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伝説の森

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 目的地の森は、四方を深い川に囲まれていた。
 入り口は一つだけ。川に掛かる橋の前に、三人の男が立っていた。

 暖人はるとより黄みの強い肌に、焦げ茶の長い髪と、同色の瞳。麻布を被り腰部分を紐で縛った貫頭衣を着ている。
 手には弓矢や斧を持ち、暖人たちを見るなり血相を変えてそれを構えた。

「森番か」

 オスカーが呟く。
 森番は、森の全てが分かる能力がある。それなら、この森に別世界の人間が来たかも知っているはず。
 だが暖人が話し掛ける前に、彼らはオスカーとウィリアムを睨みつけた。


『こいつら、王国の騎士か!』
『子供たちを隠せ! 奪われてなるものか!』

 一人の男が危険を告げに森の中へと走っていく。
 ウィリアムたちの肌の色と、腰に下げた剣を見て騎士だと判断したのだろう。

「ハルト、彼らの言葉は分かるかい?」
「はい。王国の騎士か、と言ってますが、子供たちを奪われると思っているようです」
「そうか。つまり、ここでは盗賊が騎士を騙って子供を拐っているというわけか」

 瞬時にそう判断したオスカーが、怒り含みの声を出す。
 オスカーにとって、国は最優先で護るべきもの。それを護る騎士の、ひいては国の名声を汚され、怒りが抑えきれなかった。

「オスカー」
「……分かっている」

 諭され、ふっと殺気を消した。ウィリアムも同じ気持ちだが、今ここで彼らに誤解される訳にはいかない。

 暖人も密かに怒りを覚えていた。
 色素が濃いほど価値がある。誰かの醜い欲で、この森の子供たちは奪われ続けている。そんな事、許せるはずがない。

『あの子供も騎士か? 拐われた子供じゃないのか?』
『まさかあいつら、子供を盾にする気かっ』

 男たちが弓を構える。

「っ……、待ってください! 彼らは人攫いではありませんっ。俺たちは、人をっ……大切な人を探しているだけなんですっ」

 暖人はオスカーたちの前に進み出た。両手を広げ、彼らを庇うように。橋を隔てた彼らに、声は届いただろうか。
 驚いたウィリアムたちが暖人を背後に隠そうとする。その手を掴み、前へと身を乗り出した。

「お願いですっ。話を聞いてくださいっ」

 切実に訴える。
 彼らの言葉は分かる。自分の言葉は、伝わっているだろうか。
 武器を構えたままの彼らに、もう一度訴える。

 すると彼らは顔を見合わせ、何事かを話し合ってから、スッと武器を下ろした。

「お前は、言葉が分かるのか?」
「! はい!」
「……それなら、お前だけこちらへ来い」

 彼らが警戒するのは無理もない。暖人はウィリアムたちの方を振り向いた。

「少し話をしてきます。お二人も安全だと伝えてくるので、待っていてください」
「駄目だよ。ハルトを一人で行かせる訳にはいかない」

 ウィリアムが暖人の腕を掴んだ。オスカーも肩を掴む。
 小説の中なら、二人を説得して一人で進み出る場面だ。それが男たちの警戒を解く方法。


 ……だが、自分にはそれが出来そうにない。

「すみません。このお二人は、とても過保護なんです。橋の途中まで一緒に行く許可をいただけませんか?」

 暖人は困ったように笑った。

「その二人は、お前の何だ?」
「俺の……、……保護者、でしょうか。俺には家族がいないので、このお二人が俺にとっては兄のような存在です」
「家族がいない?」
「はい。捨て子なので」

 別に同情させるつもりで言った訳ではなかったが、彼らは顔を見合わせ、一緒に橋の中間まで来る許可をくれた。

 顔がはっきりと見える距離だ。すると男たちは、顔色を変え突然暖人の方へと歩いてきた。

「お前はっ……いや、君は、俺たちの血が……?」
「いや、違う……この肌の色は、まさか……」

 彼らは暖人をまじまじと見つめる。
 言葉の分からないウィリアムたちは、警戒して暖人を背後へと隠した。

「えっ、あのっ、ウィルさん、大丈夫ですからっ」

 ウィリアムの横から顔を出す。だが今度はオスカーが暖人の姿を隠した。

「オスカーさんもっ、大丈夫ですから話をさせてくださいっ」

 そう言っても、二人は頑として動かなかった。
 二人としても敵意はないと示したいが、暖人を危険な目に遇わせる訳にはいかない。だからただ暖人を背後に隠しているのだ。

 男たちはその光景を見て、……小さく笑った。


「過保護というのは本当なのだな」
「はい……この通り、かなりの過保護で……」
「ハルト。アイツらは何故笑っている?」
「ええっと……、……お二人が俺に過保護なのは本当なんだと信じてくれました」
「ハルトはそんな話をしていたのかい?」
「はい。なので、大丈夫なんです」

 そう言うと、漸く二人は前へ出してくれた。
 男の一人が、暖人の髪と目をまじまじと見つめる。

「もしや君は、ニホンという場所から来たのではないか?」
「日本を知ってるんですか!?」
「やはりそうか。一応確認するが、ニホンとはどういった場所だ?」
「日本は、争いのない平和な国で……こことは、違う世界にあります」

 探るような焦げ茶の瞳を見据え、そう答えた。

「同じだな。彼もそう答えていた」
「彼、って……」
「ここに、君と同じ世界からきた者がいる」
「っ……もしかして、俺と同じくらいの歳の……?」
「いや、彼は大分年上だろう」
「……そう、ですか……」

涼佑りょうすけじゃない……)

 涼佑に会えるかもしれない。旅に出てからずっと抱いてきた希望は、呆気なく砕かれてしまった。

 だが、ここに同じ世界からきた人がいる。同じ、日本から。

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