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帰路へ
しおりを挟む治療と宿泊のお礼にと、ウィリアムは皆に戦い方を、オスカーは火を使った武器の作り方を教えていた。
言葉は通じないが、伝えたい気持ちがあれば身振り手振りで通じるものだ。勿論ウィリアムたちの技術があってこそだが。
そうして昼食頃には、すっかり皆と意気投合していた。
そして陽は落ち、夕食時にも暖人は部屋に籠りきりだった。
秋則が食事を届けてから廊下へ出ると、ウィリアムたちがソワソワしながら待っていた。
「あの、ハルトは……」
「大丈夫だよ。でも今は少し、独りにしてあげて欲しい」
秋則の言葉に、二人は安堵と落胆の入り交じった溜め息をつく。
そんな二人を、秋則は、一杯どうだ、と晩酌に誘った。
「私たちのいた国は、武器を持たない平和な国だったんだ。昔は戦争をしていたけどね」
秋則の話に、本当に平和だったのか、とオスカーは心の中で呟く。
「成人も20歳だし、この世界より随分若く見えるだろう。新名君だと、13歳くらいかな」
「ずっとその年頃の子供のように接していました……」
「小さいしな」
真顔で答える二人に、秋則はつい笑ってしまった。それは過保護になるのも仕方がない。
「物心ついてからずっと涼佑君に守られていた彼は、母親に突然手を離されて戸惑う子供のように心細かっただろうと思うよ。だから……」
そっと瞳を伏せてから、改めてウィリアムたちを見据えた。
「あなた方がいてくださったから、彼は今も生きている。会ったばかりの私に言われるのは癪かもしれないが……本当に、ありがとう」
秋則の言葉に、先にウィリアムが口を開く。
「いえ……。俺は、ハルトをこの世界に繋ぎ止められるかどうか……。あなたに預けた方が良いのかとも考えています」
「でも君は、手離したくないんだろう?」
「……はい」
暖人には見せられない本音で、ウィリアムは困ったように笑った。
「オスカー君は、新名君がここに残るなら一緒に残るつもりだね」
「……心を読む力でもあるのか?」
「顔に書いてあるよ」
オスカーは一瞬目を見開き、ばつが悪そうな顔をする。やはり暖人の事になると調子が狂うようだ。
「あなた方は、彼を繋ぎ止める存在だ。そうでなければ彼はもうここにいないよ。涼佑君のために、あちらの世界では既に一度死を選んでいるからね」
そんな暖人がまだこの世界にいるのがその証拠だ。
あの頃の暖人なら、場所がどこだろうと構っていない。それこそこの森の周りは、深い川に囲まれているのだから。
「本当はね、涼佑君はこの世界にいる可能性もあると考えているよ。まだ二ヶ月だ。君たちが見つけられないのは、涼佑君の救世主の力のせいかもしれない。その可能性もあるよね」
「それなら、何故ハルトにあんな事を?」
「……新名君に酷な事を言ったのは、あなた方を大切に想う気持ちを認めて欲しかったからだよ」
語られる理由に、二人はピクリと反応する。暖人が大切に想ってくれているというのは、どういった意味の……。
だがそれに気付きながらも、秋則は触れなかった。
「それに、今のまま涼佑君が見つかれば、新名君は彼を気にして二人きりで暮らす事を選ぶだろう。それだと、あなた方があまりに報われない」
そう紡ぐ、穏やかな声。表情。
暖人と同じ色のはずの瞳は、全く違うもののように見えた。
「ハルトがあなたに心を開く理由が分かりました」
ウィリアムは降参とばかりの笑みを浮かべた。この洞察力と包容力は、自分でさえ弱音を吐いてしまいそうになる。
「少し、悔しいです」
大人とはこういう事だと見せつけられたようで。
苦笑するウィリアムに、秋則はそっと目を細めて笑った。
その後、ウィリアムは秋則に流行病を鎮めた事、引いては国を救った事に丁重に礼を述べた。
そしてその噂が立っている事を伝えると、王都で見かけた事にして欲しいとお願いされた。この森へ人が押し掛けては困る。また子供を拐われてしまう、と。
オスカーが、王都へ戻り次第対処をすると約束をした。
子供を拐う行為は言うまでもなく、王国の騎士を騙る男を野放しには出来ない。そう言って。
・
・
・
その翌日まで、暖人たちは滞在した。
そして出立の朝。
秋則は暖人に錠剤の入った袋と、軟膏の箱を渡した。
「一日に作れる数が決まっていてね。これしか渡す事が出来ないんだが、この先何かあれば使ってくれ」
「いただいていいんですか?」
「ああ。何でも治してしまうから、本当に使うべき時に使うようにね」
「はい」
暖人は大事そうにそれを握り締めた。
「この軟膏なら、新名君の首の傷跡を消すことも出来るが」
「いえ、これは……。思い出のものなので」
「そうか……。道中気を付けてね」
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべる暖人の頭を、そっと撫でる。
「君は同郷の仲間で、息子みたいだと勝手に思っているんだ」
秋則の言葉に、暖人は目を瞬かせた。
息子。
……父親。
(お父さん、……は、こんな感じなのかな……)
あの時感じた、ウィリアムたちとは違う安心感。あれは、そういう事だったのだろうか。
じわりと瞳を潤ませる暖人の想いが伝わり、秋則は嬉しそうに笑った。
「だからね。私は、何があっても君の選択を尊重するよ。本当に選びたい道を、後悔しない選択をする事を、願っているからね」
「はい……」
零れそうな涙を袖で拭い、真っ直ぐに秋則の目を見て、暖人は笑った。
そして二人は固く握手をして、笑顔で別れたのだった。
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