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伝説の森3
しおりを挟む「この世界に来たという事は、もしかして君も、崖から?」
「はい。日野さんも?」
「そうだよ。まさかあの崖がこの世界に繋がってるなんてね」
苦笑する秋則に、暖人も同じように笑う。
秋則もあの崖からこの世界へ来た。それなら。
「じゃあ、涼佑もこの世界に……」
「その彼は、一緒に落ちたのかな?」
「いえ。俺が落ちる一ヶ月前です」
「なるほど……」
そう言って何事かを思案する。身を投げた事は明白だというのに、彼はそれには触れなかった。
「君は、ここへ来てどれくらいに?」
「えっと、二ヶ月ほどです」
「そこの彼らは王国の騎士のようだが、涼佑君の情報は得られたのかな?」
二人は神妙な顔で首を横に振った。
「そうか……」
秋則の顔色が変わる。
その時、森番が部屋を訪ね、秋則は外で暫し話をしてから戻ってきた。
「涼佑君は、この森には来ていないようだ」
「っ……そう、ですか……」
「……酷な事を言うようだが、崖から落ちた者が皆この世界へ来られるわけではないんだよ」
「それは……っ、でも……」
暖人は膝の上で拳を握った。震える肩を、秋則がそっと叩く。
「私は仕事柄、そういう情報も把握していたんだ。あの崖から転落した人は、ほぼ見つかっている。大半は数日で浜に打ち上げられる。だがまれに波の関係で沖の方まで流されて、二ヶ月ほどで浜に流れ着く者もいたよ」
「二ヶ月……?」
「ああ」
「後……後一ヶ月待っていたら、涼佑に会えたんですか……?」
愕然として声を零した。
考えなかった訳ではない。それでも、涼佑もこの世界へ来ていると信じていた。救世主なら自分よりも涼佑だから。
……でも、もし、この世界に涼佑がいないとしたら……。
「俺は……あの世界に、涼佑を独りにして……」
はらりと頬を涙が伝う。
次々に零れる涙を拭う事もなく、茫然と秋則を見つめた。
「ハルト……」
ウィリアムが暖人の肩に触れる。だが彼の声にも何の反応も返さず、ただ涙を流し続けた。
その体を、そっと抱き締める。ほんの僅かに震えた体。それでも暖人はただ静かに涙を流すだけだった。
例え……例え、どんな姿になっていても構わなかった。また、彼に触れられるなら。彼に、会えるなら。
あの世界で、たった一ヶ月待っていたなら、また……。
「ハルト」
どれくらい経っただろう。ウィリアムとオスカーに名を呼ばれ、暖人はゆっくりと視線を彼らに向けた。
「……すみません」
そう言ってウィリアムから離れる。何故離れたのか、離れたいと思ったのかも分からなかった。
俯く暖人を見つめる二人を、秋則はそっと見やった。
「新名君。私もね、妻の元へ行くはずが、あちらに置いて来てしまったんだよ」
「……日野さんも、二ヶ月より早く……?」
「私は知っていたから、半年待ったよ。でも、妻は見つからなかった。……この世界でもね。やはりあちらに置いてきたのだと……そう認めてから、何度死のうと思ったか知れないよ。私だけのうのうと生きているわけにはいかない、ってね」
暖人は小さく肩を震わせた。今、同じ気持ちだ。そうだ、自分は涼佑がいない世界では、生きていられないのだ。
(ここで死んでも、涼佑のところに行けるかな……)
違う世界でも、幽霊になれば会いに行けるだろうか。ぼんやりと考える。
そんな暖人を、秋則はそっと見つめた。
「でもね、その頃には私には、私を大切に想ってくれる人たちが出来ていたんだ。その人たちを置いて死ぬ事は、きっと私と同じように悲しい思いをさせてしまう。そんなのは、嫌だったんだ」
だからこうして生きて、大切にしてくれる人を大切にしている。出来る限りの精一杯で返したいと思う。
「……十年経ってもまだ、心の何処かでは、妻がこの世界にいるかもしれないと思ってしまうけどね」
そう言って、泣きそうな顔で笑った。
だがすぐに穏やかな笑顔に変わる。そしてウィリアムとオスカーへと視線を向け、また暖人に戻した。
「君には、この世界で君を大切に想ってくれる人がいるんだね。今すぐじゃなくてもいい。少しずつ、その人たちの為に生きてみるのもいいんじゃないかな」
「っ……」
暖人は俯き、ギュッと拳を握った。
本当は、分かっていた。
二人とも懸命に涼佑の事を探してくれた。それでも、彼らの情報網でも見つからないのなら、涼佑は……この世界には、いないのだと……。
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※続編はこちら。→ 『後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2』
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