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三つの箱:オスカー
しおりを挟む「何かあったら執務室にいるからね」
ウィリアムはそう言って部屋を出て行った。
「ウィルはどうした?」
暖人と二人きりにするのに、あんな笑顔で出て行って。
振り向くと、暖人は何故かそわそわしている。そわそわしたままオスカーをソファに座らせ、クローゼットをゴソゴソと漁り始めた。
そしてオスカーの元へと戻り、目の前に立つ。だがすぐに隣へと座った。オスカーを見下ろすのは何故かいけないような気がして。
「ウィルさんにはもうお渡ししたのですが」
「ああ、あれか」
「はい。その……、今まで守っていただいて、特に死者の件や街の浄化の件では大変ご迷惑をおかけしました。こちら、今までのお礼です」
「やり直しだな」
「えっ」
「上納品か」
「た、たしかに……」
これでは上納品、いや、お詫びの品だ。
慌てて箱を手元に引き寄せ、言葉を考える。
「えっと、オスカーさん……」
「ああ」
「今まで守ってくださって、ありがとうございました。それから……」
ちらりと見上げると、予想に反して穏やかな瞳とぶつかる。
オスカーとしては、自分の為に一生懸命に言葉を紡ぐ暖人が愛しくてたまらなかった。
普段とは違う甘く柔らかな瞳。そんな瞳で見つめられては、考える事など出来なくて。
「……俺、オスカーさんのことが好きです」
零れたのは、シンプルな言葉だった。
「覚悟を決めたんです。俺は、これからもオスカーさんとずっと一緒にいたいです。俺を、オスカーさんの恋人にしてください」
受け取ってください、と開けられた箱。
その中身をそっと手に取り、指先に触れる感触からプレートを裏返す。
「……驚いたな」
オスカーは呆然としたように呟いた。
「もっと先だと思っていた」
これはただのお礼の品だとばかり。
まだ自分の事は受け入れる程には好きになっていないとばかり。
金と黒の石を指先で撫で、視線を落としたまま呟く。
「ウィルにはもう言ったのか」
「はい」
「どうりで余裕顔だったわけだ」
自分が既に選ばれているなら、この状況を許したのも納得出来る。
「リョウスケの事は?」
「……すみません。諦められないです」
「それでいい。それがお前だからな。それに、アイツを納得させるのは俺の役目だ」
「いえ、俺が涼佑を説得します。俺が……涼佑じゃない人を、好きになったから」
苦しげに零れる声。それでも暖人は顔を上げて真っ直ぐにオスカーを見つめていた。
涼佑が暖人を許さず、憎まれる可能性も、離れていく可能性も考えただろう。それでも、この決断をした。オスカーを受け入れる覚悟を決めたのだ。
それはもう、運命も共にする覚悟というもの。
「一緒に説得するか」
そう言って頭を撫でると、暖人は安堵したように笑い、コクコクと頷いた。
「あの……、ウィルさんのこと、怒ってませんか?」
「ああ。ここは生まれた頃から重婚が可能だからな。想う相手に別の相手がいるのは珍しい事じゃない。今は三番手でも、お前に選ばれただけで充分だ」
三番手? と暖人は首を傾げた。
「俺としては、みんな一番なんですけど……。ティアさんが、想う気持ちがあればみんな一番でいいって……」
「……そうか。アイツもいい事言うようになったな」
「いつも言ってくれてますよ」
ついくすりと笑ってしまった。
昨日とは随分違い、普段通りに話せている。
それも、ウィリアムの事は胸の奥からじわじわ暖かくなるような好きだが、オスカーの事は情緒なく「好き!」と言いたくなる好きだからだ。とはいえ、やはり恥ずかしいから言わないけれど。
そもそもオスカーはウィリアムのように嬉し泣きをしてくれたりは……。
「……オスカーさん、実は嬉しいって思ってくれてます?」
「まあな」
「そうですか。安心しました」
暖人はにこにこと笑う。泣いたりはしないが、オスカーの口元は今までで一番嬉しそうに弧を描いていた。
「不安にさせたか。……悪い。俺がウィルのように分かりやすく喜べないせいだな」
