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内緒ですよ?

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「ラスさんは行かなくて大丈夫なんです?」
「大丈夫ですよ。あれは団長の案件なんで」

 暖人はるとをソファに座らせ、その隣に座ってにこにこと見つめる。

「やっぱりハルト君、俺好みの顔なんですよね」
「えっ」
「あ、そんなつもりじゃないんで安心してください。ただハルト君の顔の作りと表情が、本当に好みなんですよ」

 ジッと見つめる。触れもせず、ただ笑顔で。

 そういえば、テオドールに触れられても嫌ではなかった。それどころか労る気持ちが嬉しかった。
 ラスにもこれだけ顔を近付けられても、嫌ではない。見つめられるのが恥ずかしいだけで。


「あの、ラスさん」
「はい?」
「あの……」

 口を開くが、言えずに閉じる。そしてまた開けて、閉じて。

「雛の餌待ちですか?」
「そこまで子供じゃないです」
「ハルト君って面白いですね」

 にこにこと笑うラスに、自分は小鳥か何かだと思われているのだと確信した。
 それなら。

「えっと、今からするのは俺が勝手にすることなので、ラスさんがウィルさんに怒られることはないので、すみません」
「ん? どういう事です?」
「っ……すみませんっ、失礼します!」

 ラスさんなら怒らないはず、と勢いのままに抱きついた。
 咄嗟に受け止めるラスの腕が背に回る。


(……嫌じゃない。むしろ、この逞しい筋肉は羨ましいし、頼りがいがあって……)

「っ……、どうしよう……俺、やっぱり誰でも……」

 絶望したように呟いたその言葉だけで、ラスは理解した。

「ハルト君」
「え?」
「君は、そんなに積極的だったんですね」

 手首を掴まれたかと思うと、突然視界が反転する。
 後頭部に当たるのは、革の感触。掴まれた手首は、頭上で押さえられて。

「合意、という事でいいですか?」
「えっ、あのっ」
「団長には内緒ですよ?」
「っ……」

 大きな手が服の上から脇腹を撫でる。そのまま撫で上げ、胸元を掠めた。

 首筋に、熱い吐息が触れる。耳元で囁かれる名。
 身を捩っても腕を引こうとしても、びくともしない。ギリ、と掴まれた手首が痛む。
 そのうちに彼の手が服の裾から入り込み、手袋越しに腹を撫でて……。

「やっ……、やだっ!」

 ぞわりとした感覚に、悲鳴じみた声を上げた。


「ですよね?」
「え……?」

 ラスはパッと手を離すと、ぽかんとする暖人を抱き起こす。

「ハルト君は、誰でも受け入れられるわけじゃないんですよ。今の感覚が俺相手にはそういう感情持ってないって証拠です」

 そう言って、乱れた黒髪と服を丁寧に整えた。

「もしかしたらって思うくらい、親しみを持って貰えてるのは嬉しいですけど」

 最後に背後まで確認して、よし、と頷いた。


「……すみません。俺、……ごめんなさい」

 暖人の口から、震える声が零れる。
 誤解して先走ってしまった感情を、暖人よりも理解して否定してくれた。こんなことを、させてしまった。

 ぎゅっと拳を握り締める暖人の肩を、ラスは宥めるように撫でる。

「あー、いいですって。だってハルト君、それほど悩んでたんですよね?」
「はい……。もしかしたら、気持ちいいことが好きなだけじゃないかと……。俺、涼佑りょうすけ以外知らないので……」
「なるほど。リョウスケ君以外知らない綺麗な君をとろとろにしてあげるのも」

 視線を上から下へと下げると、暖人はびくりと震える。

「なんて、冗談です」

 ラスはパッと笑顔を見せた。

「冗談、です……?」
「冗談ですって。ハルト君がそんなつもりなくてホッとしてるくらいですから。俺はハルト君にとっての気軽に頼れるお兄さんでいたいんです」
「ラスさん……」
「あっ、でも今のは団長には絶対内緒ですよ? ほら、直接触ってないからセーフ、……アウトだったかなー……」

 手袋越しとはいえ、服の中に手を入れてしまった。布越しでも肌の柔らかさと暖かさが……。
 いやいや、想像しただけでも騎士としてどころか生物として生きられなくされてしまいそう。

 うーんと唸るラスに、暖人はつい小さく笑ってしまった。

「俺がお願いしたのでセーフですね」
「良かった!」

 心底安堵するラスに、またクスクスと笑う。

「俺、ラスさんのこと大好きです」
「っ、俺もですよ」

 ふわりと柔らかな笑顔で少し照れたように言う暖人に、ラスは笑顔で返した。

 内心では、今のは俺じゃなきゃ押し倒してた、と思いつつもにこにこと笑う。危うく惚れるところだった。
 団長のでさえなければ、と思った事は墓まで持っていこう。


「これでハルト君の気持ち、はっきりしました?」
「……はい。俺、やっぱり、ウィルさんとオスカーさんが……、……?」
「ハルト君?」
「お二人にも同じことして貰った方が確実なのでは……」
「ハルト君が強制的にとろとろにされたいなら止めませんけど」

 つん、と腹をつつかれビクリと跳ねた。

「団長たちの本気はさすがに理解してますよね?」
「はい……」
「そのうえで、というなら、それはさすがに誘ってるとしか思えませんよ」

 あの二人は言わないだろう事をあえて教える。暖人には自覚がないというより、自己評価があまりに低くてこんな考えになっているようだ。
 多分褒め過ぎてもいけないとラスは考えた。

「……あのお二人にも失礼でした」
「ですね。ハルト君はもっと想像力を鍛えた方がいいかもしれません」

 想像力? と首を傾げる。

「目を閉じて、想像してみてください。まずは……ベッドの上で、団長たちがハルト君をさっきみたいに押し倒して上から見下ろすところを」

 言われるままに目を閉じた。
 ベッドの上で。ふと思い出すのは旅に出た時の事。
 ファミリールームに泊まった日の朝、あの二人にあまりにドキドキした事を思い出す。

(あの二人が、上から……)

 想像して、暖人はパチッと目を開けた。

「まだ開けたら駄目ですよ」

 早いなー、と苦笑するラス。だが暖人はもう目を閉じられない。

「っ……、あ……、俺……」
「どうしました?」
「ど、どうし……よう……。俺、お二人のこと……」

 カァ……と顔が真っ赤になる。
 おや、とラスは目を瞬かせた。想像力は豊かだったらしい。
 何を想像したのかとからかってみたい気持ちをグッと堪えた。そんな事をしては生命活動が危うい。


「俺、お二人のこと……」

 だが、そこで口を閉ざし、揺れる瞳を伏せた。

 そんな顔をしながら、と思っても、暖人は元の世界から恋人の為に死を選んでこの世界へ来たとウィリアムから聞いている。
 そんな相手を放って誰かのものになる事に、酷い罪悪感があるのだろう。

 自分には、ただ一人しか選べない世界の苦悩は想像しか出来ないのだが。

「それはまだ言わなくていいんです。今は、二人だけの秘密にしましょ?」
「はいっ……」

 暖人は安堵したように目を細める。
 彼の安らぎになれるなら、と今暖人に必要な言葉だけを選んだ。

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