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はやり病3

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 目を開けると、暗い森の中だった。
 周囲には淡い光が幾つも浮かんでいる。まるで、童話のような光景。その中を、誰かと手を繋いで歩いていた。

(……涼佑りょうすけ

 隣を見れば、幼い少年の姿があった。暗くて顔も良く見えない。繋いだ手は小さくて、だがそれは、確かに涼佑だった。

『今年は多いのかな。綺麗だね、はる』

 涼佑はそっと目を細める。
 みんなが寝静まった後、窓から見えた淡い光をもっと近くで見たくて、こっそりとベッドを抜け出した。それはやはり蛍で、もっと見たくて少しだけ森の奥へと入ったのだ。

『でも、もう戻らないとバレちゃうかな』

 うん、そうだね……。

『そんな残念そうな顔しないで、はる。またすぐに来れるから』

 うん。そうだよね。また、一緒に見ようね。

 暗い森でも、涼佑がいるから何も怖くない。手を繋いでいてくれるから、何も。
 もう森の出口もすぐそこだ。

 踏み出そうとしたところで、トン、と背を押される。
 繋いでいた手がするりと離れた。

(涼佑?)

 振り向くと、涼佑はまだ木々の陰に隠れたままだった。
 どうしたのだろう。もう帰らないといけないのに。


『……ねぇ、はる。僕がいないからって、無茶をしたら駄目だよ?』

 雲が晴れ、月明かりが涼佑の姿を照らす。
 少年だった姿は、もう大人になっていて。涼佑は、心配そうな顔で笑っていた。

 そこで、一気に記憶が蘇る。
 ここは、現実ではない。目の前にいるのは、本当の涼佑ではなくて。それでも……。

「涼佑っ……」

 触れたくて、側に行きたくて伸ばした手は、ただ暗闇を掴むだけだった。







 重い瞼を上げると、伸ばした手はしっかりと繋がれていた。
 腕から先へ、ゆるゆると視線を向ける。そこには茶色の髪ではなく、月明かりのように輝く……。

「……ウィル、さん……?」

 揺れる青空色の瞳へと視線を合わせ、彼の名を呼んだ。

 その瞬間、覆い被さるように抱き締められる。
 息が苦しい程に抱き締めながら、そっと壊れ物に触れるように抱き起こして。暖かさを確かめるように暖人はるとの頬に触れた。

「ハルト、俺の顔が見えるかい? 声は聞こえる?」
「……はい」
「触れている感覚は?」
「分かります」
「良かった……」

 そう言ってまた腕いっぱいに抱き締める。
 その腕は微かに震えていた。それほどまでに、心配を掛けてしまった。不安にさせてしまった。こんなにも、大切に想ってくれている人を……。

「……ごめんなさい」

 胸の奥が暖かいような痛いような感覚に、ウィリアムには気付かれないように少しだけ頬を擦り寄せた。


 眠っている間の夢。
 あれは、幼い日の記憶だった。
 本当は、一緒に森を出て、こっそり部屋に戻ろうとしたところで施設の人に見つかって小言を言われた。それから、いつもみたいに手を繋いで眠って……。

 それなのに、先程の夢の最後は全く違った。
 あれは、何だったのだろう。願望が見せた都合の良い夢だったのだろうか。それとも、死にかけた自分を涼佑がこちらへと導いてくれたのだろうか。だとしたら、涼佑は……。

 ……違う。
 あれは、ただの夢だった。
 涼佑なら、手を離したりしない。一緒に連れて行ってくれる。

(……だって涼佑も、俺がいない世界では生きていられないから……)


「っ……」

 そこで、扉の開く音と、息を呑む気配がした。
 ウィリアムはそっと暖人から離れる。

「オスカー。ハルトが目を覚ましたよ」

 嬉しそうな声を出すウィリアムへは視線もくれず、オスカーは暖人を見つめたまま、ツカツカと近付いてきた。
 そして、やっぱり怒らせたと思っている暖人の予想を裏切り、無言で暖人を抱き締めたのだ。

「えっ、あのっ、オスカーさん?」

 彼がこんな行動に出るなんて。暖人は戸惑う。

「……心配した」

 たった一言。それだけで充分だった。
 すみません、と謝ると、ああ、とだけ返る。言葉の代わりにきつく抱き締める腕が、彼の心中を物語っていた。

(……涼佑はいない、のに……)

 涼佑のいない世界で、生きるのがつらい。苦しい。自分だけ生きてはいられない。自分だけ大切にされて、それを受け入れる事は涼佑への裏切りになるから。
 それでも……この繋がれた手を、抱き締める腕の強さを、今は、振り払う事が出来なかった。

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