「えっ、いえ、そんなオスカーさんも含めて好きですから」
「そうか。俺もハルトが好きだ」
「っ……、言いそうにないのにサラリと……」
「言わないと分からないだろ、お前は」
「まあ、そうですけど……」
「黙っていてウィルに勝てるとも思っていない」
「みなさん一番だって言いましたよね」
つい言い合いのようになってしまい、あまりにも普段通りの会話に、二人して苦笑してしまった。
せめて恋人らしく、とオスカーのネックレスを暖人の手で着けると、着けた瞬間にキスをされる。
ただ触れるだけのキスが終わると、暖人の胸元に手を入れ、光るものを指先で持ち上げた。
「お前のこれは、覚悟の証か」
「はい。説明する前に分かっちゃいましたね」
「この石を見ればな」
指先で石を撫でる。
「お前が覚悟を決めた事を、後悔はさせない。ハルト、俺はお前と運命を共にし、必ず守り抜くと誓う」
「っ……、オスカーさん……」
「騎士として、一人の男として、お前を守り、愛し続ける事を赦して欲しい」
凛とした声で紡ぎ、恭しく暖人の指にキスをする。
真っ直ぐに射抜く金の瞳。赦しを請うなど初めてだ。
「返事は」
「っ、はいっ……」
呆然としてオスカーを見つめていると、もう一度指にキスをされた。
慌てて頷くと何故か、オスカーはあまりにも嬉しそうに目を細めて。
「これで俺は正式にお前の騎士だな」
「………………はい?」
「前に王宮でやっただろ。あの時は約束だったが、今のは誓いだ。ウィルもやったんじゃないのか?」
「………………ぃ、です……」
「ん?」
「……されてない、です……」
それに聞いたこともない。
気まずい沈黙が流れる。
「……あのウィルが、か?」
「されてないです……」
「……舞い上がって忘れてたんだろうな。まあ、俺が先にお前の騎士になれたのは悪くはないな」
オスカーは一転して満足そうに言った。
暖人としては笑えない。庶民が正式な騎士を得てしまった。つまり護衛騎士という。そんな、王族みたいな。
「俺、庶民なんですけど……」
「関係ないだろ。騎士本人が認めればそれが主君だ」
「主君!?」
「何にしろお前は頷いただろ。約束は一方的なものだが、誓いは赦しを得て成立する。お前は俺を赦した。つまりお前が形式上の主君で、俺はお前に仕える騎士だ」
主君。仕える騎士。
このオスカーを従える……?
(無理がある……)
彼に命令など出来そうにないし、絵的にも自分が彼に仕える方が似合う。暖人は何とも言えない顔をした。
「知らないとは思わず、頷かせて悪かった。……とは思うが、撤回するつもりはないからな」
「その偉そうな感じ、逆に安心します……」
ホッと胸を撫で下ろすと、むにっと頬を摘まれた。どうやら騎士になってもこの関係性は変わりそうにない。
と、安堵したのも束の間。
オスカーの手が頬を撫で、また指先にキスをされる。
「俺がお前の盾であり剣だ。お前は周りを気にせず、思うままに進め。無茶をしても、俺が必ず守ってやる」
突然の騎士モードに、ひえっと悲鳴を上げかけた。ウィリアムならともかく、オスカーのこれは慣れない。
優しく頬を撫でる手。穏やかな眼差し。出逢った頃からは想像も出来ない程に甘い声と、言葉。
(むっ、無理でしたっ……)
覚悟タイムが切れた暖人は、顔を真っ赤にして俯いた。オスカーのこのギャップに耐えられる人がいるなら見てみたい。
ぷるぷると震える暖人の髪を撫で、そこにもキスをして。
「まあ、無茶をしすぎたら地下に閉じ込めるが」
「矛盾!」
盾と剣なだけに、と思ってしまった事は心にしまっておく。
両手で頬を伸ばされ、一気に元の雰囲気に戻ってしまった。いや、良かった。心臓がもたないところだった。
視線が合わないよう少しだけ見上げると、オスカーはいつもより嬉しそうに見える。相変わらず頬をもちもちと揉んではいるが。
男同士ならこのくらいサッパリしていて良いのかもしれない。……と思った側から不意打ちでキスをされる。
また真っ赤になる暖人を、オスカーは愛しげに見つめた。
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