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青天の霹靂3

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「……あれ? オスカーさん、男嫌いです? この世界って男同士も結婚出来るんですよね?」
「婚姻を結べるというだけで、皆がどちらも好きという訳じゃない」
「そうなんですか。じゃあ元々は女性が好きなんですね」
「まあ、そうだな」
「……」
「……」
「……どうして俺なんです??」
「……またイチから説明しろと?」
「あっ」

 振り出しに戻る、と書かれそうな事を言ってしまった。

「お前は賢いはずだろ?」
「いえ、ただ少し推理小説が好きだっただけですし」
「証拠があれだけあっても、自分の事には適用されなかったわけか」

 ツンツンと頬をつついてくるオスカーに、むすっとして言い返す。

「そもそもオスカーさんみたいな異世界級イケメンなうえにすごい権力とチート並みの強さを持ってる騎士団長といういかにも主人公の攻略対象な人から好かれるなんて、モブには想像も出来ないんです」
「……どういう意味だ?」
「分からなくていいです」

 不機嫌に言いながらも、オスカーの肩にぐりぐりと額を擦り付ける。それでも離れないのか、とつい小さく笑ってしまった。

「少しは警戒するかと思ったんだがな」

 すると漸くハッとした様子でオスカーから離れる。

「まあ、襲いはしないが」

 と言うと、本当に? と疑いの眼差しを向けた。その様子が愛らしく見えて、オスカーは無意識に口元に笑みを浮かべる。

 手を伸ばすとビクリと警戒するが、頭を撫でるとホッとした顔をした。そのまま撫でながら引き寄せると、心配になる程にあっさりと倒れ込んでくる。

 襲っても受け入れてしまうのでは……?

 すっかり普通に抱き締める形で背と頭を撫でながら、オスカーはさすがに本気で心配になった。
 本当は気付いていないだけで、暖人はるともオスカーの事が好き。と、状況はそうでも暖人は違うかもしれない。どうやら世界で一、二を争う程に鈍感のようだから。

 思わせぶりとも少し違う。本当にただの幼い子供のようだ。


 暖人は、子供のように純粋で、真っ直ぐで……。
 オスカーはそっと目を細める。

 ただ一度立ち寄っただけの街の人々の為に、躊躇いもせずに危険に飛び込み、無茶をしてまで助けようとした。
 その勇気を、優しさを目にした時、自分が命を賭しても守らなければと思った。失う事を想像した時、あれ程までに恐怖を感じたのは初めてで……。

 お前が思っている以上に本気なのだと伝えても、上手く伝わらないだろう。この鈍感な子供に、これからどう伝えていこうか。
 想像するだけで楽しくなるなど初めてで、どうしたものかと小さく笑った。


 撫でているうちに、暖人は本格的にウトウトとし始める。

「もう寝るか?」
「ん、はい……」
「やはり体調が悪いんじゃないのか?」
「いえ、少しぼーっとするのと、ただ眠いだけで……」

 暖人自身は、涼佑りょうすけの事で気力がないからだと思っていた。勿論それもあるのだが。

「……もしかしたら、浄化の力の影響がまだ残ってるのかもしれません……」
「命を削ってはいないか?」
「それは、多分大丈夫です。ただ……」

 そこで言葉を切る。
 何度か躊躇いながら、ぽつりと言葉を零した。

「街の外に、放牧する人用の小屋があったじゃないですか」
「ああ」
「あのおじさん元気そうでしたけど、ついでにそこまで浄化しておこうと思って……ちょっとやりすぎたかなって……」

 その言葉に、オスカーは顔を覆い、深く溜め息をついた。
 講堂からあの小屋まで一体どれだけ距離があったと……。そう言いたいがもう言葉も出ない。本当に命は削っていないのか。

「あの……、できれば、怒らずに褒めて貰えると……」

 おず……と声を出す暖人に、オスカーは抱き締めたままで目の前の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「ああ、良くやった。そうだな、お前は褒められこそすれ、怒られる事はしていない」
「! ありがとうございますっ」

 突然元気になり嬉しそうな声を出す暖人を撫でながら、今度無茶をしそうだったら地下に閉じ込めようか、とわりと本気で思う。
 きっとウィリアムも同じ事を思っているだろう。窓があると逃亡するだろうから、と。

 そんな事とは露知らず、暖人は褒められて満足したのか、そのまますやすやと眠ってしまった。







 夜中にふと目を覚まし、天井を見つめる。
 側には誰もいない。オスカーも自室へ戻ったのだろう。
 あの後で部屋にいては、目を覚ました時に慌てさせると思ったのだろうか。

 ぼんやりと考えているうちに、突然オスカーにプロポーズをされた事を思い出す。
 ごろんと寝返りを打ち、体を丸めた。

(……意識してしまう)

 思い起こせば、出るわ出るわ。
 特に旅に出た後。オスカーが意図的に触れていた事も、好きだと言わんばかりの顔をしていた事も、思い当たる事が溢れんばかりに。

 そうだ。好きでもなければ、あのオスカーが他人を背後から抱いて寝る訳がない。特に寒い時期でもないのに。

 ……そうだ。死者から守られている時も、以前のオスカーならウィリアムに暖人を押し付けて自分が戦っていたはず。
 いくら暖人が離れなかったとしても、力ずくで剥がす事など造作もないはずだ。


 ふと唇へと触れ、初めてにしてはあまりに強引で容赦ないキスだったな、と妙に冷静になる。……わけもなく、カァ、と顔どころか全身が熱くなった。

 普段そんな事に興味ないです、と言わんばかりの顔をしていながら、あのキスか。いや、繊細で優しいキスよりは彼らしいが。

(どうしよう……、嫌じゃなかった……)

 ウィリアムのように触れるだけではない。わりとしっかりと舌も入っていた。何なら噛まれたし吸われた。
 それでも嫌だと思わなかった。それどころか、普通に好きだと思ってしまった。

「……もしかして俺、気持ちいいことに弱いんじゃ……」

 ハッとして声が出た。まさかそんな、えっちな人みたいな。
 今まで涼佑以外とはした事がなかった。涼佑以外の誰にも興味がなかった。キスが好きかと聞かれても、涼佑にされる事なら全部好きだとしか思っていなかった。

 親しい人なら受け入れられる?
 それなら老若男女オッケーなラスにして貰えば、……いや、それだとウィリアムの手によって騎士として生きられなくされてしまう。


(涼佑、ごめん……)

 酷い罪悪感も、こんな気持ちはいけないと思うのも以前と変わらない。それなのに、二人を拒絶する事が出来ない。
 二人を……。

(……ウィルさんは違うか)

 ごろんと寝返りを打つ。好きだと言われたのはオスカーだけだった。

 ウィリアムには、帰ったらちゃんと話をしなければ。気にしてないです、と言わなければ。
 彼に避けられると、胸がチクチクして寂しい気持ちになる。また前みたいに笑って欲しい。撫でて欲しい。そう願う事は許されるだろうか。

 やはり荷物の中に紛れ込んでいた猫のぬいぐるみを抱き締め、ウンウン悩んでいる間にまた瞼は重くなっていった。

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