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はやり病4

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 長い時間が経ち、オスカーは何も言わずに体を離したものの、今度は暖人はるとの腕を掴み眉間に皺を寄せた。

 冷静になったら恥ずかしくなったが、暖人から手を離したくないといったところか。ウィリアムはこっそりと笑う。
 そして暖人へと向き直り、困ったような顔をした。

「ハルト。君は、丸二日眠っていたんだ」
「そんなにですか?」

 それなら生命力を削ったかもしれないと思ったが、特に変化はない。それどころか、たっぷり眠って調子が良いくらいだ。

 それを伝えると、オスカーは暖人の頬を撫でて摘んで、ぐいぐいと伸ばす。
 ウィリアムは髪や背を撫でる。二人して撫で回してから「大丈夫みたいだ」と頷いた。
 今ので何が確認出来たのだろう。そう思ったが、声には出さなかった。

「あの、お二人は、体調は悪くないですか?」
「ああ、平気だよ。俺たちもハルトの光を浴びたからね」
「良かった……」

 ホッと胸を撫で下ろす。もし眠っている間に感染して亡くなっていたら……。ふと想像すると、ぞくりと背筋に冷たいものが走った。

「街の皆も、とても感謝していたよ。それに、ハルトの為だと言ったら、口外しないでいてくれると約束してくれた」

 そう言って暖人の髪を撫でる。

「無茶をするなと言っても、無理だったね」
「すみません……」

 仕方なかったとはいえ、後ろめたさはある。街ごと浄化するとは話していなかったのだから。

「……だが、ハルトは正しい事をした。あれはハルトにしか出来ない事だった。この国を、世界を救う事だったよ。この国の騎士として、心から感謝する」

 ウィリアムは突然真剣な顔をして、暖人の手を取り指先にキスをした。

「騎士として、君の決断を称えるべきだと分かっている。君の無茶を止めようとするのも、その度に生きた心地がしないのも、俺の個人的で身勝手な感情だ。だが、……思うくらいは、どうか許して欲しい。俺は君が、大切なんだ」
「ウィルさん……」

 本当は、暖人には責められる謂われはない。自らの命を顧みず、人々を救った。国を救った。それは誰にでも出来る事ではない。言うなれば、あまりにも救世主らしい行為。

 その後眠り続ける暖人を、オスカーと二人で寝ずに見守った。
 この街の医者には、ただ眠っているだけだと言われた。呼吸も心音もしっかりとして、顔色も良い。急激に疲労して、回復する為に眠っているのだろうと。
 それでも、彼がこのまま目を覚まさなかったらと思うと、胸が引き裂かれるようだった。


 ジッと見上げてくる宝石のような漆黒の瞳。その目元に、気付けばキスをしていた。
 暖人は一瞬目を見開き、視線を伏せる。

「ハルト。オスカーからも小言があるようだよ」

 ウィリアムはそう言って笑ってみせた。
 すると暖人はパッと顔を上げる。

「え、っと……オスカーさん」

 オスカーは無言だ。

「オスカーさんも、無茶をしたの怒ってます?」
「……それもあるが。国を救う為と理解しながら、お前の身に何かある前に街から連れ出したいと思った自分に、な」

 眉間に深く皺を寄せた。
 暖人は暫し思案し、申し訳なさそうに眉を下げる。

「えっと……それは国を優先してください」
「ハルト、それはちょっと……」

 ウィリアムが焦ったように声を上げた。

「えっ、でも、俺より国の方が大事なのは当たり前ですし……」

 暖人にとってはあまりに当然だった。迷う余地もない。
 そのあまりに客観的で自分を軽視したような発言が、オスカーの機嫌を逆撫でした。

「っ! オスカーさん?」

 突然顎を掴まれ、間近で視線を合わされる。

「決めた」
「えっ、なにを……」
「そんな考えが出来ない程、お前を大事にしてやろうじゃねぇか」
「っ……」

 目が座って、口調まで変わっている。
 オスカーは、流行病を前にして何の役にも立てなかった自分の不甲斐なさにも苛立っていた。だが一番は、暖人を優先する事で国を蔑ろにした気がして、そんな自分に憤っていたのだが……。
 答えは簡単だった。どちらも大事にすれば良いだけの話だ。

 身を固くして戸惑う暖人の髪をぐしゃぐしゃと撫で、覚悟してろ、とニヤリと笑った。

「あ……あの……、どうして……」
「ハルト。こういうのは、天秤に掛けるようなものじゃないんだよ」
「でも……俺には、そんな価値は……」
「俺もハルトを大事にしているつもりだったけれど、足りなかったかな?」
「っ! いえっ、充分すぎるほどですっ」
「本当に?」
「はいっ、お二人とも、過保護すぎるくらいで……」

 それでも自覚してないのか、とオスカーは今度は優しく頭を撫でた。

「ハルトが充分すぎると思うくらいに、俺たちは君の事が大切なんだよ。それだけは覚えていて欲しい」
「……はい」

 本当に、充分すぎるほどだ。……受け入れる事は出来ないというのに、この優しい手を、振りほどけない程に。





 暖人が目を覚ましたと聞き、女将が慌てた様子で部屋に入ってきた。そして暖人を見るなり、泣きながら手を握って「本当によかった」と何度も繰り返した。
 たった一晩滞在しただけ。それでも互いを想う気持ちは生まれる。暖人にとって、そんな経験は初めてだった。

 その後作ってくれたパン粥は、暖かでとても優しい味がした。
 この世界にきてから、母親の、父親の暖かさとはこういうものかと思う事が何度もあった。
 家族は、血の繋がりだけではない。大切にされて暖かく嬉しい気持ち、大切にしたいと思う気持ちが、そうなのかもしれないと。


 夜になり食堂へ下りてみると、街の皆が暖人を囲み、口々に感謝を伝えた。そしてそのまま流れるように宴会が始まる。
 暖人たちが訪れる前に亡くなってしまった人を、この街では笑顔で送り出すのだと言っていた。涙を流しながらも、笑顔で。

 ウィリアムたちはまだ休んでいた方がと心配したが、こんなに賑やかで笑顔の溢れる場所から離れる気にはなれなかった。
 彼らの優しさを、強さを、感じていたかった。


 翌日、たくさんの人に見送られながら街を後にした。
 またおいでと言われ、暖人は笑顔で頷く。

(……行きがけには、また涼佑りょうすけと一緒に来たいと思ってたのにな)

 送り出す声を聞きながら、少しだけ涙を滲ませてしまった。

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