合いと惚気を延々と語る。
 それは執務室に入ったラスが「団長さんがた、仕事してくださいよ」と苦笑するまで続いた。


 今夜二人に挟まれて眠る事になるとは知る由もない暖人は、布巾片手に楽しげに食器を拭いていた。午後は掃除だ、とウキウキとして。

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