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はやり病2

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 講堂は酷い有り様だった。
 治療に当たるのは数名。衛生管理も出来ず、扉を開く前から悪臭がした。

「お二人はここにいてください」

 後から浄化するにしても、移らないに越した事はない。

「ハルト。……無理はしないようにね」
「はい」

 眉を下げて無理に笑おうとするウィリアムに、明るく笑ってみせた。
 彼はいつでも優しい。あまりに過保護だから、何かあれば悲しむどころか取り乱してしまうかもしれない。

(……ウィルさんを泣かせるのは嫌だな)

 散々心配させていても、悲しませたくはない。それでも。

「っ……あんた、戻ってきたのかいっ……。こんなとこにいちゃ駄目だよ……」

 優しくしてくれた人を、こんなになっても心配してくれる人を、見捨てるなんて出来ない。

「すみません。来ちゃいました。……俺、女将さんが作るご飯が好きなんです。暖かくて、優しい味で、大好きです」

 女将さんも、お店の人たちも、街で会った人たちも、みんな優しかった。
 ウィルさんをナンパした人は、ちょっと困ってしまったけど。でもみんな、優しかった。暖かかった。

 そっと広げた手に、淡い光が宿る。

(あれも、家族の暖かさなのかな……)

 両手に宿る暖かな光が、暖人はるとを中心に広がっていく。
 横たわる人も、治療をする人も、室内全体を包み込む光。

(……街を丸ごと浄化する、だったかな)

 ふと秋則あきのりとの会話を思い出す。確かに伝染病なら、人だけを浄化しても駄目かもしれない。

 そっと目を閉じる。
 大丈夫だ。絶対に出来る。
 そうでなければ、この力が表れた意味がない。

 光はあっと言う間に街全体へと広がる。強く、イメージした通りに。


「っ、これは……、ハルトっ……」
「アイツ、やりやがったな」

 二人は血相を変え、講堂の扉を開けた。
 溢れ返る目映い金の光。何も見えなくとも、暖人がそこにいる事は分かる。

 その光がふっと消え、横たわる人々の前に立つ暖人の姿が見えた。

「ハルト!」

 駆け寄った二人が、ふらりと倒れる暖人を抱き留める。

「……見られちゃいました?」

 二人を見るなり、暖人は困ったように笑った。無理をするなと言われたのに、早々に破ってしまった。
 怒られるかと思っていると、二人は暖人をきつく抱き締め、深い溜め息をついた。

「お前は本当に、言っても聞かない奴だ……」
「反抗期なのかな……、困ったものだよ……」
「え、あの……、すみません」

 心からの溜め息をつかれ、さすがに素直に謝る。その髪を二人はぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

「だが、良くやった」

 オスカーが褒めるように目を細める。
 ウィリアムが促す方へと視線を向けると、今まで横たわっていた人々は起き上がり、血色の戻った顔で暖人たちを見つめていた。

「……よかった」

 淀んだ空気も悪臭も綺麗さっぱりなくなっている。空気ごと浄化する事に成功したようだ。

(……空気清浄機だ)

 浄化の力にまた新たな異名が追加された。


「救世主、様……?」
「救世主様だ……」
「俺たちを救ってくださった……!」

 突然ワアッ! と歓声が上がる。

 きっと髪の染め粉が落ちてしまったのだろう。あれだけ光を被れば当然か、と暖人は苦笑した。

 暖人を囲み感謝を伝える人々、手を取り合って喜ぶ人々、その笑顔が見られたのだから、無茶をした甲斐もあった。それに。

「アンタが、……いや、あなたが救世主様だったなんて……」

 助けたいという想いを後押ししてくれた女将が、驚いた様子で暖人へと声を掛けた。余所余所しく頭を下げ「救ってくださってありがとうございます」と言う。
 それに続き、街の皆も深く頭を下げた。

 ……みんなを助けたかった。笑顔が見たかった。
 ただ、それだけ。
 救世主になりたいわけじゃない。
 だからこんなのは、望んでいなかった。

「みなさん、どうか顔を上げてください」

 そう声を掛けると、皆窺うように顔を上げる。

「俺は、救世主じゃありません。過保護な二人に守られてばかりの、ただの子供です。だから、……」

 暖人は俯いた。
 家族のように、というには滞在した時間は短かった。それに、皆にとってはただの旅人の一人でしかない。


 言葉を紡げない暖人の側で、女将が優しげな笑顔を浮かべた。

「……そうかい。ああ、そうだね」

 そして、以前と変わらぬ活き活きとした瞳で暖人を見つめる。

「でもアンタが街を救ってくれたことに変わりないからね。今日は泊まっていきな。お代はしっかりサービスさせて貰うよ」
「女将さん……」

 安堵と喜びで頬を緩ませる暖人に、女将はニッと明るい笑顔を見せた。

「ありがとうございます。あっ、でも病み上がりですし、あまり無理は……」

 そう言った途端、ぐらりと視界が揺れる。

「ハルト?」
「っ……すみません、やっぱり反動が……」

 以前のようにただの疲れは自覚していた。だが急に、体から力が抜ける感覚が襲う。

(生命力……使ったのかな……)

 やはり街ごと浄化は無理があったのだろうか。……このまま、死んでしまうのだろうか。

 名を呼ぶウィリアムとオスカーの声が遠くに聞こえる。
 目の前がぼやけて、瞼が重くて。

「すみません……ちょっとだけ……、寝ます……ね……」

 その言葉を最後に、意識は途切れてしまった。

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