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餌付け

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「あ、そういえば俺もお見舞い持ってきたんでした」

 目を潤ませている暖人はるとが泣かないうちに、持参した袋をテーブルの上から取る。

「まだあまり食べれないかもと思って、日持ちするやつにしたんですよ。俺のオススメ店舗たちの、焼き菓子です」

 大きな紙袋から次々に出てくるお菓子に、暖人は目を輝かせた。
 クッキーにフィナンシェにフロランタンにガレットに……名前は違うかもしれないが、見た目はそれだ。

 シンプルなものから、花びらの入った華やかなクッキーまで。
 一口サイズのフロランタンの上には、赤青黄色のキラキラ輝く小さな宝石のようなものが散りばめられていた。角度を変えると金銀に輝く。

「っ、すごい、キラキラしてますっ」
「ハルト君のとこにはなかったんですね。これ、早朝にだけ咲く花の蜜で作った飴で、女神の祝福って名前なんです」
「女神のっ、すごい、ファンタジーっ」

 早朝にだけ咲く花の蜜というワードもファンタジー。
 ふと気付く。クッキーに入っている花びらは、元の世界にはなかった綺麗な青だ。それにフィナンシェは滴る程にジューシーでツヤツヤしている。どれを見ても美味しそう。

「喜んで貰えて良かったです」
「はいっ、ありがとうございます!」

 元気に答える暖人に、ラスはじゃれる小動物を見るような目をした。


「こんな時間ですけど、一つ食べてみません?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

 そう言うと、ラスは暖人の手からフロランタンを取り、袋を開ける。

「はい、あーん」
「!?」
「食べないんですか?」
「えっ、あの……」
「一度食べたら一生忘れられないくらい美味しいんですよ? 女神の祝福って名前が付くくらいですから」

 ごくりと喉が鳴る。
 ラスの手には、キラキラと輝き、抗い難い誘惑をしてくる女神様が。

「食べないなら俺が食べちゃいますよ」
「っ、食べますっ」
「ですよね。はい、あーん」

 躊躇いながらも、あー、と口を開く。
 すると半分程口に入れたところでラスは手を止めた。あれ、と思いながら反射的に口を閉じると、ふわりと甘い香りが広がる。

「っ……!」

 口の中で広がる優しい蜜の味。固いイメージだったフロランタンは、ほろほろと溶けて蜜と混ざり合う。
 噛み締める度に、砂糖? 蜂蜜? ミルク? 薔薇? と名前を探るがどれもしっくりこない。
 とにかく、甘くてまろやかで優しくて美味しい。美味しすぎる。

 飲み込むのが勿体ないのだが、いつまでももぐもぐしてはいられない。
 ごくりと飲み下し、余韻を堪能してから。

「一生忘れられません」

 真顔で言う暖人に、ラスは「オススメに選んだ甲斐がありました」と嬉しそうに笑った。


(ラスさん、途中で止めたな……)

 旅の間にウィリアムにも同じ事をされたが、その時は口の中まで指が入ってきた。ちゃんと食べられるか心配だから、と言いながら舌の上へ置いてから離れたのだが。

(……毎回舌を掠ってたのって、もしかして……)

 気付いてしまった事は、いったん頭の外に放った。


「やっぱりクレープの時は無意識だったんですね」
「クレープ? ……あっ」
「他の人にやっちゃ駄目ですよ? ハルト君が美味しくいただかれちゃいますからね」
「っ……気を付けます。本当に……」

 ここでもやらかしていた。
 まさかラスもフラグ、とハッとする。だがラスはテオドールが子猫を見つめるような目をしていた。


 餌付け……。


 ポンと浮かんだ単語。
 ラスのこの行動、何故かそれが正しいような……、と思う暖人は正解だった。
 ラスは前回一緒に出掛けてから、暖人に餌付けする優越感が密かにクセになってしまったのだ。ウィリアムには口が裂けても言えないが。

「そういえばラスさん、俺のことウサギの子供みたいな感覚って言ってましたね」
「あー、最初に会った時の。よく覚えてますね」
「最初から俺のこと、動物の子供って思ってたんですね」
「あっ、むっとした顔可愛い」
「可愛くないです」
「可愛いですよ。でも今のハルト君は兎より仔猫みたいですねー」

 可愛い可愛い、と本当に仔猫を愛でる目をする。

 むすっと拗ねた顔をしてみせながらも、内心では嬉しかった。
 あまりにもメイン攻略キャラレベルの面々に求愛されすぎて、こういう対応にホッとする。

 ラスとしても、暖人が自分に対して恋愛感情を抱いていない事を確認できて安堵した。
 少し残念な気持ちは否めないが、あの二人を敵に回したくはない。
 それにやはり、恋人よりも気軽に遊べて頼れるお兄さんでいる方が、素直に懐いて貰えて嬉しいなと思うのだ。

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