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伝説の森5
しおりを挟む翌朝。
部屋を出ると、ウィリアムとオスカーが扉の前にいた。そして暖人の顔を見るなり、安堵した様子を見せる。
その表情の意味が、暖人にはすぐに分かってしまった。
「俺は大丈夫ですから。そんなに心配しないでください」
きっと、命を絶つと思われていたのだろう。もしかしたら一晩中ここにいたのかもしれない。
暖人は安心させるように笑ってみせた。
「お二人はこれからみなさんの稽古ですよね?」
「ああ、だが……」
「俺も日野さんのところに行きますし、心配しないでください」
また同じ事を言ったのだが、二人は暖人が秋則と合流するまで見届けてから、漸く家を出た。
その背を、ぼんやりと見つめる。
(……大丈夫です。ここは、死に場所じゃないんです……)
この森も元の世界に繋がっているのかもしれない。それでも、自分の場所はここではないのだから。
「新名君?」
「っ……ぁ、すみません、ちょっとぼーっとしちゃって」
「無理しないで部屋で休んでてもいいんだよ?」
「いえ、日野さんと話したいこといっぱいあるので」
暖人はそう言って笑った。
「……そうか。うん、私も、たくさんあるよ」
彼が無理に笑うのは、昨日の自分の発言のせいだろう。希望を打ち砕いてしまった事を申し訳なく思うが、後悔はしていなかった。
涼佑の事を忘れなくても良い。それでも、暖人には大切に思ってくれる人たちがいる。その事を受け入れ、大切にして欲しかった。自分のように、この先何年も苦しい思いをして欲しくない。
それは自己満足かもしれない。それでも、それが暖人の為になると信じている。もし涼佑がこの世界にいたとしても、だ。
暖人も彼らに気を許しているように見えた。それならば、尚更。
大切に想う人を、出来るうちに大切にしないと必ず後悔する。秋則も、旅に出ている間に亡くした人たちがいる。この世界では若くとも、争いで命を奪われるのだから。
暖人が過ごした日本の、世界の話は、秋則には驚くものだった。たった十年で科学は遙かに進歩していた。
中でも興味を示したのは、ゴーグルを付けるだけで目の前に敵がいるようなリアリティのあるゲームや、空中に浮いた映像式の押しボタン。
秋則がいた頃にも存在はあったのだが、時計で心拍数を見たり着信を受けたり、睡眠の管理まで出来るようになっていたとは驚いた。それが一般に普及しているとは。
その時計を付けてランニングしてみたかった、SF映画みたいに、と悔しげに話した。
「車が空を飛んだり宇宙旅行が出来るまで見届けたかったな」
「そうですね。まだちょっと先になりそうでしたけど」
「簡単にはいかないよねぇ。……あ。異次元ドアが一番見たかった」
「あの例の異次元ドアですね。この世界の技術で出来ないでしょうか」
「うーん、魔法鉱石はあっても魔法自体はどの国にもなかったんだよね。黒魔術みたいな禁術はあるけど、時空を繋ぐとか出来る代物ではなかったし」
秋則は顎に手を当てる。暖人も魔法鉱石の種類を思い出しながら、どれか応用出来ないかと考えた。
そんな暖人を、秋則は安堵したように見つめる。
「少しは元気が出たかな」
「……はい。日野さんのおかげです」
暖人はハッとして、少し困ったように笑った。
自分だけ楽しむ事を、心から笑う事を許せない。その気持ちは秋則には良く分かる。暖人としても、秋則なら分かってくれるだろうと甘えて、無理に笑う事をやめた。
俯く暖人の背を、そっと撫でる。
「新名君。誰かを大切にしたいと思う気持ちは、彼への裏切りではないよ」
「っ……」
「親愛も友情も愛情も、大切な人は、否定しようとも増えていくものだから。……君には、後悔するような事にはなって欲しくない」
その言葉だけで、秋則がこの世界でも誰かを失った事を悟った。
彼も、あの術者も、同じ想いはしないようにと暖人に警告してくれる。思い出す事もつらいだろうに、暖人を心配して。
(でも……俺は……)
「……涼佑は、この世界にいないかもしれない。それでも……、だから、こそ……すみません、俺には出来そうにありません」
はっきりと言葉にして、想いを零した。
そんな暖人の頭を、秋則は褒めるように撫でる。
「本当の気持ちを声に出来たね。えらいよ」
「っ……」
「私の前では何も我慢しなくていいんだよ。全部、分かってるから」
穏やかな声が胸に響く。目の奥が痛み、グッと堪えた。だがそれは、すぐにぽろぽろと零れ出して。
彼の前では我慢しなくていい。ウィリアムたちと同じように心配はさせたくないのに、どうしてだろう、そう思えた。
「ウィルさんも、オスカーさんも、とっても良くしてくれます……。俺のこと、過保護なくらいに大事にしてくれて……。俺もそれが……嬉しくて……」
嬉しい。
いつも、そう思っていた。思ってしまっていた。
「でも、涼佑が俺の世界なんです。ずっと一緒で、ずっと、大切で。涼佑がいないと、俺は……」
涙声の暖人を、大きな手が優しく撫でる。全部吐き出してしまえとばかりに。
「涼佑に、会いたいです……。涼佑がいないなら、もう……、っ……生きてるのがっ……」
「そうだね……。生きてるのが苦しいね」
「っ……はいっ」
「今まで言えなかったね。ずっとひとりで我慢して、良く頑張ったね。えらいよ」
「っ、っ……うっ、うぇっ」
関を切ったように泣きじゃくる暖人を、秋則は子供を抱くように抱き締めた。
今まで周りを心配させないよう、ずっと笑っていたのだろう。大切にされればされるほど、明るい面しか見せられなくなる。それが余計に心配させてしまうと分かっていながら、暖人にはそれしか出来なかったのだ。
物心ついた頃から彼に守られ、彼以外とは殆ど話した事もなかったと聞いた。
今の暖人は、突然親に手を離された幼い子供のようなものだ。今はただ、どうして良いか分からないだけ。差し伸べられた手を取って良いか躊躇っているだけだと、秋則にはそう思えた。
長い時間が経ち、暖人はすみませんと言って体を離した。だがそれを、秋則は元のように抱き寄せる。
ぽんぽんと子供にするように背を叩きながら、新名君、と名を呼んだ。
「ここは、君の死に場所じゃないよね」
「っ……、……はい」
「その場所へ戻るまでは、生きていないと駄目だよ」
「……はい」
暖人はそっと秋則の背に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
生きていられないと思う事を、否定しないでくれる。後悔しないようにと忠告をしても、涼佑を忘れて、乗り越えて生きろと言わないでいてくれる。……弱い心を、受け止めてくれる。
同じ想いを経験したこの人は、生きる事を選んだ。今も、大切な人を想いながら。
強く優しいこの人が、幸せに笑っていられるように……。そう願わずにはいられなかった。
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