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青天の霹靂2
しおりを挟む「いいですか。まず俺は、オスカーさんの好きを信じられないんです。そんな気配なかったじゃないですか」
「ああ。はっきり自覚したのは旅に出た辺りだが、その前にもこの屋敷へ来た時に帰したくないと思っていたな」
二人でじっくり話すのは初めてだったが、興味深い話が出来て楽しかった。警戒心なくいい人だと言ってくるところが心配になった。猫のぬいぐるみを抱えて寝るのかと思うと子供らしくて可愛かった。
それから、柔らかな髪と頬にもっと触れていたいと思った。そう思う相手は初めてだ。
……と、そんな内容を真顔で語られ、暖人は顔を覆った。
(あの日にフラグ乱立させてたのか……)
なんてことだ。全部自分のせいだった。
「旅の帰りには、お前にも分かるようにしていたつもりだが?」
「どこがですか……」
「分からなかったのはお前だけだろ」
「俺が分からないと意味ないですよね?」
「分かられたら、それはそれで困ったんだよ」
「どういうことですか」
するとオスカーは、少しだけ視線を逸らして。
「リョウスケを探す為の旅だったからな。余計な事を言って、煩わせたくなかった」
「……ちゃんと俺のこと考えてくれてたんですね」
「当たり前だろ。お前にとってアイツは生きる意味だと、最初はその覚悟に惚れたんだからな」
「……そう、なんですね……」
どうしてこういう事は恥ずかしげもなくサラリと。暖人の方が視線を落としてしまった。
「だが今は旅も終わっている。俺としても黙ってられない事情が出来たんだよ」
「事情?」
「ああ。とにかく、俺と結婚しろ」
「プロポーズなのに上から目線って……」
「誰もが下手に出ると思うなよ?」
「なんで喧嘩腰なんですか」
こんなプロポーズあってたまるか。
上から目線で、上から見下ろして、えらそうにも程がある。
……こんな雰囲気のある淡い暖色の灯りの中だと、あまりにもイケメンが過ぎて100人中98人くらいは即頷きそうだが……。俺は頷かない、とばかりにプイッと横を向いた。
「調子が戻ってきたじゃないか」
オスカーはそう言って、ふっ、と笑う。
「……もしかして、俺を励ますために……?」
「妻になれというのは本気だが?」
どういうこと。本気か、そうか。
(……いや、どういうこと)
暖人は頭を抱えた。
つまりオスカーは、本気で告白……を飛び越えてプロポーズをしている。
旅の間も自覚しながらも、何も言わずにいてくれた。涼佑を想う気持ちを優先して。
横暴なところがあっても、過保護で、大事にしてくれる。
実は結構話も合うのだから一緒にいて楽しいし、無言が気にならないような居心地の良さもある。
(やっぱり総合的にすごくいい人だ……)
そんなオスカーと、結婚。
「……ごめんなさい」
先を考えるより、言葉が先に出た。
「俺、オスカーさんの気持ちを受け入れられません。……涼佑がいないことを、認めようとしました。でも、駄目なんです。俺は……これからもずっと、涼佑が好きなんです」
顔を見て言わなければ。そう思いながらも、視線は下がってしまう。組んだ指が小さく震えた。
その手に、オスカーの手が重なる。
「それでいい。そういうお前を好きになったんだからな」
「……ちゃんと雰囲気あることも言えるじゃないですか」
思わず呟くと、茶化すな、と笑われた。
「お前は俺が嫌いか?」
「嫌いじゃないです」
「アイツはお前の世界だと言ったな」
「はい」
「この世界にいなければ、生きている意味がないと」
「はい……」
「仮定の話だ。何かの手段で、この世界にいない事が確定した。その時は俺が手を下してやるが、どうする?」
ぴくりと暖人の手が震える。
涼佑がいない世界では、生きていられない。その苦しみを、終わらせてくれるという。きっと彼なら痛みもなく逝かせてくれるのだろう。
お願いします、と、零れるはずだった。
「……死にたく、ない、です」
震える声は、そう音を作った。
少し前なら、迷わず死を願っただろう。それなのに。
「オスカーさんに、俺の命を背負わせたくないです。俺が死んだら、ウィルさんもとても悲しんでくれると思います。俺を守ろうとしてくれたお二人を悲しませたくない。それに、ティアさんも、屋敷のみなさんも……」
死を願えない理由を並べ立てる。
それは全て、本当であって、言い訳だ。
「……違う。俺が、一緒にいたいんです。お二人と、一緒に……」
一緒に、いたい。
離れたくない。
大切に想う事を認められなかったのは、もう後戻りできない程に大切になっていたからだ。
涼佑を裏切っていると分かりながら、死を選べない。
これが恋愛感情かと問われたら、まだ分からないけれど……。それでも、この世界で、二人の為に生きられたら……。
「でも、俺……」
「それで充分だ。今は、な」
俯いた暖人の隣へ座り、頭を引き寄せ肩に乗せて、優しく髪を撫でる。
「後はリョウスケに会ってから説得するさ。お前より強敵のようだからな」
そう言って、暖人に気付かれないよう髪にキスをした。
「残りは西と北だと、お前も聞いていると思うが」
「はい」
「西の内戦が落ち着いたら、お前を連れて行ってやる。存分に探せ」
「っ、はいっ……」
暖人は泣きそうな顔で答えた。
オスカーは、涼佑を好きな気持ちごと受け入れてくれる。それが嬉しくて、申し訳なくて。
それでも頭を撫でられると、全てが溶けるようにふわふわとしていく。今まで通りに無防備この上ない様子で目を閉じた。
この状況で、とついオスカーは苦笑してしまう。
「お前を子供扱いしていたところはあるが、それでも好きでなければしないだろ、と分かりやすい事もあったぞ」
「ありました?」
「そもそも馬が初めてとはいえ、成人した男を帰りまで前に抱えて乗せるわけないだろ」
「っ! ですよねっ?」
「それに、ウィルがファミリールームを選んだ時点で止めてる」
「ですよねっ……」
「誰が好きでもない野郎と同じベッドで寝るんだよ」
「ですよね……」
あれ、俺がパーソナルスペースゆるゆるなのかな? と居たたまれない気持ちになった。
「今のこの状況も、好きでもない相手にする訳ないだろ」
「ごもっともです……」
それはそうだろう。とても過保護だからと信じ切っていた自分が、少しずれているだけで。……と、そこで暖人は漸く自覚したのだった。
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