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文化の違い
しおりを挟む……といった具合に、私財を手に入れたのだ。
オスカーが盗賊討伐に赴いた際に、真っ先に流行病を鎮めた功績として秋則にも褒美の話をした。
すると何度か辞退しながらも、最後には大量の茶葉と薬草を所望したのだという。薬を作る材料と、研究の為に。
報告を受けたテオドールは「ハルトの世界の者は皆謙虚で少々変わっておるな」と言いながら、今後定期的に彼の元へ希望の物を届けるよう指示をした。
そう高価でもなく嵩張る草類を功績分一度に渡そうとすると、あの森では置き場に困るだろうからと、オスカーが進言したのだ。
暖人は手元の用紙を見つめた。
「……味噌汁の材料を手に入れた」
ぽそりと呟く。とてもRPGっぽい。
「ミソシル?」
「はい。さっきの味噌を使ったスープです。乾燥した小魚や海草から出汁をとって、味噌を溶かして作る味噌汁という名前で。俺のいた国では頻繁に食卓に並ぶような一般的な料理なんです」
そう語る暖人は、やはりウィリアムと視線を合わせられなかった。
「お口に合うか分かりませんが、俺の育った国の料理をウィルさんにも食べて貰えたら嬉しいです」
頑張って作りますね、と笑う暖人の横顔に、ウィリアムはそっと口元を押さえた。
暖人の手料理が嬉しいのは勿論だが、育った国の料理を食べて貰いたい、と……。それはこの国では、他国から嫁ぐ者が言う言葉だ。
「文化の違いというのは素晴らしいものだね」
「そうですよね。俺もこの国で初めて食べたものも多くて、どれも美味しくて」
嬉しそうにする暖人を見ると、ますます頬が緩んでしまう。こうして一緒に買い物をしていると、まるで新婚のようだ。
「あとは、新鮮な卵が欲しいです」
「それなら、屋敷にあるもので良いと思うよ。毎朝近くの農場から届けて貰っているからね」
まさかの産みたて。どうりで美味しいはずだ。
「それもハルトの国の一般的な料理に使うのかい?」
「はい。炊いたお米に生卵と醤油をかけて食べる料理がありまして」
「生卵? そのまま食べるのかい?」
(ウィルさんすごい、海外っぽい反応)
信じられない、という顔をする。これは納豆など出してきたら倒れるのでは。
そっとウィリアムを窺うと……困惑する表情よりも、この場に似合わない貴族オーラに驚いた。
所狭しと食材の並べられたスーパー的な場所に、突然海外セレブが現れたような。いや、実際その通りなのだが。
ふと店主を見ると、料理長と「お届け先は団長様のお屋敷ですね」と話している。赤と青の騎士団長だと気付いていながら、騒がず仕事を続けていたのだ。商売人の鑑だ。
そもそもこの目立つ人が気付かれない訳がない。それに、オスカーも。
「あれ、オスカーさんは? 今までいましたよね?」
「少しやる事があると言っていたよ。他に買う物はあるかい?」
「いえ、これで全部です」
問われ、手元の紙を見る。意外とたくさん書いていた。
店内も全て見て回れた。もち米っぽい物も買った。大満足だ。
するとウィリアムは、暖人の手から用紙を取る。
「これは食費だから俺が出すよ」
「駄目ですっ。俺の今月分を使わせてくださいっ」
「店主。数量は、ひとまず屋敷の皆がひと月続けて食べられる分を計算してくれ」
「お任せください」
すっかり意気投合した店主と料理長が、楽しげに計算を始めた。
「ほら、屋敷の食費だろう?」
「みなさんの分も俺が払うつもりだったのに」
「そんな顔をしないで。本音を言うと、嫉妬だよ。ハルトのお金は、最初は俺の為だけに使って欲しかったんだ」
ウィリアムはそう言って暖人の頬に触れる。
暖人はビクリとしながらも、突き放す事はなかった。まだ顔は上げられないが。
暖人としても、ずっとウィリアムに今までのお礼をしたいと思っていた。そうだ、最初は彼の為に使うべきだった。
顔を見られない代わりに、ウィリアムの腕をそっと掴む。
「……欲しいもの、ありますか?」
「ハルトが、と言っても売り物ではないか」
「そもそもウィルさんのところにいるので買う必要ないです」
そうか、君は俺のものだったか。……と言いたかったが、言葉が出なかった。暖人があまりに無自覚で。
そんな暖人が今も側にいてくれる事が、充分過ぎる程のお礼なのだが。
そもそも暖人を大切にしたいからしているだけ。暖人が生きている事にこちらが感謝したいくらいだ。
だが何かをプレゼントしたいと思ってくれる気持ちが嬉しくて、ウィリアムは素直に強請る事にした。
「そうだね。物だとしたら、何か形のあるものが良いな。いつでもハルトを思い出せるような」
形のあるもの。暖人は思案する。
いつでもというなら、身に付けるもの?
