95 / 168
三つの箱:オスカー4
しおりを挟む「待ってろ」
オスカーはそう言ってベッドから下り、必要な物を揃えて戻ってきた。
桶に張った湯で暖人の手を綺麗に洗い、クローゼットから出した新しい服を着せられる。
下着まで淡々と着替えさせられ、この世界での恋人同士はこれが普通なのかもしれないと暖人は思ったのだが、実際はそんな事はない。オスカーのこれは、過保護の延長だった。
全て片付けて戻ってきたオスカーは、自分の手で綺麗になった暖人を見て満足そうな顔をする。
「オスカーさんって、けっこう世話焼きです……?」
「お前にだけな」
「そ、ですか……」
「それだけ特別なんだと自覚してくれ」
「特別……」
言葉でもグイグイ来られて、思わず俯いてしまう。
それに今まさにあんな事をしたばかり。一気に顔が熱くなり、オスカーに見えない程に顔を伏せた。
だが、そうだ。オスカーの屋敷では、暖人の頭を撫でただけで執事が倒れそうな程に驚いていた。
そのオスカーが甲斐甲斐しく世話を焼き、着替えまでさせるなんて。
「……俺、思ってるよりオスカーさんに好かれてる……のでしょうか」
「そう言ってるだろ。自信を持て」
「……そうですよね。最初の頃からしたら、今のオスカーさん、俺のこと大好きすぎるくらいですよね」
真顔で納得する。
出逢ったあの頃には、こんな関係になるとは露ほども思わなかった。人生何が起こるか分からない。
「でも前みたいに、俺の駄目なところをはっきり言ってくれても助かります。何故かみなさん俺に過保護過ぎますし」
「それはお前が世話焼きたくなる顔してるからだろ」
「どんな顔ですか」
「こんな顔だな」
と言って、俯いているというのに、頬を両手でむにむにと揉まれる。
「顔関係ないりゃないれすか」
「突然飛び出して行って無理をするからというのもあるな。それと、成人前の子供に見えるから、ぼんやりしていそうに見えるから、か」
「それただの子供じゃないですか……」
完全にただの子供。過保護になって当たり前な気がしてくる。いやいや、流されては駄目だ。
拗ねた声を出す暖人を、オスカーはそっと目を細め見つめた。
「後は、そうだな。お前は周りへの気遣いも出来て、何も求めずに与えられても遠慮をするから、余計に与えてやりたくなるんだろうな」
突然口調が変わり、褒めるように髪を撫でられる。
もう充分すぎるほど貰ってるからです、と言うと、そういうところが与えたくなるんだとオスカーは小さく笑った。
「さて、と。後はウィルを呼んで、殴られる前に誤解だと説明するだけか」
「さすがに殴られは……」
「この状況を見てもか?」
示されたベッドはシーツが乱れた形跡が消しきれず、バスルームには濡れたタオル、暖人は新しい服に着替えている。
過保護代表のウィリアムなら、オスカーが最後までしないと信じていても、咄嗟に誤解して殴らないとも限らない。怒らせたくない相手だとオスカーは苦笑した。
「俺がウィルさんにしたのと同じことをしたって言います」
「それなら怒るに怒れないな。頼むぞ」
「はい」
素直に頷く暖人の頭を、また褒めるように撫でた。
「ウィルに服も借りたいしな」
「服? ……あっ、すみませんっ」
俯けていた顔を上げると、オスカーの白いシャツには暖人の出したものが染みを作っていた。
「脱いでくださいっ」
「拭いたからいい。脱いだらますます顔を見なくなるだろ、お前」
「っ……、そうですね」
脱がそうと手を掛けてしまい、シャツの胸元から見える筋肉にハッとして手を離す。
(オスカーさんの裸は、俺にはまだ早い……)
男の色気が溢れすぎている今は、特に。
「そのくらいで赤くなるくせに、ウィルとは何故そんな事になった?」
「そんな事……。あの、お話した通りで……。あと、人種というか世界の違いを感じてつい気になったのもあり……」
そんな気持ちがほんの少しあった事を否定出来ない。
もごもご言う暖人を、呆れたように見つめた。
「世界も何も、男についてるモノは同じだろうが。お前はこれからは、その場で襲われる事を前提に行動しろ」
「うっ、当たりが強い」
「はっきり言って貰いたいんだろ?」
「そうでした」
「理解が早いな」
「貴重なご意見ありがとうございます。言い訳すると、同じ男としてそうされる方がいいのかなって思ったのもあるんです」
「だとしても、手でもいいだろ」
「え?」
キョトンとする暖人に、オスカーは頭を抱えた。
暖人の無茶や突飛な言動には大体慣れたと思っていたが、なんだこれは。未知の生物か。
「恋人になった途端に一人で抜いてきてって言われるの、俺なら悲しいから、咄嗟にしてしまいました」
「なるほど、それなら理解出来る」
「口の方が嬉しいかなと思いましたし、そういうことです」
そう纏めようとするが、それで真っ先に口でするという思考になるのはやはり理解出来ない。それも、オスカーにまで。
「これからはウィルにしたからといって、俺にも同じ事をする必要はないからな。お前がしたい事だけをしろ」
したいと思ってしたんですけど、と言い掛けて、口を噤んだ。これも煽るなと言われるのだろうか。
それに、オスカーの気遣いを感じ、おとなしく従う事にする。煽らないような事をと思案して。
「したいことというか、して貰いたいことなんですが」
オスカーの手を取り、頭に乗せる。
「いっぱい撫でて欲しいです。……駄目ですか?」
子供っぽくて恥ずかしいがこれなら、と窺うように見上げると、オスカーはぴたりと動きを止めてから「煽るな……」と呟いた。
77
お気に入りに追加
1,812
あなたにおすすめの小説
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。


新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる