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伝説の森2

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 暖人はるとたちが案内されたのは、森の中心、木の上に作られた家だった。
 その側には、同じく木で作られた家が幾つも並んでいる。こちらは地面に。

 木の上の家だなんて隠れ家みたいだ。そんな事を考えながら、思いの外しっかりとした木の板の階段を上った。

 家の中には二つの部屋があった。そのひとつの木の扉を、男がノックする。

「アキ。君と同じ、ニホンからきたという少年を連れてきた」
「んっ? 何を言ってるんだっ?」
「別の世界の人間だ。君以外にもいたんだ」
「なっ……ちょっ、なにっ……、うわわっ!?」

 扉の向こうからガン! ガシャン! と派手な音が響く。ややあって、勢い良く扉が開いた。

「君は地球人か!?」
「っ……、は、はい、地球……日本人ですっ」
「日本人! 本当だ! この髪、この目、この顔! 日本人だ!」

 男はガバッと抱きついた。ぎゅうぎゅうと抱き締められ苦しいのだが、暖人も思わず抱き返す。
 この世界で初めて会えた元の世界の人間。未練はないと思っていたのに、郷愁に駆られ目の奥がジンと痛んだ。


 お互いに暫し感動に浸ってから、男はそっと暖人を離した。

「すまないね。初めてあの世界の人に会えたから、嬉しくて」
「いえ、俺も嬉しかったです」

 そう言ってから、二人は照れたように笑い合う。

「じゃあ改めて。初めまして、日野 秋則ひの あきのりです」
新名 暖人にいな はるとです。お会い出来て嬉しいです」

 お互いに適度な距離を取り、ペコリとお辞儀をする。

「ニホンではそんな挨拶をするのか」
「手を揃えてそこまで深く頭を下げるなんて、ハルトの育った国という感じがするね」

 ウィリアムたちは感心したように二人を見つめた。
 暖人に抱きついた事には嫉妬したが、二人とも初めて同じ世界の人間に会えたのだ。感動を分かち合うのは当然だと理解していた。

 日野秋則と名乗った彼は、五十前後だろうか、後ろに縛った黒髪に黒の瞳で、白の貫頭衣を着ていた。元の世界なら研究者とでも言おうか、知的な顔をしている。
 部屋には物が散乱し、先程の派手な音は床にも散乱していたであろう他の物に躓いた音だったようだ。


「ああ、君は怪我をしているね。先に治療をしよう」
「いや、俺は」
「すみません、お願いします」
「おい、ハルト」
「俺が気になるので、治療して貰ってください」

 そう言われては仕方なく、オスカーは渋々従う事にした。

 秋則は暖人たちを隣の部屋へ移動させ、治療を始める。オスカーもその事に内心安堵した。

 死者は地面から這い出てきた。本当は脚の方が傷が多いのだが、それを知れば暖人はますます自分を責めるだろう。
 だがあの数を相手にして掠り傷程度で済んだのはオスカーだからだ。他の騎士なら致命傷を負っているか、最悪死んでいる。

「おや? 何か薬を使ったのかな? 本来なら少しは化膿しているものだが」
「それは、……俺からは言えない」
「……まさか、新名君にも特殊な力が? ……いや、これは後で話そう。彼にも聞いて貰いたい話だからね」

 傷の確認を負え、秋則は軟膏を取り出す。それを傷口へと一塗りした。

「っ……これは」
「これが、私が授かった能力だよ」

 唖然とするオスカーへと、秋則はそう言って自慢げに笑った。


 暖人たちのいる別室へと入った秋則は、単刀直入に切り出した。

「彼の傷口は全く化膿していなかったんだが、君は特殊な力があるのかな?」

 突然の事に、暖人は戸惑う。
 ウィリアムを見て、オスカーを見て、秋則の顔を見てから、漸くコクリと頷いた。

「実は……手から光が出まして、オスカーさんの傷口に使ったら滅菌ライトみたいになりました」

 事実だけを伝えると何とも滑稽だ。もっと言い方を、と後悔する暖人を、秋則はキラキラした瞳で見つめた。

「なるほど、それはすごい! その力があれば疫病も街ごと消し去れるじゃないかっ。手術時の感染症予防も出来る。なんて素晴らしい力なんだ……!」
「え、えっと、手術時には使えそうですが……体力を消耗するので、あまり広範囲には使えないんです」

 街ごと浄化したらさすがに生命力を削ってしまうかもしれない。

「それでも君の力は、世界を救う力だよ」

 ガシッと暖人の手を握った。

「私は医者でね。その方面で人を救う力を授かったんだが、一人では救える人数に限界があるんだ。だからっ」
「待て。ハルトは人を探して旅をしている。ここに来たのもその為だ」

 オスカーが秋則の手を掴み、離させる。
 秋則は「一緒に世界を回ってくれないか」と言い掛けたのだが、その前に阻止するとは相当暖人の事が大事なのだろうと察した。

 彼にも大切に思ってくれる人がいる。秋則はどこか安堵したように笑い、悪かったね、と暖人とオスカーに謝罪した。

「君が探しているという事は、日本人かな?」
「はい。この森に、俺と同じ歳くらいの男性が現れませんでしたか? ハーフなので茶髪と緑の目をしていて」
「なるほど。森番に訊いてみよう」

 秋則は部屋の外にいる男と何やら話をして戻ってきた。森番を呼んでくれるらしい。
 そして薬箱から軟膏と錠剤を取り出し、暖人に見せた。

「そうそう。私はね、傷を消す薬と、抗生物質を作る力が現れたよ。異なる材料からでも同じ薬を作り出せるんだ。この世界にも似たようなものはあるけど効果が劣るから、これはまさに万能薬だよ」
「っ……万能薬っ、すごいですっ……」
「そうだろう? どんな病気も症状も回復させる薬なんて、まさに異世界だね。ゲームみたいだ」
「ですよねっ。万能薬をこの目で見られる日がくるなんて……」

 暖人は目をキラキラさせる。
 そのまま二人で元の世界の話を始めてしまったが、ウィリアムたちは衝撃を受けていた。どんな病気も症状も回復させる薬だと……、と。

 そんなものがあれば医療体制どころか、戦争の形が大きく変わってしまう。死にさえしなければ、負傷者を何度も回復させる事が出来る。それを阻止する為に、更に殺傷能力の高い武器が生み出される可能性も……。

「オスカー」
「ああ」

 考えている事は同じだったようだ。彼の力が既に知られているとしても、ここにいる事は決して知られてはならない。
 出来れば王宮で保護したいものだが、彼の様子を見る限り、この森を離れる事は望まなそうだ。

 死者の地。あれがこの森の護りになっていたとしたら……。これは暖人には聞かせないようにしよう。
 ひとまずは彼らに防衛方法を教え、王都に戻ってからこの地にも兵を配置するよう調整をしよう、と二人は同じ事を考えた。


 ウィリアムたちにとって謎の会話が終わり、暖人は一呼吸置いてから話題を変える。

「あの、つかぬことをお伺いしますが、日野さんは喋る死者の言葉が分かったりしますか?」
「死者? 喋る死者に会ったことはないな」
「あっ、そうですよね」
「ただ、私はこの世界の言語が全て理解出来るようなんだ。君もそうじゃないかな?」

 秋則はそう言った。
 彼は最初にこの森に落ち、どう見ても違う人種なのに言葉が通じた事に驚いた。
 それから通訳として働きながら旅をして、再びこの森へ戻ってきたという。南や東の国へも行ったが、きちんと言葉は通じた。

「私も人を探して旅をしていたんだがね、これも異世界補正というものなのかな」
「異世界すごいですね……。あちらの世界でもこの能力が欲しかったです……。英語苦手だったので」

 本当にね、と秋則は笑った。

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