(アクセサリーかな? ……いや、それって)
「……俺なりに考えたもの、で大丈夫ですか?」
結婚指輪はちょっと、と遠回しに伝える。それでもウィリアムは嬉しそうに頷いた。
「その次は俺の為に使ってくれ。身に付けられるものがいい」
「オスカーさん、っ……」
「これはこれで面白いな」
顔を近付けると、真っ赤になってグイグイと押し返す。腕を伸ばした距離まで離れると、ふう、と暖人は息を吐いた。
この程度の距離で安心されても、とオスカーたちは苦笑する。警戒されているのか、信頼されているのか。
「ああ、それと、お前の国の料理も作ってくれ」
「はい。オスカーさんにも食べて貰えるの嬉しいです」
パッと笑顔を向けてすぐにハッとして視線を逸らす。そんな暖人に、オスカーは片手で顔を覆い深く息を吐いた。
今すぐ連れ帰って抱き潰したい――。
そう思っても実行する訳にもいかず、堪えるオスカーにウィリアムは同情の眼差しを向けた。
暖人としては、店内より外を見ていたオスカーはあまり興味がないと思っていた為、日本食に興味を持って貰えて嬉しかったがゆえの反応だった。
「ハルト。店主に調理法を訊いておいで。君の国の食材とは少し違うかもしれないからね」
ウィリアムに促され、暖人は店主と料理長の元へと向かった。
真剣に話を聞く暖人を見つめながら、ウィリアムはオスカーの名を呼ぶ。
「思った通りだ。敵意はなかったが、アイツを見ていた」
オスカーが途中で外へ出たのは、店の外から不審な視線を感じたからだった。
暫く入口近くで食材を見るふりをしていたが、視線は自分やウィリアムに向けられたものではない。確実に暖人に注がれていた。
「敵意がない?」
「ああ。アイツに惚れた一般人にしては、完璧に姿を隠せていたな」
狭い通路の奥だ。店の奥にいた暖人を見るには、角度的にも向かいの店から見ていた筈。だがオスカーにすら姿も気配も感じさせなかった。
「知られた可能性も考えるべきか」
「そうだな。……人買いの可能性も、かな」
「その可能性の方が高いか」
ウィリアムが溜め息をつくと、オスカーも困ったような顔をする。
暖人の力を知られたか、別世界の人間だと知られたか。敵意がなく姿を隠せるならば、他国の人間が救世主を欲しがっている可能性がある。
そして、それ以上に……。
能力の高い人間を雇える立場の者が、暖人を欲しがっている可能性。いくら髪を青く染めようとも、暖人は価値の高い外見をしているのだから。
・
・
・
「あっぶな……」
大通りを越えて住宅街へ入ってから、ぼそりと呟いた。
暖人たちの向かいの店の、更に奥。広場から直線になった位置にキースはいた。
気配を悟られない位置で、超人的な視力をもって小さな窓越しに観察していたのだ。
普通なら、騎士といえど視線も感じない距離。さすが王国随一の騎士団長様だ。危うく位置を特定されるところだった。
オスカーが間の店を越えて広場へ来る前に、カモフラージュの買い物袋を手にその場を後にした。
そして宿泊している宿に入り、ベッドにドカリと座る。
「ずっとあんなのが付いてたのか」
見たところ、この世界へ来てからずっと守られていたようだ。何かがあったなら少しは悲壮感なり何なりある筈。
涼佑は暖人の身を案じて、日に何度も暖人の名を呼んでは苦しげな顔をしていた。普段は毅然として弱さなど見せない彼が、だ。
暖人はずっと鉄壁の存在に守られていたようだと知れば、少しは安心するだろう。
キースは暫し思案してから『お前の彼女、ずっと要塞みたいな奴に守られてたわ』と書いた紙を、もしもの為に三羽の鳥に付けて飛ばす。
もし打ち落とされても、ただの恋愛話だと思われるだろう。
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