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弱さと強さ

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「お前がそんなだから、俺は手を出したけどな」
「っ、……何、だと……?」
「アイツに、手を出したが?」
「っ!」

 テーブル越しに伸びてきた手に、胸倉を掴まれる。赤は本当に血の気が多いな、と笑った。
 この殺気はオスカーでさえ怯みそうになる。だが、その瞳を真っ直ぐに見据えた。

「向き合いもせず逃げたお前に、俺を責める資格があるか?」

 ウィリアムの指先がぴくりと震える。すっ、と手を離し、元のようにソファに座ると、すまない、と言ったきり唇を噛み締めた。


 オスカーはそっと息を吐く。久々に彼の殺気を正面から浴びたが、彼が敵国の騎士だったらと思うとゾッとする。先程までうじうじと悩んでいたくせに。

「まあ、まだ未遂だ。嫁に来いとも言ったが、拒絶はされなかった」
「まさか、ハルトが……?」
「ああ」
「っ……」
「了承もされなかったけどな。だが警戒心もなく俺に抱かれたまま眠るくらいだ。脈はあるだろ」

 実際には一緒に寝てはいないし、脈はあるかないか分からない鈍感具合だったのだが、それはあえて伏せておいた。
 今のウィリアムなら、こうして悔しげな顔をすると分かっていた。どこが変われていない、だ。

「そんな顔するなら、さっさと呼び戻して好きだくらいは言っておけ」

 と言っても、ウィリアムは悔しさと躊躇いを浮かべた顔をする。
 本気で好きになった相手には、いざとなるとこうも臆病になるのか。それでも、今までのようにすぐに手放す気はないくせに。

「良いことを教えてやろう」
「……なんだ」

 また煽るのか、とばかりの顔をする。そんなウィリアムに、口の端を上げた。

「一度しか言わないから良く聞け。お前が強くありたいと決心した心も、強くあろうと足掻いた日々も、全てお前の糧になっているはずだ。ウィル。お前は、変われている。俺が保証してやる」

 真っ直ぐに見据える瞳。
 その強さに、ウィリアムは無意識に姿勢を正した。

 幼い頃の気弱な姿を知っているオスカーが、そう言ってくれるなら。普段こんな事は言わない彼が、励ましてくれるなら。きっと、そうだと……。


「オスカー……。……すまない。俺は、ハルトの事が好きなんだ」
「この流れでそれか?」
「いや、突然優しい言葉を貰っても、戸惑うというか、どう返していいか……」
「言った俺の方が恥ずかしいからな」
「そうだな。君がそんな事を言うなんて、……だが、ありがとう」

 珍しく照れた顔をして笑うウィリアムに、オスカーも小さく笑いながらも、ますます恥ずかしくなる。慣れない事はするものじゃない。
 だが、憑き物が落ちたように清々しい顔をするウィリアムを、たまにはいいかと見つめた。


「そのうえで、俺はハルトを諦める気はないからな?」
「分かっている。俺もハルトに好きだと言って貰えるよう、努力するよ」
「まあ、……頑張れよ」
「余裕だな?」
「いや、まあ、そうだな。アイツに言えば俺の気持ちが分かるだろ」

 とんでもない鈍感な上に警戒心が欠片もないのだから。肩を竦めるオスカーを、ウィリアムは不思議そうに見つめていた。

 しかし。
 暖人はるとの育った国では、重婚は禁止だと言っていた。もし自分たちがそちらへ行っていたらと思うと……。

 ……ウィリアムを敵に回す事にならなくて良かった。
 ……オスカーと争っていたら勝てたかどうか。

 二人は同時に同じような事を考えた。

 そして、思う。
 もし暖人が自分たちを見つけて世話をしようとしても、涼佑りょうすけという最大の敵に阻まれていただろう。それこそ接触すらさせて貰えないはず。
 暖人を見ていると、涼佑がどれ程大事にしてきたかが透けて見えるようだった。

 二人同時に溜め息をつき、顔を見合わせる。

「……君が味方で良かったよ」
「ああ。俺もだ」

 同じ事を考えていたな、と内心でまた同じように呟いたのだった。

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