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お見舞い
しおりを挟む翌晩。
早めの風呂も終え、こちらは入れ替えがなかった上から被るタイプのパジャマ姿でゆったりとお茶を飲んでいると、廊下から話し声がした。
その声は暖人の部屋の前で止まる。
(ウィルさん帰ってきたのかな)
出迎えようとソファから立ち上がると。
「ハルト君! 心配しましたよ!」
「わっ、ラスさんっ? ご心配をおかけしてすみませんでした」
ノックに続いて扉が開くと同時に、ラスが駆け寄り暖人の手を掴んだ。
「あっ、ハルト君あったかくていいにおい、かわい……」
「ラス?」
「あー、何も言ってませんし、手袋越しなんで触ってませんよ」
パッと手を離し、ほら、とヒラヒラさせる。それが余計にウィリアムを苛立たせたのだが、暖人の前だ。睨むだけで留めた。
「ハルト君、もう大丈夫なんですか?」
暖人の方へと視線を戻し、眉を下げ見つめる。
ラスは、暖人が南の森から帰って来た時に見舞いに行きたいとウィリアムに訴えていた。だが暖人は独りで考えたい事があるから籠もっていると伝えられ、それからずっと心配をしていたのだ。
「はい、すっかり元気です。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる暖人に、良かったと安堵して肩に触れ、またウィリアムの視線を背後から感じた。
本当は、面会謝絶の間もウィリアムの目を盗んで会いに行きたかった。自分ならウィリアムよりも気軽に話が出来るだろうからと。
それと同時に、自分がその役目を担ってしまう訳にはいかないとも思った。
出来る事なら、自分には隠す気もない我らが団長に与えたかった。それか、暖人の為に初めて私的な休暇を取った色々ダダ漏れな青の団長に。
結局どうなったのかくらいは聞いても良いだろう。ラスは後々訊いてみることにして、暖人の回復を喜んだ。
「ハルト君が元気になったと聞いて、同じく心配していたもうお一方もお連れしました」
ラスがそう言うと、暖人だけでなくウィリアムも目を瞬かせる。もう一人いただろうか。
どうぞ、とラスが扉を開けて声を掛けると。
「ハルト、もう体調は良いのか?」
「っ!?」
暖人とウィリアムは揃って言葉を失くした。
旅人が着るような簡素な布に身を包み、フードを取ったのは……。
「て、テオ様!? えっ、王様ってこんな気軽に出歩いて大丈夫なんですっ?」
「何を言う。漸く面会を許されたというのに、顔を出さぬ訳がないであろう?」
元気になった祝いの品だ、と言って渡されたのは、小さな小箱。促されるまま開けると……。
それは、彼の髪色のようなプラチナゴールドの土台に、瞳のような涼やかなブルーの宝石が嵌め込まれた指輪だった。
「テオ様、これは……」
「祝いの品だが?」
飄々と答える。
「ハルトの為に特別に作らせたものだ。そなたがその気になればすぐにでも式を挙げられるようにな」
箱を持ち唖然とする暖人の手を、そっと握った。
(テオ様まで……どうして最初からプロポーズ……)
頭を抱えたくなるが、そういえば一番最初に求婚してきたのは彼だ。
「陛下。彼には想い人がおりますのでそのような行為は」
「咎められるのは私だけか?」
「っ……」
「言ってみただけだが、そうか」
テオドールはニヤリと笑う。やっと暖人に想いを伝えたのか。あまりに遅くて笑ってしまった。
「……この屋敷はもうフィオーレ家の別荘ではありませんので、お早めにお戻りください」
「ティア殿と息子と過ごした屋敷であるからな。懐かしくて長居してしまいそうだ」
「失礼ながら、お耳が少々遠くおなりに?」
二人は笑顔のままで火花を散らす。旅から戻ってから、王宮内でなければウィリアムの彼への対応はこんなものだ。
「て、テオ様っ、俺はこの通りすっかり元気になりましたっ。色々ありましたが、今はもう、大丈夫です」
「そなたは謙虚だからな。無理はしておらぬか?」
「はい。夕食もお腹いっぱいいただいたくらいで」
「そうか。ならば良かった」
暖人の肩に触れ、労るように撫でる。
王様に撫でられるという光栄な事が起きている。暖人は恐縮で身を固くした。
「ハルト。そなたは私の部下ではないだろう? 友人として気軽に接してくれぬだろうか。……彼女を愛でる仲間として、な」
最後は耳元で囁かれる。
「はいっ」
暖人は笑顔で頷いた。チュチュちゃん仲間! と心の中で叫んで。
そこで突然グッと腕を引かれ、倒れ込んだ背後にはウィリアムが。
「ハルト。俺を嫉妬させたくてわざとやっているのかい?」
「えっ、いえ、そんなつもりは」
「それとも、陛下の妻になりたい?」
「違いますっ」
「それなら、何を言われたのか、言ってごらん?」
「それは……」
言えない。チュチュちゃんを愛でる仲間だなんて。ただ猫好きとバレるだけでも王様の威厳に関わる気がする。
「嫉妬深い男は嫌われるぞ?」
「お言葉ながら、ハルトが私を嫌う事はありませんので」
両手で抱き締めた暖人を隠すように更に腕いっぱいに抱く。テオドールは愉しげに口の端を上げた。
(ウィルさんのこれ、ヤンデレルートの入り口でみるやつでは……)
背筋に冷たいものが流れる。愛されハッピーエンドの裏に、ヤンデレメリーバッドエンドがあるキャラのあれだ。
「あのー、ハルト君は病み上がりですし、そろそろ帰りませんか?」
天の声。
時間も遅いですし、と付け加えると、二人はハッとして暖人を見た。
「……疲れた顔をしておるな。このような時刻に訪ねてすまなかった」
「いえ、そんなっ。テオ様の方がお忙しくてお疲れなのに……会いにきてくださって、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる。そんな暖人の肩を撫で、テオドールは愛しげに目を細めた。
「私がハルトの顔を見たかったのだ」
氷河色の瞳が暖かな色を浮かべる。
「その指輪はそなたが持っていてくれ。私の妃にならずとも、いつかそなたの役に立つ時がくるやもしれぬからな」
箱を握り締めたままの暖人の手に、上から包み込むように触れた。
戸惑いながらも素直に頷く暖人を、また愛しげに見つめて。
「さて、そろそろ帰らねば、家主に首を跳ねられてしまうな」
暖人から手を離し、ウィリアムを見る。
冷静さを装っているが、内心では殴りたくてたまらないといったところか。テオドールはクスリと笑った。
「ハルト。くれぐれも無理はせぬよう、自らを労っておくれ」
ふわりと微笑む暖人の肩を最後にもう一度撫で、テオドールは護衛騎士に連れられ帰って行った。
……流行病を鎮めた褒美はまた後日、と言って。
一緒にウィリアムも連れて行かれた。郊外で起きた事件の確認があるらしい。
二人が去り、暖人はそっと息を吐く。
想われるのは嬉しいが、自分は平凡でそんな価値はないのに、と居たたまれない気持ちになるのだ。
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