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三つの箱:ウィリアム
しおりを挟む護衛という任務です。
翌々日の昼過ぎ、ラスはそう言って暖人の元を訪れた。
例の店まで送り迎えして貰い、暖人は無事にお礼の品……いや、贈り物を受け取る事が出来た。
同じく大変お世話になっているラスへのお礼は、彼の強い希望で今度一緒にスイーツ巡りをする事に決まった。
「高級感……」
屋敷に戻った暖人は、三つの箱をテーブルに並べ、ジッと見据える。
高級感溢れる水色の箱に白いリボンという元の世界のどこかを思い出させる色合いだが、リボンには銀色の文字が入っている。
中身が区別出来るようにとラスが指定した通り、リボンの端にはそれぞれW、O、Hと丁寧に刺繍が施されていた。
(……どう見ても、指輪)
手のひらに乗るサイズがまさにそれ。
三つ合わせて、今月分のお小遣い……いや、支給額ぴったりくらいの値段だった。
貴族の二人には自宅で普段使い程度の額だろうが、暖人にとっては、元の世界ではとてもではないが出せなかった額。
だがそれでも二人へのお礼には到底及ばない。そもそも金額を付けられない程にお世話になっているのだ。
「お礼……他に何が出来るかな……」
物だけでなく、行動でも何でも、二人の希望を自分に出来る精一杯で叶えていきたい。
これはまず第一段だ。自分なりに考え抜いて選んだものだが、二人は気に入ってくれるだろうか。
ジッ……と見つめ、ひとまず三つともクローゼットに隠した。
その日の夜。
何故かバスタブには大量の花びらが浮かび、上がるといつもとは違う絹のような手触りのパジャマが置かれていた。
上がってからも自分からふわりと甘い花の香りが漂い、何だか落ち着かない。
「あの、マリアさん、これって」
「まあ、思った通り良くお似合いです。お洋服にしようかとも思ったのですが、夜ですしやはりそちらの方がウィリアム様もお喜びになるかと」
「……」
「本当は私の手でハルト様を特別に綺麗に磨き上げて差し上げたかったのですけれど、いくら侍女とはいえ、先にハルト様に触れるなど」
「あの……違います」
「え?」
「違います。クローゼットのあれは、違うんです」
クローゼットに隠したものだから、洗濯物の整理やあれこれでマリアに見つかってしまったのだろう。あの箱はどう見ても“それ”だから……。
何とも微妙な空気が流れる。
「……お着替えされますか?」
「……何だかすみません」
「いえ、こちらこそ喜びのあまり早とちりをしてしまい、申し訳ありません……」
喜んでくれて申し訳ないし、がっかりさせて申し訳ない。
普段通りのパジャマに着替えると、マリアは「ご入り用の際はいつでも仰ってくださいね」と言って絹手触りのパジャマを名残惜しそうに持って出て行った。
暖人はソファに座り、背凭れに背を預ける。
(……もしかして、プロポーズとセットで初夜と思われたんじゃ……?)
ふと気付いてしまい、ゆっくりと両手で顔を覆ってからパタリと横に倒れた。
「恥ずかしい……」
マリアにそう勘違いされた事もだが、今の自分は、その為に甘い香りを纏っているという事。自ら抱かれる為の準備を……。
ガバッと起き上がり、パタパタと両手で自分を扇ぐ。少しは香りが飛んでくれないだろうか。
だがそこで不運にもノックの音が響き、慌てて返事をして扉を開けた。
「ただいま、ハルト」
「ウィルさん、おかえりなさい」
普段通り、と笑顔で返しながらも未だに直視出来ないままでいると、ウィリアムが顔を近付けてくる。
「いつもより甘い香りがするね」
「っ、マリアさんがお風呂に花びらを浮かべてくれててっ」
「何故慌てているのかな?」
「っ……、ウィルさん、近いっ」
顔を近付けられ、逃れようとすると腰を抱かれた。
「今日のハルトは、とても美味しそうだ」
「っ!」
耳元で囁かれ、びくりと跳ねる。首筋に髪が触れてくすぐったい。
「ウィルさんっ! もしかして、お疲れですねっ!?」
「今日はそうでもないよ。ハルトが美味しそうだからつい、ね」
「……ウィルさんは花びらを食べるんですか」
「食べないけれど、と答えておこうかな」
ふ、と笑うウィリアムに、やっぱり少し疲れているみたいだ、と思う。
今日渡すのはやめておくか、いや、まだ大丈夫そう。出来れば今日渡したい。
「あの、ウィルさんにお渡ししたいものがあるので、座っててください」
そう言ってウィリアムをソファに座らせ、クローゼットの中の箱を取りに行く。
それを背後に隠してウィリアムの元へ戻ると、愛らしい仕草だとばかりに目を細めていた。
「先に言っておきますが、指輪じゃないです」
「分かっているよ」
