56 / 168
伝説の森
しおりを挟む目的地の森は、四方を深い川に囲まれていた。
入り口は一つだけ。川に掛かる橋の前に、三人の男が立っていた。
暖人より黄みの強い肌に、焦げ茶の長い髪と、同色の瞳。麻布を被り腰部分を紐で縛った貫頭衣を着ている。
手には弓矢や斧を持ち、暖人たちを見るなり血相を変えてそれを構えた。
「森番か」
オスカーが呟く。
森番は、森の全てが分かる能力がある。それなら、この森に別世界の人間が来たかも知っているはず。
だが暖人が話し掛ける前に、彼らはオスカーとウィリアムを睨みつけた。
『こいつら、王国の騎士か!』
『子供たちを隠せ! 奪われてなるものか!』
一人の男が危険を告げに森の中へと走っていく。
ウィリアムたちの肌の色と、腰に下げた剣を見て騎士だと判断したのだろう。
「ハルト、彼らの言葉は分かるかい?」
「はい。王国の騎士か、と言ってますが、子供たちを奪われると思っているようです」
「そうか。つまり、ここでは盗賊が騎士を騙って子供を拐っているというわけか」
瞬時にそう判断したオスカーが、怒り含みの声を出す。
オスカーにとって、国は最優先で護るべきもの。それを護る騎士の、ひいては国の名声を汚され、怒りが抑えきれなかった。
「オスカー」
「……分かっている」
諭され、ふっと殺気を消した。ウィリアムも同じ気持ちだが、今ここで彼らに誤解される訳にはいかない。
暖人も密かに怒りを覚えていた。
色素が濃いほど価値がある。誰かの醜い欲で、この森の子供たちは奪われ続けている。そんな事、許せるはずがない。
『あの子供も騎士か? 拐われた子供じゃないのか?』
『まさかあいつら、子供を盾にする気かっ』
男たちが弓を構える。
「っ……、待ってください! 彼らは人攫いではありませんっ。俺たちは、人をっ……大切な人を探しているだけなんですっ」
暖人はオスカーたちの前に進み出た。両手を広げ、彼らを庇うように。橋を隔てた彼らに、声は届いただろうか。
驚いたウィリアムたちが暖人を背後に隠そうとする。その手を掴み、前へと身を乗り出した。
「お願いですっ。話を聞いてくださいっ」
切実に訴える。
彼らの言葉は分かる。自分の言葉は、伝わっているだろうか。
武器を構えたままの彼らに、もう一度訴える。
すると彼らは顔を見合わせ、何事かを話し合ってから、スッと武器を下ろした。
「お前は、言葉が分かるのか?」
「! はい!」
「……それなら、お前だけこちらへ来い」
彼らが警戒するのは無理もない。暖人はウィリアムたちの方を振り向いた。
「少し話をしてきます。お二人も安全だと伝えてくるので、待っていてください」
「駄目だよ。ハルトを一人で行かせる訳にはいかない」
ウィリアムが暖人の腕を掴んだ。オスカーも肩を掴む。
小説の中なら、二人を説得して一人で進み出る場面だ。それが男たちの警戒を解く方法。
……だが、自分にはそれが出来そうにない。
「すみません。このお二人は、とても過保護なんです。橋の途中まで一緒に行く許可をいただけませんか?」
暖人は困ったように笑った。
「その二人は、お前の何だ?」
「俺の……、……保護者、でしょうか。俺には家族がいないので、このお二人が俺にとっては兄のような存在です」
「家族がいない?」
「はい。捨て子なので」
別に同情させるつもりで言った訳ではなかったが、彼らは顔を見合わせ、一緒に橋の中間まで来る許可をくれた。
顔がはっきりと見える距離だ。すると男たちは、顔色を変え突然暖人の方へと歩いてきた。
「お前はっ……いや、君は、俺たちの血が……?」
「いや、違う……この肌の色は、まさか……」
彼らは暖人をまじまじと見つめる。
言葉の分からないウィリアムたちは、警戒して暖人を背後へと隠した。
「えっ、あのっ、ウィルさん、大丈夫ですからっ」
ウィリアムの横から顔を出す。だが今度はオスカーが暖人の姿を隠した。
「オスカーさんもっ、大丈夫ですから話をさせてくださいっ」
そう言っても、二人は頑として動かなかった。
二人としても敵意はないと示したいが、暖人を危険な目に遇わせる訳にはいかない。だからただ暖人を背後に隠しているのだ。
男たちはその光景を見て、……小さく笑った。
「過保護というのは本当なのだな」
「はい……この通り、かなりの過保護で……」
「ハルト。アイツらは何故笑っている?」
「ええっと……、……お二人が俺に過保護なのは本当なんだと信じてくれました」
「ハルトはそんな話をしていたのかい?」
「はい。なので、大丈夫なんです」
そう言うと、漸く二人は前へ出してくれた。
男の一人が、暖人の髪と目をまじまじと見つめる。
「もしや君は、ニホンという場所から来たのではないか?」
「日本を知ってるんですか!?」
「やはりそうか。一応確認するが、ニホンとはどういった場所だ?」
「日本は、争いのない平和な国で……こことは、違う世界にあります」
探るような焦げ茶の瞳を見据え、そう答えた。
「同じだな。彼もそう答えていた」
「彼、って……」
「ここに、君と同じ世界からきた者がいる」
「っ……もしかして、俺と同じくらいの歳の……?」
「いや、彼は大分年上だろう」
「……そう、ですか……」
(涼佑じゃない……)
涼佑に会えるかもしれない。旅に出てからずっと抱いてきた希望は、呆気なく砕かれてしまった。
だが、ここに同じ世界からきた人がいる。同じ、日本から。
67
お気に入りに追加
1,796
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ある日、人気俳優の弟になりました。2
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。
平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。
普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。
かーにゅ
BL
「君は死にました」
「…はい?」
「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」
「…てんぷれ」
「てことで転生させます」
「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」
BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる