後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
58 / 168

伝説の森3

しおりを挟む

「この世界に来たという事は、もしかして君も、崖から?」
「はい。日野ひのさんも?」
「そうだよ。まさかあの崖がこの世界に繋がってるなんてね」

 苦笑する秋則あきのりに、暖人はるとも同じように笑う。
 秋則もあの崖からこの世界へ来た。それなら。

「じゃあ、涼佑りょうすけもこの世界に……」
「その彼は、一緒に落ちたのかな?」
「いえ。俺が落ちる一ヶ月前です」
「なるほど……」

 そう言って何事かを思案する。身を投げた事は明白だというのに、彼はそれには触れなかった。

「君は、ここへ来てどれくらいに?」
「えっと、二ヶ月ほどです」
「そこの彼らは王国の騎士のようだが、涼佑君の情報は得られたのかな?」

 二人は神妙な顔で首を横に振った。

「そうか……」

 秋則の顔色が変わる。
 その時、森番が部屋を訪ね、秋則は外で暫し話をしてから戻ってきた。


「涼佑君は、この森には来ていないようだ」
「っ……そう、ですか……」
「……酷な事を言うようだが、崖から落ちた者が皆この世界へ来られるわけではないんだよ」
「それは……っ、でも……」

 暖人は膝の上で拳を握った。震える肩を、秋則がそっと叩く。

「私は仕事柄、そういう情報も把握していたんだ。あの崖から転落した人は、ほぼ見つかっている。大半は数日で浜に打ち上げられる。だがまれに波の関係で沖の方まで流されて、二ヶ月ほどで浜に流れ着く者もいたよ」
「二ヶ月……?」
「ああ」
「後……後一ヶ月待っていたら、涼佑に会えたんですか……?」

 愕然として声を零した。
 考えなかった訳ではない。それでも、涼佑もこの世界へ来ていると信じていた。救世主なら自分よりも涼佑だから。

 ……でも、もし、この世界に涼佑がいないとしたら……。

「俺は……あの世界に、涼佑を独りにして……」

 はらりと頬を涙が伝う。
 次々に零れる涙を拭う事もなく、茫然と秋則を見つめた。

「ハルト……」

 ウィリアムが暖人の肩に触れる。だが彼の声にも何の反応も返さず、ただ涙を流し続けた。
 その体を、そっと抱き締める。ほんの僅かに震えた体。それでも暖人はただ静かに涙を流すだけだった。


 例え……例え、どんな姿になっていても構わなかった。また、彼に触れられるなら。彼に、会えるなら。

 あの世界で、たった一ヶ月待っていたなら、また……。



「ハルト」

 どれくらい経っただろう。ウィリアムとオスカーに名を呼ばれ、暖人はゆっくりと視線を彼らに向けた。

「……すみません」

 そう言ってウィリアムから離れる。何故離れたのか、離れたいと思ったのかも分からなかった。
 俯く暖人を見つめる二人を、秋則はそっと見やった。

「新名君。私もね、妻の元へ行くはずが、あちらに置いて来てしまったんだよ」
「……日野さんも、二ヶ月より早く……?」
「私は知っていたから、半年待ったよ。でも、妻は見つからなかった。……この世界でもね。やはりあちらに置いてきたのだと……そう認めてから、何度死のうと思ったか知れないよ。私だけのうのうと生きているわけにはいかない、ってね」

 暖人は小さく肩を震わせた。今、同じ気持ちだ。そうだ、自分は涼佑がいない世界では、生きていられないのだ。

(ここで死んでも、涼佑のところに行けるかな……)

 違う世界でも、幽霊になれば会いに行けるだろうか。ぼんやりと考える。
 そんな暖人を、秋則はそっと見つめた。

「でもね、その頃には私には、私を大切に想ってくれる人たちが出来ていたんだ。その人たちを置いて死ぬ事は、きっと私と同じように悲しい思いをさせてしまう。そんなのは、嫌だったんだ」

 だからこうして生きて、大切にしてくれる人を大切にしている。出来る限りの精一杯で返したいと思う。

「……十年経ってもまだ、心の何処かでは、妻がこの世界にいるかもしれないと思ってしまうけどね」

 そう言って、泣きそうな顔で笑った。
 だがすぐに穏やかな笑顔に変わる。そしてウィリアムとオスカーへと視線を向け、また暖人に戻した。

「君には、この世界で君を大切に想ってくれる人がいるんだね。今すぐじゃなくてもいい。少しずつ、その人たちの為に生きてみるのもいいんじゃないかな」
「っ……」

 暖人は俯き、ギュッと拳を握った。

 本当は、分かっていた。
 二人とも懸命に涼佑の事を探してくれた。それでも、彼らの情報網でも見つからないのなら、涼佑は……この世界には、いないのだと……。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

処理中です...