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はやり病
しおりを挟む帰りは真っ直ぐに王都へと向かった。
旅に出て最初に滞在した街に着いたのは、行きの半分以下の日数だった。
「前と随分違うな」
オスカーが警戒した声を出す。
以前は子供たちが走り回る賑やかな街だった。今はまるで、別の街のように静まり返っている。
「盗賊に襲われたにしては、どこも壊されていないね」
ウィリアムは周囲を見回す。まるで人だけが消えたような光景だった。
すると一軒の家の窓に、人影が見えた。その影は一度消え、暫くしてまたゆっくりと近付く。そして、小さな音を立てて窓が開いた。
「……前に来た旅人さん、ですか……?」
カーテンで顔は見えないが、その声は、食堂で働いていた女性のものだった。
「すぐに帰ってください……。この街には、流行病が……」
「流行病?」
「はい……。みなさんが旅立たれた後に、別の旅人さんがきて……具合が悪そうだったので、多分あの人が持ってきたんだと思います……」
女性は弱々しく語った。
「みんな酷い咳をして、体中に黒い痣もできて……あっという間に死んでしまった人も、たくさんいて……」
啜り泣く声に変わる。
「この短期間で……。そんな病聞いた事がない」
ウィリアムが呟く。
強い感染力。
酷い咳。
この数日で感染して、亡くなった。
体中に黒い痣が出来て。
「ペストだ……」
元の世界で、過去に大流行した病。黒死病と呼ばれたあの病気にそっくりだった。
秋則は、二つの街で薬を処方したと言っていた。だが、伝染病はどこから持ち込まれるか分からない。動物からでも、旅人が訪れていたなら、そこからでもまた広まる可能性があると。
だが、ウィリアムの様子からそんな病は存在していないらしい。それなのに、何故……。
突然窓の内側から、酷く咳込む音が聞こえた。
「っ……、失礼します!」
暖人は弾かれたように窓に近付くと、バッとカーテンを開ける。
「やっぱり、あなたも」
ずっと声が弱々しかった。本当はもっと、元気で明るい声だったのに。太陽のように明るい笑顔だったのに。
今は別人のように窶れ、顔にも黒い痣が出来ていた。
「ハルト!」
「来ないでください!」
聞いたことのない大声に、二人は脚を止める。
「大丈夫ですから。お二人は離れててください」
ウィリアムたちへ笑ってみせ、再び窓の方へと顔を向けた。
「すみません。少しだけ、目を閉じていて貰えませんか?」
その穏やかな声に、女性は言われるまま目を閉じる。
暖人はそっと手を翳した。頭上から光で彼女を包み込むようにイメージして、あの時と、同じように……。
「……目を開けてください」
静かな声に促されるまま、そっと瞼が開く。
目の前には穏やかに微笑む少年の顔。その顔が、はっきりと見える。
「どうして……」
声が震えた。もう、手元すら良く見えなかったのに。
「治ってる……の……? どうして……?」
痣も痛みも苦しみも、何もない。まるで、元から何もなかったように。
「あなたは、天使様……?」
「天使じゃないですよ」
「……その瞳の、色……、救世主様……?」
「救世主でもないですよ。ただの旅人です。でも、治って良かったです」
そう言ってふわりと笑った。
ありがとう、と泣き崩れる彼女の肩にそっと触れる。
(助けられて良かった……)
本当は、少し不安だった。だがこの力は、病を消し去る事が出来る。こんな酷い病すら。
オスカーの外傷は治せなかったというのに、彼女の肌はすっかり元通りだ。菌やウイルス由来のものなら効果があるのだろうか。
そう考えながら彼女から手を離した途端、グッと肩を掴まれた。
「ハルトっ、なんて事をっ」
「勝手をしてすみません。でも、大丈夫です。俺には薬がありますから」
どんな状態も治してしまう万能薬。もし浄化の力が自分に効かなかったとしても、あれがあれば大丈夫だ。
「この街のみなさんに使うには足りません。だから、俺が何とかします」
真っ直ぐにウィリアムを見つめた。そして女性から、病にかかった者は街の講堂に集められている事を聞く。
行くのか、と無言で問うオスカーの視線。
「みなさんを助けたいんです。それに、この病が他の街へ広がる前に消してしまいたい」
それこそ、王都へ持ち込まれれば大惨事になる。この力はきっと、それを阻止する為に表れたのだ。
「でもきっと体力を消耗してしまうので、寝てしまったら運んで貰えると助かります」
「……分かった」
オスカーは溜め息と共に呟いた。
この病が広がればどうなるか、言わずとも知れたこと。出逢ったばかりの頃のオスカーなら、暖人が嫌がろうともその力を使わせただろう。
だが今は、薬があるとしても暖人をこの街から連れ出したいと思ってしまう。そんな自分に苦々しく息を吐いた。
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