「えっと、……ウィルさん。今まで大変お世話になりました。大切にしていただいて、ありがとうございます」
ウィリアムの前に立ち、そんな事を言う。まるでお別れの言葉みたいだ、と複雑な気持ちになった。
だがウィリアムは何も言わずに穏やかに暖人を見上げる。
「俺なりに考えて選んだものです。気に入っていただけると嬉しいのですが……」
開けてください、と渡されたのは“それ”に見えてしまう箱。
もしかして、と丁寧にリボンを解き、箱を開けると。
「……ウィルさん?」
指先でそれを裏返したウィリアムは、箱をテーブルの上にそっと置く。そして、がばっと暖人に抱きついた。
「ありがとう、ハルト。最高のプレゼントだ」
座ったまま抱き寄せられ、体勢を崩した暖人はウィリアムを跨ぐようにソファに乗ってしまう。
「ベルトかカフスだろうかと思っていたよ」
「それもちょっと考えたんですけど、こっちの方が喜んでくれるかなと思いまして」
「ああ、とても嬉しい……。俺と君の瞳の色だろう? いつでも君を側に感じられそうだよ」
そう言葉にされると何だか気恥ずかしい。だがこんなにも喜んで貰えて自分の方が嬉しくなった。
もうすっかりウィリアムの膝の上に乗る体勢で抱き締められ、髪や額、頬にたくさんのキスが落ちる。
「それで、あの……。俺も、形は違うんですけどお揃いで……」
「お揃いか。ますます嬉しいな」
ウィリアムは頬を緩める。テーブルの上の、暖人の背に隠れる位置のそれがそうだろう。
「俺のは、思い出としてのもので」
「思い出?」
「ラスさんが勧めてくれたんです。この世界に来てからの日々を思い出す、思い出になるものがあってもいいんじゃないかと」
ここで他の男の名が出るのは面白くないが、暖人はラスを兄のように思っている。仕方がないと思う事にした。
そこで暖人はウィリアムの膝から下り、隣に座る。
「俺、この世界に来た時、本当はすごく不安で、寂しくて、悲しくて。でも、その日から今までずっと、ウィルさんは俺を大切にしてくれて……。これは思い出と、今日までの区切りとして作ったんです」
箱を取り、中のネックレスを取り出す。
「俺、もうウィルさんに甘えるのはやめました。これを作ると決めた時に、その覚悟を決めたんです」
一度視線を落としてから、ウィリアムを真っ直ぐに見つめ、ふわりと暖かな笑顔を浮かべた。
「涼佑を諦めることは、やっぱり出来ませんが……。でも、ごめんなさい。俺は、これからもウィルさんと一緒にいたいです。ウィルさんの想いに、応えたいんです」
「っ、ハルト……、それは……」
「今度はちゃんと、本当の気持ちです。俺、ウィルさんのことが好きです」
「っ……」
その言葉が届いた途端、ぼろ、と空色の瞳から涙が零れ落ちた。
「っ……、すまない、これは……」
慌てて片手で顔を覆う。まさか、この場面で。
だが止めようにも止まらない。やはり自分はあの頃から少しも変われていないのだ。昔のまま、弱いまま。
暖人の顔を見るのが怖い。声を聞くのが怖い。暖人は拒絶などしないと今は分かっているのに。
突然泣き出し俯くウィリアムに、さすがに暖人も少し驚いた。だが。
「ウィルさんが泣くと、青空から雨が降るみたいで綺麗ですね」
晴れ渡る空から溢れて零れる透明の雫。空の色を映すようでとても綺麗だと思った。
もっと見たい気持ちを抑え、ウィリアムを抱き締める。いつもしてくれるように髪を撫でると、暫し躊躇ってから、ぽすっと肩に重みが加わった。
「君は無意識に口説いてくるから恐ろしいな」
諦めたようにそっと息を吐いた。
「こんな情けない姿、幻滅してはいないかい……?」
「幻滅どころか、嬉しいです。いつも大人で余裕たっぷりでかっこいいウィルさんが、泣いちゃうくらい俺を好きでいてくれる……と、自惚れてしまって……」
「自惚れではないよ。……泣いてしまうくらいに、君の事が好きだ」
暖人の肩口で、本当はこんな姿見せたくなかったのに、と呟く。
完璧な王子様で頼りがいのある騎士様の弱った姿も涙も、暖人にとってはもっと好きになる要素でしかないのに。
それに、こんなにも想ってくれる事が、突然返した気持ちを疑いもせずに受けとめてくれた事が嬉しくて、側で揺れる白金の髪に気付かれないようそっと唇を触れさせた。
「そんなウィルさんも好きですよ」
「……ハルト、これ以上泣かせないでくれ」
ウィリアムは困ったように笑った。
ずっと欲しかった言葉だ。それに、暖人から抱き締めてくれるなんて状況、涙腺が緩んでしまう。
苦笑しながら何とか涙を抑えて体を起こすと、その潤んだ瞳に、暖人はまた綺麗だと言う。
無意識に零れる言葉。自分よりも暖人の方が人たらしなのではと困ってしまった。
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