後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

旅を終えて

　王都へ戻り、その足でテオドールへ報告を終えた後は、ウィリアムの屋敷へと戻り部屋に籠もった。
　ウィリアムには少し気持ちを整理したいからと伝えて。彼は心配そうにしていたが、今は本当にただじっくり考えたいだけだった。

　マリアが準備した風呂には華やかなピンクの花びらが浮かび、上がるとテーブルの上にメアリが淹れた甘い香りのお茶が置かれていた。
　風呂の湯もお茶も熱いくらいで、気を遣わせてしまった、と申し訳なくなる。

　ぽかぽかと暖まった体で、早々にベッドに潜り込んだ。
　仰向けになり、天井を見つめる。


（…………俺、苦手なタイプのヒロインみたいになってる……）

　うっ、と両手で顔を覆った。

　勝手に飛び出して行って、周りに迷惑をかけるタイプのヒロインだ。自分にはチート並みに人を救える力があるだけまだ良かったが。

（鬱々ネガティブ全開だし、かまってちゃんだった……）

　そんな儚げキャラじゃないのに、と呻く。
　涼佑りょうすけの事であまりに絶望して、今でも暗い気持ちは消えない。それでも、あそこまで二人の厚意を無碍にし続ける前に冷静になりたかった。

　あの街から王都へ戻る間に、気持ちに随分と変化があった。
　オスカーが乗せると言い張った為、そちらの馬に乗せて貰い戻ってきたのだが、その間ずっと片手は腹にしっかりと回ったまま。小さな子供の転落防止のように。
　オスカーは多分、大事にする方向性を間違えている。そんな状況だったものだから、感情が大混乱して逆に冷静になれた。


　ふと起き上がり、枕元の鞄を手に取る。
　旅の間も肌身離さず持っていた。その中からアルバムを取り出し、一枚ずつ捲る。

「涼佑……」

　流行病の件もあり、自分の力の必要性を実感した。
　人々が笑い合う姿が好きだ。それを守りたいと強く思う気持ちを自覚した時、諦めにも似た複雑な感情が沸き起こった。

　それと同時に、ウィリアムとオスカーがどれほど大切に想ってくれているかを、今更ながら身に染みて感じた。

　秋則あきのりに出会い、ずっと目を背けていた……涼佑はいないのだという可能性を考える事が出来た。
　我慢していた気持ちを全て吐き出して、たくさん泣いて……。あの時受け留めて貰えなかったら、絶望で衝動的に身を投げていたかもしれない。

　写真の中の涼佑を、そっと指でなぞる。

（涼佑がいない世界……。後悔しない、選択……）

　アルバムをそっと鞄に戻し、ベッドに横たわる。寝返りを打つと、目の前にぬいぐるみたちが映った。

　ウィリアムが自ら店に行き選んだと言っていた。可愛いものが溢れる店内で、きっと真剣な顔で選んでくれたのだろう。
　もしかしたら、子供が出来たのかと噂されているかもしれない。暖人はるとがこの屋敷へ来てからずっと、誰とも関係を持っていないようだから、余計に。


「……あの森に行ってみたら、決心がつくかな」

　ふわふわの毛玉たちを抱き締め、ぽつりと呟く。

　涼佑はまだあの森にいるのかもしれない。目を覚まさない間に見たあの夢で、そう思っていた。森番にも見えない場所で、気付かれずにひっそりと……。そんな最悪の想像をした。
　だがやはり、涼佑はあの森にはいない。何故だろう。それだけは絶対だと思えた。

　今はもう、死ぬつもりはない。
　この世界に涼佑がいない可能性は受け留められた。だが、まだどうしても、いる可能性を諦めきれずにいる。
　それに、あの二人にこれだけ良くして貰っておいて、何も返さずに死を選ぶのはあまりに薄情だ。

　あの二人の喜ぶものを、と考えて、ふと気付く。プレゼントを買うにしても、自分のお金がない。まずは働くところから始めるべきか。

（だめだ……、思考がまとまらない……）

　少しだけ前向きになったというのに、瞼が重くなり、意識はふわふわと溶けていってしまった。